第176話 魔王と人形
リリに攻撃を加えていたレザは実のところ冷静だった。
今の自分たちはナイフで刺されたくらいで死にはしない。おそらくはべリアは倒れたふりをして状況を伺っているのだと考え、キレたふりをしてリリの注意を引く選択をしたのだ。
そしてその考え通りべリアの意識ははっきりとしており、リリの隙を見逃さないようにと意識を研ぎ澄ましていた。
そんな事に気づいていないリリはいつもの笑顔を顔に浮かべ、レザの攻撃をその身体能力を生かして受け止めている。
その顔を見るたびにレザは無くなってしまったはずの片腕が疼くような感覚を覚えた。
全てはあの時、あの瞬間…自分がリリを魔界に連れて行ってから変わってしまった。
あの頃は恐怖から後悔し、今では別の意味で心から後悔していた。
だからこそ…。
「だからこそ今日ここでお前だけは倒すぞリリ!!」
「できるかな~?レザ君にできるかなぁ?」
煽るようにリリが間延びのした声で答える。
以前の自分ならそんなことにさえ恐怖を覚えていたが今は違う。
力を得た今の「自分達」ならこの邪悪な人形を討ち滅ぼすことができるはずだと信じている。
「そうやって余裕でいられるのも!」
「ここまでよ!」
レザの叫びに呼応するようにして気配を隠していたべリアが辺りを燃やし尽くすほどの炎を纏いながら立ち上がり、リリの背後に尋常ではないスピードで移動し大剣を構えた。
「ありゃ」
背後のべリアにリリの気が逸れた隙をつき、レザがリリの身体を蹴りでわずかに押し出し、銃を構えた。
そこに全てを消し飛ばす浄滅の光が集う。
前方からは破壊の光。
後方からの灼滅の炎
二人は完全にリリを…憎き人形を捉えていた。
「あちゃ~やってしまったかな?」
「これであの時の…いや、ここまでの全てを清算する!」
「今までの自分がやってきたことを噛み締めて逝きなさいリリ!」
二つの力が放たれようとしたその時、リリは優し気に微笑んだ。
一瞬だけ、本当に一瞬だけリリの表情を正面で見たレザは動揺したがすぐに持ち直し考える。
(どうしてこの状況でそんな表情をする…?)
リリの思考回路なんてどうあがいても理解できるはずはない。
だが強烈にレザは何故かその理由が気になった。
そしてある事に思い至った。
以前そんな表情をしていたのを見たことがあった…一体何に対してそんな表情をしていたのか、それは。
ズンッとまるで何か巨大な手で全身を押さえつけられたかのような感覚と共にレザとべリアが床に叩きつけられた。
「ガッ…!?」
「あぐっ…!」
突然の出来事過ぎて何が起こったのか分からない。
それでも理解しなくてはとレザがかろうじて動く目を右往左往させると自らの身体とべリアの身体に赤いオーラのようなものが纏わりついているのが見えた。
「リリ。いつも油断しちゃだめって言ってるでしょ」
「ごめんね。助かったよ~」
リリが前方に向かってゆっくりと歩く。
そのまま倒れたレザの横を素通りしていく。
そっちに誰がいたのか、このオーラのようなものは誰の力か。それは言うまでもなく。
「本当に気を付けないとダメだよ。もしリリがこんなところで死んじゃったりしたら私も追いかけてあの世ですっごく怒っちゃうんだからね」
「それは困っちゃうから気を付けるね。マオちゃん」
レザは必死に首を動かして背後を見た。
べリアも首を上げ正面に広がっていたそれを見た。
─あれは誰だ?
二人はそれが誰だか分かっているはずなのに、しかしそれでもそう思ってしまった。
瓦礫の山の上に尊大に、全てを見下すように足を組み座り薄い笑いを浮かべながらそこにいた人物。
魔王。
そして隣に寄り添うようにして立つリリ。
その光景があまりにも二人が知っている魔王…アルソフィアの姿と重ならない。
レザとべリアに向けられていた優しく温かみのあった視線は完全に消え去り、その瞳は目の前に飛び交う羽虫を見るような冷めた物になっている。
「アル…ソフィア…!!」
「なんで!昨日まではここまでの力は…!」
「もしかしたら分かってくれるかもしれないって思って手加減してあげてただけだよ。でももうお前たちともここで最後だからさ」
魔王が右腕を掲げるとそこに赤黒いオーラが球体状に集まり、強烈な圧迫感と轟音を響かせる。
「違う…やっぱりお前はアルソフィアじゃない!あいつはお前みたいな子じゃなかった!」
レザとべリアの脳裏によぎるのは先ほどの話にも出た幼いころの記憶。
魔族としては余りに非力で、それゆえに誰よりも優しくて、可憐に笑う少女だった…それなのに今、眼前で自分たちを消し去ろうと尋常じゃない力の塊を生み出し、そして今からかつての友の命を奪おうとしているというのに表情一つ変えないこの女は誰だ?何度思い浮かべても、何度重ねようとしても二人の知る魔王と目の前の魔王は全く一致しない。
「マオちゃん~顔が怖いよ~ぐりぐり~」
「きゃっ!ちょっとリリ!あははっ!ダメだってこんな時に」
何を思ったのかリリがその人差し指を魔王のこめかみの部分にぐりぐりと押し当てだした。
緊迫された状況で行われた突拍子もない行動だが魔王はそれに抵抗することは無く…さらにはレザとべリアの知る優しい少女の顔で笑っていた。
「うんうん、やっぱりマオちゃんは笑ってるほうがいいよ!」
「もう…バカなんだから」
顔を摺り寄せるようにしてじゃれ合う二人の美しい少女の姿は、それだけで一枚の絵になるようなそんなある種の美しさを滲ませている。
そしてそれを見た者は理解する。
多くの魔族に向けられていたはずのその笑顔は…もはや限られたごく少数の者にしか向けられなくなってしまったのだと。
「あのね、やっぱりマオちゃんが二人を殺しちゃうのはダメだと思うんだ。きっと傷になっちゃうから。だから私がやるよ」
「それこそダメだよ。これは私が決着をつけないといけない事だから」
「ううん。わざわざ心が痛くなっちゃうようなことしなくてもいいんだよ。そんなときのために私たちは二人でここまで来たんだから」
「リリといると甘やかされ過ぎてどんどんダメになっちゃうよ私」
「マオちゃんは普段頑張りすぎてるから少しくらいダメになったほうがいいんだよ~」
「そっかぁ…じゃあこれからも私の事いっぱい甘やかしてね」
「うん。いっぱいいっぱい甘やかしてドロドロにしちゃうんだからね~。さてと、そういうわけだからレザ君、べリアちゃん。準備はいいかなぁ?」
リリの首が動き、二人に向けられる。
今までは気にならなかったはずなのに…リリが動くギギギギギギという音がいつかのようにやけに大きく聞こえた。
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