第197話 魔王少女は過去を知る
気が付くと私は先ほどの真っ白な空間から一転、今度はどこを見渡しても赤い空間に連れてこられていた。
こんなことを言うのもおかしいけれど…なんだか少しだけ安心するような場所に感じられる。すっごく目に痛いような場所なのに不思議だ。
「…誰かいませんか?」
先ほど私は確かに先代の魔王と一緒にいたはずなのだけれど、今は私しかいない。
確かに腕には掴まれた感覚があったのにどこに行ったのだろうか?
脱出する方法も分からないのでしばらく当てもなくひたすらに歩いているとそこに先代の魔王がいた。
どこから伸びているのか分からない鎖に身体中を雁字搦めにされてまるでその場に縫い留められているような状態で目を閉じていた。
「これは…」
「気にしなくていいよ。暴れちゃうからそうしてるだけなの」
目の前の魔王に気を取られていると背後から声をかけられ、慌てて力を解放して身構えたのだけど…そこにいたのもおおよそ戦えるような状態とは言えない女性だった。
身体中ボロボロの包帯だらけで、隙間から覗く肌は焼き爛れていたり、雑に縫い合わされたような傷口からは滲みだすように血が漏れ出ている。
片目もつぶれているのか包帯で隠されたその部分には不自然な凹みが見られた。
痛々しいどころではない…どうしてこんなことになってしまったのか、ひたすら惨たらしくて悲壮的な、そんな女性だった。
そしてその女性は鎖に繋がれた先代魔王にとてもよく似ているような気がした。
「あなたはもしかして先代の魔王…ですか?」
「うん、さっきはごめんね。もう私は壊れちゃっててどうしようもないの」
ずるずると片脚を引きずるようにして私を通り越し、そのまま鎖につながれて眠るそれにそっと触れる先代魔王。
どうして二人いるのか疑問に思っていると彼女は優しい声色で色々説明をしてくれた。
「驚いたよね。私はもう心が壊れちゃってるから…死んじゃってるのと同じなの。この鎖に繋がれた私が本当の私で、ここでこうして喋ってる私はこうなってしまう前にこの場所に残しておいた…う~ん残留思念とでも言えばいいのかな?とにかくそう言うものなの」
「なるほど…ではここはどこなのでしょうか…?」
「別に敬語じゃなくてもいいよ」
「わかりま…わかったよ、うん」
私としては目上の人に当たるとは思うので敬語で離したい気持ちがあるのだけど、断るのも失礼な気がするので普通に話させてもらうことにする。
「そうだね~ここは簡単に言えば魔王の力を継承する場所…本来なら先代の魔王を今代の魔王が殺すことでその力を奪う場所」
「本来なら?」
「何代か前の魔王がね、アルギナにバレない様にこっそりとこの場所を作り替えたの。ただ利用されて孤独に死にゆく私たち魔王が最期に一人の人として誰かに覚えてもらうための場所にね」
「…」
傷だらけの顔で嬉しそうに彼女は笑った。
「この場所で起こっていることはアルギナも知らない。だからまぁ気持ちを落ち着けてゆっくりしていってよ…とか言ってる場合じゃないのかな」
「うん、現実のほうで私結構危ない状況みたいだから…」
「そっかそっか、じゃあ寂しいけど終わらせてしまおうかな」
先代魔王が私に手を差し出してきた。
その腕はやっぱりボロボロでで血が滲んでいて…手首にはびっしりと重なるように傷があった。
「ごめんね、もしかしたら嫌かもしれないけれど少しだけ我慢して手を取ってくれると助かるな」
「嫌だなんてそんな!」
本当にそんなつもりはなかったが確かに変な間を空けてしまったせいで傷つけてしまったかもしれないと反省して、なるべく優しくその手を取った。
その瞬間身を切るような痛みと共に恐ろしいほどの力が私の中に流れ込んでくるのが感じられた。
「痛いだろうけど少しだけ耐えて。すぐに良くなるはずだから」
「は、はい…!」
その言葉通り、痛みはゆっくりとだが波が引くように消えていき、数十秒後には嘘のように感じられなくなっていた。
「無事に受け渡しができたみたいだね。どう?身体に異常はない?」
私はその質問に返答することができなかった。
なぜならポロポロと溢れてくる涙を止めることができないから。
「…あなたは優しいね。そんなに泣いてくれるなんて。見たんだよね私の過去」
「うん…うん…!」
力と一緒に流れ込んできたのは彼女の記憶、歩んできたその悲壮に満ちた人生。
以前の私と同じように…いや、元から魔王に力を持っていた故にそれ以上に過酷で…私はただただ泣く事しかできない。
私とは違って最初から魔王の使命、その役目を教え込まれたうえで育てられた彼女はしかし、持って生まれた精神が優しすぎた。
私にとっての昔のレザやべリアのような友達もおらず、アルギナも彼女には徹底的に事務的に接し、誰にも頼られない状態で一人孤独に頑張って…そして折れた。
その細い身体に耐えられないほどの重荷を背負わされたのに支えてくれる人もおらず…折れてしまった彼女は自らを傷つけることで己の存在を確かめ、やがては他者を害することでしか自分を維持できなくなった。
それも長くは続かず、最後には完全に壊れてしまい…アルギナに討たれ力はこうしてこの場所に封じ込められた。
彼女は…そんな責め苦を味わわなければいけないほど何かをしたのだろうか…私は腹が立つような、悲しいような、痛いような…とにかくいろんな感情が混じってわけがわからなくなっていた。
「大丈夫だよ、そんなに重く受け止めないで。もう終わった話だからあなたが背負う物じゃないの」
「でも!だってこんな…」
「いいの。それに今そんなにならなくても…魔王の力を継いだ以上あなたも私と近い末路をたどることになる。魔王は孤独に死んでいくのが定めだから」
悲しそうにするでもなく、当然のように彼女はそう言った。
でもやっぱり私にはそれが悲しくて…なんとか涙を止めた後は先代魔王は困ったように笑っていた。
「私も私の前の魔王から力を継いだ時は泣いちゃったような気がするけど…あなたほどではなかった気がするなぁ」
「ぐすっ…すみません…」
「あははっ!いいよいいよ。じゃあ最後に私の記憶を見たあなたに。どうか私という女がいた事実を覚えていてくれると嬉しいです」
「…うん。忘れない」
「ありがとう。私の名前はアルメティア。あなたは…私の次だからアルソフィアなのかな」
「マオです」
「ん?」
「私はマオ…そう名乗ってます」
彼女は少し呆気にとられたような顔をすると首を傾げた。
「あ~え~と…もしかして魔王だからマオ?いや…いくらなんでもそれを自分で名乗るのは…」
「由来はそうですけど私が自分でつけたわけじゃないですよ。大切な…私のパートナーがそう私を呼んでくれるから。だから魔王としてではなく、私としての名前がマオなの」
「大切な…パートナー…?」
彼女はその目を大きく見開いた。
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