第201話 ある神様の御伽噺6

「レイ…?」


それは見間違うはずもない。

たった一年離れただけで会いたくて会いたくて仕方がなかった神様の一人娘のレイで間違いなかった。


「お母さん…」


お母さんと自らを呼ぶのは世界にただ一人、今すぐに駆け寄って抱きしめたかったがしかし二人の間にある、神様に向けられた剣がその邪魔をする。

レイは震える腕で剣を握っており、しかしそれを下ろすことはしない。

何があったのか、どうしてこんなことをするのかと優しく聞き出そうとした時、レイの背後にいた男女が先にその背に声をかける。


「勇者様!こちらの巨大な邪龍は私たちにお任せを!」

「ああ!レイさんはその魔王の討伐を頼むぜ!」


いつの間にかレリズメルドはこの事態を収拾しようと動いていたようでレイの背後にいた者たちと交戦状態に入っている。

だがそんな事より神様は先ほどの言葉がただただ飲み込めなかった。


「討伐…?レイ…何を…」

「ご、ごめんなさいお母さん。…お母さん…を倒さないと…皆が…でも…あれ?…なんで…で、でも…お母さんが…でもお母さんだから…うぅうううああああ!!」


レイは震えながら涙を流し、意味の分からないことをうわごとのように呟きながら神様に剣を振るう。


「っ!?やめてレイ!お願いだから!」

「うぅ!ううう!!!お母さんを、倒さないと皆が不幸になる…!だから…倒さないと!…違う…私何を…」


明らかにレイの様子はおかしかった。

だが何が起こっているのか分からない。

神様は襲い掛かってくるレイの攻撃をなんとかいなしながらも落ち着かせようとするもだんだんとレイは頭を押さえ苦しむようなそぶりを見せるようになった。


「うぅぅうううう!!違う…お母さんを倒すなんて…!」

「勇者様!あなたは私たちの希望なのです!」

「そうだぜ!その正義の剣で世界を救ってくれ!」

「町のみんなも待ってるぞ!レイ様が魔王を討ち取る姿を!」


「そ、そうだ…皆のためにお母さんを倒さないと…!でも…あ、あれ…?な、なに…?なんで倒す…?みんな…だれ…?私は…勇者…?あれ?あれ…?あ…?あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!?」


頭を押さえ、顔じゅうから涙や鼻水、涎をまき散らしながらレイは叫んでうずくまる。


「レイ!?しっかりしてレイ!!」


神様はレイの肩を掴み、上半身を抱き起してその顔を見たが、目の焦点があっておらず、ずっと何かをぶつぶつと呟くだけでおおよそまともではなかった。


「おのれ魔王め!勇者様に何をした!」

「負けないでくださいレイ様!あなたは邪悪な力に屈したりしないはずです!」


先ほどから妙に芝居のかかったレリズメルドと交戦中の男女の言葉が妙に癪に障る。

しかし実力は本物のようで龍であるレリズメルドと4人がかりとはいえ互角に渡り合っており、ある種の異常さを醸し出していた。


「負けない…わた、しは…まけられない…みんな…待ってる…」


ふらふらとレイは立ち上がると剣を手にして神様の胸に剣を向けた。


「レイ…」

「倒さないと…お母さんを…邪悪な魔王、を…」


レイに何があったのだろうか?自分は知らないうちにレイに憎まれていたのだろうか…?

そんなになるほど…自分は嫌われていて、母だ娘だと浮かれていたのは自分だけだった…?

何もかもが分からなくなった神様はぐちゃぐちゃになった思考の末、娘の願いを叶えようと思ってしまった。


「いいよレイ」

「うぅ…うううううぁあああああああああ!!!!」


両手を投げ出し、レイの剣の前に身を差し出す。

それがわかってかどうか、レイもそのまま神様の胸にその剣を突き立てた。

今まで痛みを感じたことなどなかったのに、まるで身を引き裂かれるようにその攻撃は痛かった。

だんだんと薄れていく意識の中で神様は…。


「たすけて…おかあさん…」


そんな消えそうな声を聞いた気がした。



────────


そこには無数のキラキラとした小さな宝石のようなものがあった。

手を伸ばせば掴めそうなのに…何度手に取ろうとしても指の隙間からすり抜けていく。

やがてその宝石たちは遠ざかるようにして消えていき…必死に手を伸ばした。


「…ぁ」

「ようやく目覚めたか」


神様は目を覚ました。

そこがどこ何かは分からないが差し込む光が目を突き刺し、痛いほどだ。

それに気が付いたのか神様に声をかけた者…レリズメルドが天からの光を遮るようにして立ち上がる。


「レリズメルド…ここは…」

「ここはまだ私達以外は誰も入れていない場所…始まりの樹の最上部だ」


「なんで私…そんなところに…」


頭がもうろうとしていまいち今まで自分が何をしていたのか思いだせない。

いや、頭が思い出すことを拒否しているかのように思考が進まない。


「覚えていないか?あの日…100年前に何があったのか」

「100年…?」


自分はそんなに長い間眠っていたのだろうかと身体を起こした時、強烈な頭痛と共に神様は全てを思い出した。


「っ!?レリズメルド!戦争はどうなって!?魔族は、人は!…レイは!?」

「落ち着いてくれ。順を追って話すから」


「落ち着いて何かいられるわけない!」

「分かっている。だが大事な事なんだ」


ここで叫んでいてもしょうがないと神様はレリズメルドの話を聞くことにした。


「あの日…レイによってあなたが討ち取られた後に人間たちはそれまでの侵攻をすべて中止し、レイを連れて魔族の国から去っていった。だからレイがどうなったのかは分からない。もちろん最初は私も探したのだが…ついぞ見つからなかった」

「じゃあ探しに行かないと…!」


「無理だ」

「どうして!?私なら探し出せるかも…!」


「100年経っているんだよ」

「…え?」


それが何だと追いうのだと神様はレリズメルドの言葉の意味を理解していなかった。


「私やあなたにとっては些細な時間でも…人間にとってはその生を終えるには十分すぎる時間だという事だ」

「あ…。」


「あの後どこかで生きていたとしても…すでにもう彼女は死んでいるんだ」


不思議と涙は流れなかった。

それどころか何の感情も動かない。

まるで神様の中で時間が止まってしまったかのように何も…ありとあらゆる感情が動かなかった。

その後もレリズメルドは神様に人や魔族の状況をわかる限り伝えていたが神様の耳には届いていない。


「こんなところだ。私もあなたの身体を修復するためにほとんどこの場所を出なかったから詳しい事は分からない。役に立てなくて済まない」

「…」


ただただ無だった。

神様の中でその思考さえ動きを止めようとしたその時、薄っすらとだが懐かしい気配のような物を感じた。


「これ…レイ…?」

「どうした?」


「レリズメルド…あっちのほうからレイの気配を感じるんです…あっちに…行かないと…」

「お、おい!待ってくれ!」


おぼつかない足でふらふらと立ち上がった神様は、まるで生気の感じられない足取りで自ら指さしたほうに足を進めていく。


神様の地獄はまだ始まったばかり。

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