第198話 魔王少女は送る
「パートナーってどういうこと?」
先代魔王…いや、せっかく本人から名乗ってもらったのだしメティアさんと呼ぶことにしよう。
メティアさんが良く分からないと言った様子で聞いて来たので私もちゃんと答える。
「私の…大切な家族です。私を魔王としてではなく、一人の私として見てくれた唯一の人」
「うそ…そんな人がいるの…?」
「はい。その人との子供だっているんですよ」
それを口にするだけでなんだか胸がくすぐったくて顔を押さえて叫んでしまいそうになる。
こんな状況だというのに緩む頬を抑えきれない。
私は…間違いなく幸せな女なのだ。
「あらまぁ…緩んだ顔しちゃって。時間がないって言ってたけどこれはもうただでは帰せないよ。ほらここ座って座って」
「え」
メティアさんがその場に座り込んで自分の隣をぺしぺしと叩いている。
「大丈夫大丈夫。ここは現実とは時間の流れが違うから少しくらいなら平気だよ。ほらほら早く」
「…失礼します」
私は帰る手段が分からないので言われたとおりにするしかなく…メティアさんの隣に座った。
先ほどまで優しく微笑んでいたのに今はニヤニヤとした笑顔に変わっていてめんどくさいことになってしまったかもしれないと身構えてしまった。
「ささ、話してよそのパートナーとの事」
「ええ…でも結構複雑でその…」
「いいからいいから、ほらほら早く~」
「では…」
めちゃくちゃせかされた末に私は全てを話した。
リリと出会ってから今日までの事全部。
ちゃんと時系列を整理して話すことで私の中でも次々に思い出がよみがえってきて…改めて思い返すとなかなか凄い経験してるよなぁって我がことながら思ってしまった。
最初はリリの事が怖くて怖くて仕方がなくて…逃げ出したい気持ちでいっぱいだったけど今では対等に話すどころか叱ったりしてるのだから不思議だ。
そんな私の感想なんかを交えつつほんとに全部何もかもを話してしまった。
メティアさんが聞きようによっては…いや、完全なのろけ話になっているというのに本当に楽しそうに聞いてくれたのもあるかもしれない。
だけどそれで私は改めてリリの事が本当に…本当にいつの間にか取り返しがつかないほどに好きになっているんだなと再認識し感極まって泣いてしまった。
「あなたは泣き虫だねぇ。でもうん、すごくいい話を聞かせてもらったよ」
「ぐすっ…すみません…」
「なんで謝ってるの?私は楽しませてもらったよ」
「なら…よかったです…」
メティアさんはクスクスと笑うとゆっくりと立ち上がり、鎖に繋がれたもう一人の彼女を見つめた。
「でもさ…やっぱりあなたはいつか後悔する日が来るよ。私たち魔王が幸せになれる事なんてないのだから。私の前の魔王も、その前も…そのずっとずっとずっと前の魔王だってみんな世界を呪って死んだの。だからきっとあなたもそうなる」
それは実感のこもった言葉で…彼女の記憶を見た私だからこそ…いや、メティアさんの姿を見れば記憶を見なくてもどれだけその人生が不幸で救いのなかったものだったのかなんて手に取るようにわかる。
メティアさんもその前の魔王から力を継いだ時に同じことを思ったのだろうか…。
それを考えると私は幸せになれると簡単に言うことは出来ない。
だけど…それでも私は言わなければならない。
彼女達の先に続いた魔王として、今ここに居る私として。
「私は…私は幸せになります。大切な人がいるんです。育てていかないといけない愛しい娘たちがいるんです」
「そう…だけどあなたさっきの話じゃあ魔王の事をその大切な人に話していないんでしょう?それでよく綺麗事が言えたわね。怖いんでしょう?そしてその人の事を信じていないんでしょう?本当のことを知られて離れていくのが…拒絶されるのが怖いんだ。そしてそれはそうなるとあなたが思っているから。違う?」
何も違わない。
私は最低な女だ。
あれだけリリにいろいろ言っておきながら…最後の部分で彼女を信じていないのだ。
リリがどれだけ私に良くしてくれるか知ってるくせに、結局は自分の都合しか考えていない。
