第177話 疑念

「させるもんですかあああああああ!!!」


叫び声と共に巨大な爆発が起こった。


暴力的な熱風が部屋全体を吹き飛ばし、焼き尽くす。

それに巻き込まれた魔王とリリだったが魔王を中心に広がった赤黒いオーラが二人の身体を完全に守っていた。


「やらせない…あんたなんかにもう何も奪わせない!」


爆発を起こしたのはどうやったのか身体の自由を取り戻したべリアで、リリを鋭く睨みつけ全身に炎を纏い立ち上がっている。


「ん~…なんだろうなぁ。やっぱりレザ君とべリアちゃんからする気配をどっかで感じた覚えがあるんだけど何だったかな?」

「リリ!あんただけはここで倒す!」


「怖いなぁ」

「死ねぇええええええええええええ!!!」


べリアの身体が巨大な炎の塊となりリリに向かって撃ちだされた。

進路上にある全てを燃やし尽くし、そのままリリすらも消し炭にせんと迫る。


対するリリは片腕を構えるとそこに漆黒の魔法が発動し、その腕を包み込む。


「オリジナル魔法、カオススティンガー」


炎となったべリアとリリの突き出された手刀が激突した。


強烈な閃光と爆発音が辺りを包み込んだ。

一センチ先すらも見通せないほどの眩い光が収まった後にはそこにはリリと魔王の姿しかなかった。


「あ、あれ?逃げられちゃった…?」

「みたいだねぇ。どうやらリリを挑発してたのも含めての目くらましだったみたいだね」


「あ~…え~とその…ごめん」


自分がとどめを刺すと魔王に言ってしまった事もあり、ばつの悪そうな顔でリリは謝った。


「ふふっいいよ別に。やろうと思えばいつでもやれるしね…それにちゃんとべリアの事は出来たみたいだし」

「うん。そこだけは頑張ったよ」


そう言うリリの手には…ぐちゃりと潰れた心臓のような物が握られていた。


────────


「おいべリア!しっかりしろべリア!」

「…れざ…無事だった…?」


べリアとレザは二人が現在拠点としている場所まで逃げてきていた。

そこはいわゆる反乱軍が身を隠している場所で、暴虐の限りを尽くす魔王を打ち倒さんと集まった者たちが少しづつ作り上げた場所だった。


その場所にある最低限の形だけが整えられた医務室に血に濡れたべリアは寝かされていた。


「待ってろ!今助けてやるからな…!」

「いいよ…大切な数少ない資源を…無駄にしないで…」


「無駄ってお前!そんな…!」


その場には反乱軍に属する魔族たちもいたが、その全員がどう考えても助からないことを確信していた。

べリアの胸には大穴が開いており、そこにあるべきはずの心臓が抜き取られている。


即死していないのがおかしい事であり、べリアが授かった「力」のおかげでなんとか生きながらえているがそれも時間の問題だった。


「どう考えても無駄でしょ…まだ…皆戦っていかなくちゃいけないのに…無駄な薬なんて使えない、よ…」

「そんな事言うな!まだなにか方法があるはずだ!」


「…ねえレザ…前にリリが…言ってたのを覚えてる…?」

「なにを…」


「殺そうとするのなら…殺されても文句なんか言えないよね…って…ねえレザ…なにかおかしいの…」

「おかしい…?」


口から血を吐き出しながらべリアはレザを不思議な感情の宿った瞳で見つめた。


「そう…今まさに…こうして死というものを目の当たりにして…全部が…おかしくなってる事に…きがついたの…」

「べリア…?」


「ねえレザ…私たちは…なんで…アルソフィアと…アルと戦っているの…?」

「どうして今そんな事を言うんだべリア。あいつが魔界を力で支配しようとするから…」


「じゃあなんで…私たちは…そうなるまであの子を…追い込んだの…?」

「追い込んだってお前…」


レザはべリアが何を言いたいのか良く分からなかった。

将来を誓ったはずの恋人が死に瀕して、最後になるかもしれない会話なのにもかかわらずべリアの口から紡がれる言葉にわずかな不快感を覚えてしまう。


なぜ今さらそんな話をするのか。


そこは二人で散々話してどうしようもなかったという事になったはずだ。それなのにどうして?


「なんで…私たちは…不当な仕打ちを受けていたアルを…一度だってたすけなかったの…?」

「助けていたじゃないか!あいつに危害が及ばないようにできる事はやったはずだ!」


「ちがう…友達が…泣いていたのに…私たちは…何もしなかった…。あの子をいじめた魔族には何もせず…アルを魔王だから我慢しろと責めた…。なんで…?おかしいじゃない…あんなに仲が良くて大切な友達だったはずなのに…」

「あいつは魔王になったんだ!そんなこと言ってられるはずがないって…!」


そこでべリアの目が限界まで見開かれると今度はハッキリと困惑したような表情でレザを見た。


「そもそも…なんであなた…いったいいつから…私の事を好きになったの…?」

「…は?」


「確かに私とあなたは…許嫁だった…でも…あなたが好きだったのは…アルだったじゃない…!なのに…え…?なんであなた…私の事を愛してるって…?」


痛いほどにレザの心臓が一度跳ねた。


「まっ待ってくれべリア…お前本当に何を言っているんだ…?俺とお前はずっと昔から将来を誓い合って…」

「違う…全部思い出した…なんで…こんな大切な事忘れていたんだろう…やっぱりおかしい…ねえレザ聞いて…お願い…私の言葉を聞いて…」


べリアの震える弱弱しい手がレザの腕を掴んだ。

振りほどいてしまいたいと直感的にレザは思ったが理性でそれを抑え込んだ。


「れざ…私たちの身に…ううん…記憶や感情…もしかしたら行動そのものが誰かに操られているのかも…」

「べリア…お前おかしくなってるんだ。少し休め…そんな事あるはずないじゃないか」


「お願い…!ちゃんと聞いてレザ…!」

「っ!」


まさに鬼気迫ると言った表情で涙を流しながらべリアは必死に訴えた。

馬鹿馬鹿しい。そんなことあるはずがない。この女は何を言っているんだ?いっそのこと早くこのまま…そこまで考えたところでレザはハッとした。


(今俺は何を考えた…?べリアの事を疎ましいと…早く死ねと…そう考えたのか?)


自分の中に確かに産まれた暗い気持ちを自覚したレザは途端に恐ろしくなった。

なぜだ自分はそんな醜い魔族ではなかったはずだ。


愛した人にそんな事を考えられるような…ましてや死に瀕した者に対してそんな事を考えるほど落ちぶれてはいないはずだ!

なのにどうして?とレザは自分の頭の中がぐちゃぐちゃになっていくような感覚を覚えていた。


「レザ…私たちは…知らない間に…なにか恐ろしいものに……お願い一度ちゃんと…考えて…そして…………」


するっとべリアの手から力が抜け、パタンと落ちた。


「べリア…?おい、べリア!おい!」


べリアは身体をゆすっても何も反応を見せない。

突然糸が切れたようにその命は天に還っていったのだ。


残されたレザはべリアに言われたこと、自分がやらなくてはならない事、産まれてしまった疑念に挟まれ何も考えられなくなっていた。


いや、今この瞬間も魔王を打ち倒さなければという思考だけはやけにはっきりとすることができた。

そこでようやくレザも何かがおかしいと気が付くことができた。


――しかし。


「うわ~!なにここー!すっごい汚い!」

「ふえぇ…お姉ちゃん…しつれいだよ~…」


突如としてその場に幼い少女の姿をした邪神が姿を現してしまった。

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