第200話 魔王少女はけじめをつける

 紅い空間の扉を開くとそこは元の…白い空間だった。

あ、現実に帰れるわけじゃないのね…と少しばかり落胆しつつ、どうせまだ帰らないのならとアルギナの姿を探した。


「魔王ちゃんこっちこっち~☆」


声のしたほうを見ると、クララさんが呑気にアルギナの隣に座って手を振っていた。


ちゃんとした魔王の力を継いだからか、よく分からなかったクララさんがその内側にとんでもないほどの力をため込んでいるのが分かってしまってちょっと怖い。


そしてそれとは逆にアルギナはその半透明な身体に比例するように悲しくなるほど存在が弱く見えた。

とりあえずそちらのほうに歩いて行くと、相変わらず何を考えているのか分からない表情でアルギナが私の身体を上から下に見渡している。


「無事、力の継承は終わったようだな」

「そうだね」


「よくやった。では現実に戻そう」

「その前に少しだけいいかな」


私は手に入れた魔王の力を解放してオーラを触手状に伸ばしアルギナを締め上げた。


「ぐっ…」


少しだけ苦しそうなうめき声をあげるアルギナだが抵抗するつもりはないみたいで大人しくしている。


「いやぁ~ん魔王ちゃん怖ぁ~い☆時間ないけどいいのかなぁ~?」

「どうしてもアルギナに聞かないといけないことがあるから」

「…なんだ」


「あなた私たちに…魔王たちに何か言うことは無いの?」

「…」


「あなたが何で今こんなことをしたのかは聞かないし興味もない。だけど私は私の前の魔王と話した。それを踏まえてあなたは何も言うことは無いの?なにも思うことは無いの?」


アルギナはゆっくりと目を閉じて数瞬ほどして私を見つめると…ただ一言。


「すまなかった」


それだけを言った。


「それだけ?」

「それ以上に何を言えと?」


「なんか…もう腹も立たないよ」

「…」


本当にそれ以上は話すつもりはないらしい彼女だが、私はどうしても聞かなくてはならない。


「あなたはどういうつもりで私たち魔王を育ててきたの?」

「どうもこうも知っていると言ったのはお前だぞ。魔王の使命を果たさせるためだ」


「本当にそれだけ?」

「お前は私に何を言わせたい」


「ただ本当に魔王の使命を果たさせるためだけに育てたのかって聞いてるの。あなたにとって私たちは本当にそれだけの存在だったの?答えろアルギナ!」

「それを言ってどうなる。何が変わる?」


私は半ば無意識に力んでしまい、アルギナをオーラがさらにきつく締めつけている。

確かに聞いたって何も変わらない。だけどそういう問題じゃない。


「これはけじめよ。最後の魔王としてつけなくちゃいけないけじめ」

「私からそれを聞くことがか?…そんな重要なことには思えないがな」


「私たちには重要な事なの。あなた…本当はあの真っ赤な空間の事知っていたんでしょう?」

「…ふぅ…わかった。なら嘘偽りなく話そう。それをどう受け取るかはお前次第だ」


私はアルギナが話しやすいようにと首を絞めつけていたオーラを緩める。

それを確認したアルギナが少しだけばつが悪そうに話し始める。


「お前たちをどう思っていたかと聞いたな。どこまで行ってもお前たち魔王は私の…原初の神と呼ばれる私の本体が目的を達成するための道具の一つ、使い捨ての命だ」

「勝手な事を…」


「そうだな。だが私…アルギナという個人にとっていえばお前たちはそう…少なからず私の子供だとは思っていたよ。そうでなければ何人も育てられるものか」


今さら何を言っているんだと思うかもしれない。

だけど私はアルギナのその言葉を否定し切り捨てることは出来なかった。


「確かにお前たちは私の中では一番ではなかった。だがそれでも私なりに…なんだ、愛情とでもいえばいいのか?それをもって面倒を見たつもりだ」

「…私に魔王の力を与えなかったのは先代の魔王が力を持っていたがゆえにこわれちゃったから?」


これはさすがに私の希望が入りすぎている気がする。

だけどどうしてかどうしても私にはそう思えてならない。


「…実験的意味合いもあったがな。そうすれば苦しみが少なくなるかもしれないとは思った。アルメティアの前の魔王は大勢の友人を与えた結果、それを引き金にあいつは死んでしまったからアルメティアには友人を与えなかったという風に私なりに改善しようと努力はした」

「ズレてるんだよ全部!何もかも!」


「返す言葉もないな」

「メティアさんの記憶を見たとき、とても辛い事だらけの記憶だったけどあなたへの恨みはなかった!私だって…あなたの事なんか大嫌いだけど…だけど恨めはしない…それは私たちをちゃんと育ててきてくれたことを知っているから」


幼い事、アルギナが作ってくれたお菓子の味を今でも覚えている。

寂しくて不安だった夜、一晩中撫でてくれたことを覚えている。

どれだけ嫌いでも許せなくても…それは嘘じゃないから。

私はアルギナを解放すると背を向けた。今は顔を見られてくなかったから。


「満足したのか。こんな話を聞いてもただ虚しいだけだろうに」

「そうだね。ほんとうにそうだよ…もう帰る」


「ああ」


私の正面に白い扉が現れる。

ここを通れば私は帰れるのだろう。


「アル。最後に一つだけいいか」

「…なに」


「レイの事…少しだけでいい、気にかけてやってくれないか」

「あぁもう!空気読めよぉ!!」


せっかく感傷に浸っていたのにアルギナの中で私たちより優先順位が高かったのであろう名前を出されて全てが台無しにされた気分だ。


「すまん。だが…あいつは今、本体の私に、原初の神に狙われている」

「…私にはどうしようもないよ」


「少しでいい。気にかけてくれるだけでいいんだ」

「…はぁ…わかったよ」


「ありがとう」


もう振り返らずに扉に手をかける。

ここを通り抜ければアルギナとは本当にお別れになる気がした。

だから最後に一言だけ。


「今までありがとう…「お母さん」」

「…あぁ」


そして私は現実に戻った。

まだまだやらなくてはいけないことがたくさんあるのだから。


────────


「ぷぷぷっお母さんだって~よかったね女狐ちゃん☆」

「別にいい物でもないさ。皮肉も混じってたようだしな」


「そりゃそうだ~」

「お前にも世話になったなクラ…クララ」


「どういたしまして~☆んでこれからどうするの?」

「最後の抵抗をしてくるさ。お前こそどうするんだ?」


「普通に帰るよ~☆もうちょっとだけ時間がいるしね」

「そうか。今まで世話になった」


「もう~二回目だぞ☆おばぁちゃんめ~☆」

「出会ってからの事さ」


「はいはい~☆なんやかんやで…ワシも楽しかったわ」

「ならよかった。じゃあな、もう会う事も無いだろう」


「最後に口づけでもしてやろうか?」

「馬鹿か…ま、だが次に機会があったら貰ってやるよ」


「ばぁ~か☆アイドルクララの唇はあなたみたいなおばあちゃんにはあげられないんだよぉ~☆」

「はははは!よくもまぁそんな瞬時に切り替えられるもんだ」


「なかなかのもんでしょ~☆」

「ああ、最後に笑えたよ」


それを最後に二人は背を向けて手を軽く振りながら逆方向に進みだした。

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