それを認識した今、私は…。
「違いません。だから私は…帰ったら全部全部リリに話そうと思います。隠してきたこと全て伝えて…」
「伝えてどうするの?」
「そこからは分かりません。私はリリじゃないから、あの人がどう思うかなんてわからない。私の元からいなくなってしまうかもしれない…それでも私はちゃんと話します。そうしないと本当の意味では幸せになれないと思うから」
「ふ~ん…じゃあ結果は見えたね。私たちは不幸になって孤独に死ぬのが定め。ならばこそきっとその人はあなたを拒絶する。世界はそういう風にできているのだから」
私は立ち上がり、まっすぐとメティアさんを見つめる。
メティアさんもそれを正面から受け止めてくる。
「だとしても…私は信じます」
「そっか。じゃあ頑張ってみればいいよ。そしてあなたの次の魔王が来たときに失敗談として聞かせればいい」
「次なんてないよ。私が最後の魔王だから」
「…ふふっ強気だね。いろいろ聞いておいてなんだけどさ、「私たち」はあなただけが幸せになることを許さない。「私たち」がこれだけ苦しんだのだからあなただけがその理から抜け出すのを認めない」
「ならあなた達の無念ごと持って無理やり幸せになって、そして代わりに私が笑ってあげる」
「うん、せいぜい頑張って」
そう言って私に背を向けたメティアさんは笑っているような気がした。
「それじゃあ本当にこれが最後。こんなことを頼むのも忍びないんだけどさ…私の事をちゃんと送ってくれないかな」
「…はい」
それがどういう意味なのか、感覚でわかった。
私は先ほど受け継いだ魔王の力を解放し、鎖に繋がれたメティアさんの身体を朱いオーラで覆った。
歪で不快な音を立てならメティアさんの身体をぐちゃぐちゃに圧し潰していく。
綺麗に送ってあげることすら出来ないこの力に苛立ちを覚えるけれど、満足そうに笑っているメティアさんを見ているとやめることは出来ない。
そのまま完全にメティアさんの身体を圧し潰し、消滅させると私の背後に白い扉のようなものが現れた。
おそらくこれが出口なのだろう。
同時に真っ赤なこの世界もガラスが割れるようにして消えていく。
「これで本当にお別れ。楽しい話をありがとう。最後に少しだけ楽しめたよ」
「…うん。いろいろありがとう」
「お礼を言われるようなことはしてないと思うけどね。じゃあせいぜい頑張って」
「うん、頑張る」
メティアさんに背を向けて白い扉を開いた。
あっさりとした別れだったけれど…少しでも早く私は進まないといけないから。
やらないといけないことがたくさんあるのだから。
────────
去り行く背に手を振って、ありっけの願いを込めて天に祈る。
「どうかあなたが不幸のどん底に落ちてむせび泣き、絶望して死にますように」
そう願う傷だらけの元魔王の背後には同じようにして願う無数の人影がいた。
かつての魔王たち…この場に取り込まれた世界を呪う怨念たち…それらが一斉に先ほど旅立った後輩に対してはちきれんばかりの願いを込めていく。
傷つけ、絶望しろ、死ね、壊れてしまえ。
お前だけが幸せになるなんて許さない。
我らと同じようになれ。
「これだけ祈ればきっと大丈夫でしょう…うん、きっと大丈夫」
彼女たち元魔王は生前何度も何度も願った。
助けて、生きていたい…人としてちゃんとしたいと。
何度も願って、その度に台無しなって…そしてまた願って。
それを繰り返していくうちに悲しみの中で死んでしまった。
だからきっと今回の願いも届かないはずだから…どうかこの願いが叶いませんようにと最後の魔王になると言った後輩…いや自分たちの末っ子に不幸の願いを。
そして幸せになってほしいという呪いを。
「でも…羨ましぃなぁ…私もあんな風に笑顔で人を愛してみたかったなぁ…」
もし次があるのなら…。
それを最後にかつて魔王だった者たちの…残された想いたちは消えてなくなった。
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