第199話 ある神様の御伽噺5

 レイが人間の国に旅立ってから一年ほどの月日が流れた。

神様は自分の中から何かが欠けてしまったような気持ちを抱きながらも日々を過ごしていたが、一日たりともレイの事を考えない日は無く、そんな神様の様子を見ているレリズメルドも心を痛めていた。


そんな中それは起こった。


「か、神様!!」

「…何事ですか」


魔族を束ねる老人が慌てた様子で神様の元に現れ、地に額をこすりつけた。


「ひ、人族が…人族が戦争を仕掛けてきたのです!」

「なんですって…?」


神様とレリズメルドは老人の話を詳しく聞くことにした。


「実は…外に出ていた同胞が人族に見つかってしまい…そこからこの場所の事が露呈してしまったようなのです!今は人族総出で魔族狩りが行われておりいつここに乗り込まれてもおかしくない状況です…!」

「あなた達は…外に…外に出たというのですか?」


神様はこの場所を魔族に提供した時に魔族たちと約束をした。

絶対にこの場所からは出ない、人族とは関わらないようにして生きていくと。

それが破られていたとう事実に神様の中で今まで感じたことの無い感情が生まれていくような気がした。


「申し訳ありません…!しかし我々のような老人はともかく新しく生まれた若い世代は戦争を経験しておらず外への憧れがどうしても強くなってしまうのです…!そんな若者故の情熱をどうして私どもが止められましょうか!それに…やはり我が物顔で人族が大地のほぼすべてを支配している今の世を快く思わない者もたくさんいるのです!そこはご理解いただきたい!」

「貴様ら…自分が何を言っているのか分かっているのかぁ!!!」


レリズメルドが辺り一帯に響き渡るような叫びと咆哮をあげた。


「ひ、ひぃ!?どうかお許しを…!」


老人はそれ以上は低くならないであろう頭をさらに低くしながらもちらちらと神様に目線を送っていた。


「…レリズメルド」

「しかし!」


「私との約束の件は今は後回しです。まずは人族の元に向かいましょう」

「…わかった」


レリズメルドの背に乗り、神様は飛び立った。

昔のように今一度戦争を止めるために…しかしその時とは神様が抱いている感情はまるで違っていて…そのことに神様は気づいていなかった。


そうして最も大きな人の国に降り立った神様は人に対して切実に言葉を尽くした。

戦争を止めて欲しい、魔族は人族に関わらせないようにすると。

しかし。


「騙されるな!そいつは我らが母なる神ではない!神の名をかたる魔族…魔王だ!」


誰かが言ったその言葉は瞬く間に人の間に広がっていく。


「待ってください皆さん!私の話を聞いて…え?」


神様は胸に小さな違和感を覚えた。

その原因を探そうとして視線を下げるとそこには一本の矢が突き刺さっていた。

人の兵士が神様に向かって矢を放ったのだ。


「あいつに続け!悪しき魔王を討ち取るのだ!」


それを皮切りに人はありとあらゆる暴力を神様に向けた。



一体いつからそんなものを作り出したのか、神様の知らない武器がその身体を傷つけた。


一体いつから人は自在に魔法を使いこなせるようになったのか、たくさんの魔法がその身を撃った。


神様は人に攻撃されたことに理解が追い付かなくて、その場に立ち尽くしていた。


「貴様らぁ!自分たちが何をしているのか分かっているのか!!」


レリズメルドが薙ぎ払うように口から光の奔流を放つ。

怒っていても理性は働いており、人を殺さないように制御はされていたが人族はさらにいきり立つ。


「攻撃してきたぞ!やはり魔族の者だ!もはや遠慮をする必要はない!正義は我らにある!」


熱気は最高潮に達し、その場にいた全てのものが神様とレリズメルドに敵意を向けていた。


「どうして…なんで…」

「くっ…!しっかりしてくれ!一度戻るぞ!」


レリズメルドは動けなくなっていた神様を無理やり背に乗せ、魔族の国まで連れて帰ったのだが…。

その日から平和だった世界は再び争いが支配する世に変わった。


「神様!このままではここに攻め込まれてしまいます!どうか我々魔族にご慈悲をお与えください!」

「どうかお助けを!」

「あの悪鬼のような人族に神の裁きをお与えください!」

「神様!」

「神様!」

「「「「神様!!!」」」」


そんな魔族たちの訴えに耳を塞いで逃げ出したい気持ちになったが、しかし神様はそれでもなんとか争いを止めたかった。

しかし方法が分からない。


「ダメです…私が手を出すわけにはいきません…」

「我らを見捨てるというのですか!?」


「違います!でも…」

「ええい!ならば神様がその気になるまで時間稼ぎをさせてもらいます!全員武器を取れ!人族を一人でも殺すんだ!」

「ああ!やってやる!」


「そんな!!それでは何も…!」

「いくら神様の言葉でも我々もただ無意味に殺されてやるわけにはいきませぬ!」


そうして魔族たちも武器を取り、まるで神様が心痛めたあの時代に戻ったかのような地獄が始まりの樹の元、平和を願って創られた国に広がった。

だが、そんなのはまだ序章で…神様にとっての地獄はこの後始まる。


何もできずただその場で痛む胸を押さえる事しかできなかった神様の前に、ついに人族から送り込まれた精鋭がたどり着いた。


神様が顔を上げるとそこにいたのは五人の男女。


そしてその中央で剣を構えていたのは…ずっと再会を願っていた最愛の娘、レイだった。

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