第202話 ある神様の御伽噺7

――そこにレイを感じさせる何かがある。


それならば私はそこに行かなくてはならない。

だというのに誰かが私の腕を掴んで引き留めた。


「待ってくれって!」

「…あなた誰ですか」


私の腕を掴んでいるのは銀髪の美しい女性だった。

すこし吊り上がり気味の目が印象的で身長も高く、妖艶な大人の雰囲気を纏うその女性に見覚えがなかった。


「そうか…そういえばこの姿になれるようになったのは数十年前だったな。私だレリズメルドだ」

「…そうですか」


女性の正体がレリズメルドと分かったのならこれ以上そのことに何か言う理由も時間もない。

私はただただ導かれるようにしてレイの何かがある場所まで向かった。

どれくらい歩いただろうか?無意識に魔法による移動も使っていたので実はそんなに移動していないかもしれない。


時間にして一時間も経っていないくらいだろうか?それすらも良く分からない。

ただ私がたどり着いたその場所では、今まさに魔族の姉妹だろうか?とにかく二人の魔族が人族の男が持った鎖に繋がれており、一方的になぶられている場面だった。

そしてその男から何故かレイの気配がする。


「すみません、そこのあなた」


私はたまらず男に話しかけた。

どうしてあの子と似ても似つかないはずのこの男性からレイの気配がするのか…それが不思議で気持ち悪い。


「なんだ…?お前魔族だな」


男は鋭い目つきで私を睨みつけるとその手に持った細長い棒のような物を私に突き付けた。


「いえ、私は魔族ではありません」

「そんなふざけた髪色をしていてまかり通るとでも?」


「…」

「それにお前の特徴は歴史に語られる人の世を滅ぼさんとした魔王にそっくりだ。ならばこの勇者の力を引く者として見逃すわけにはいかない」



勇者…それは確かレイが一緒にいた連中に呼ばれていたものだ。

それがいったい何を意味するのか知ればレイの身に何が起きたのかもわかるのだろうか。


「そこの方!お願いします…どうか助けてください!」


鎖でつながれた魔族の少女が私に向かってそう叫んだ。

…おかしい。

いままでの私なら迷わず彼女たちを助けるべく行動するはずなのに、まったくそんな気が起きない。

なんだか自分の中でいろいろなものが停滞している…感情の動き、思考までもが鈍くなっているのが実感できる。


「させんぞ悪しき魔族が!我が正義の鉄槌を受けるがいい!」

「ちっ!下がれ!私が…」


男が何かを叫びながら手にした棒を私に振りかぶろうとした。

それを見たレリズメルドが私を押しのけ前に出ようとしたが、それを制し自らの手の中に一つの武器を作り出した。

レイの想像を元に作り出した思い出の武器…刀だ。

それをもって男の身体を両断した。

バシャバシャと赤黒い血が飛び散り、臓物が散らばる。


「お前…」


レリズメルドが驚いたような表情で私を見ていたがどうでもよかった。

確かに私は今、初めて自分の意志で明確に他者の命を奪った。しかし何も感じない。


何かが私の中で狂ってしまっているのかもしれない。


ただ…人間の中身は存外醜いなと思った。

それより気になったのは男の命を奪った瞬間、なにか綺麗な…うっすらと輝く石のようなものが現れたのだ。

それを握りこむと、確かにそこからレイの存在が感じられた。


「これは…何…?」


謎の石を眺めていた私の元に魔族の姉妹が駆け寄ってきて手を握ってきた。


「助けていただきありがとうございます…!」

「ありがとうございます!」

「…いえ、お気になさらず」


「この恩はいつかお返しします!」

「別にいいですよ。それより何があったのですか」


「私たちはこの近くに隠れ住んでいたのですが…そこで魔族狩りにあってしまい…」


魔族狩り?

話を聞くとどうやら今の世界では魔族は完全に人族に圧されており、もはや魔族はその存続も絶望的な様子であの戦争以来、生き残ったわずかな魔族は世界中に散らばり隠れ住み、人族に捕まれば最後よくて奴隷としてその人生を使いつぶされ、悪ければ苦痛の中で惨殺されるらしい。


どうしてそんな事になるのか…?魔族は人族より数は少ないがその分強力な力を持っていたはずだ。

そこまで一方的に追い詰められるなど考えにくい。

人が急激な力を得たりしない限りは。


「あ、それ…」


少女の一人が私が手にしていた石を指さした。


「これが何か知っているのですか?」

「あ…えっと…魔王様が集めてるって…」


「魔王?」


それも聞いた言葉だ。

私がいつの間にか呼ばれるようになってしまった記号…いや称号だろうか?


「は、はい!向こうにある魔界にいる魔王様が…それを見つけたら必ず持ち帰り献上するようにって…」

「魔王がいるのですか?」


「え?いらっしゃいますけど…」

「…魔界といいましたね。そこまで一度行ってみましょうか」


色々気になることが多すぎる。

だが一番私が知りたいこの石の事をその魔王とやらが知っている可能性があるのならまずはそこから潰しておいたほうがいい。

私はそう考えた。


「あの!お名前を聞かせてくれませんか?」

「名前…?そんなのどうでも…」

「彼女の名前はフィルマリアだ」


レリズメルドが勝手にそんな事を言った。


「何を?」

「今までとは状況が違う。呼び名くらいはあったほうがいい…どこかで読んだ童話に描かれていた女神の名前だ」


「そうですか、何でもいいですけど。では私は行きます。あなた達も来ますか?」


一応魔族の姉妹にも声をかけたが二人は首を横に振った。


「私たちのような身分のない者は魔界に入ることは出来ませんので…」

「魔王様によって身分を与えられた者しか入れないのです…」


いよいよおかしなことになっている。

この100年で世界は私の知らない物に変容してしまったらしい。

それを認識した瞬間から軽い吐き気を覚えた。


「わかりました。では行きましょうレリズメルド」

「ああ。だが一つだけいいだろうか」


「なんでしょうか」

「…その魔王という人物だが」


レリズメルドによって今現在魔王と呼ばれる人物が何者なのか聞かされた。

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