第170話 人形少女は帰りたい

 突如あがった炎の中から謎のポーズを決めて、真っ赤なマフラーをなびかせながらヒートくんが姿を見せた。

部屋の中だがその炎は不思議とどこにも燃え移ることは無く、やがて緩やかに消えていった。


「ひゅう~かっこいい~」

「そうだろう?」


「もしかして死なないタイプ?」

「正義を求める声がある限り、その化身たる僕も永遠不滅なのさ」


意味が分からない。

とりあえずは悪魔由来のなんかの力だとは思うのだけど…アーちゃんなんかどうやったら死ぬの?ってくらい死なないし。


でも以前メイラが悪魔の強い人たちを数人、文字通り血祭りにあげたらしいし人によって差があるのかな?

でもでもそうなってくると余計にめんどくさくなってくるなぁ…これからどうするべきかな?とりあえず首を切ってみる?


「おっと、もうここまでにしよう。降参だ」

「およ」


ヒートくんが両手を上げた。


「どしたの突然」

「あなたが犯人ではないとわかったからな。戦う意味は無いだろう」


お~。

どこで判断されたのかは分からないけど勇者くんよりは話が通じそうだ。


殺せるのならここで始末しておいたほうがいいかもしれないけど、もしアーちゃん並に死なないのなら今の状態で殺しきるのは無理だと思うしね。

しかしそんな私たちの間にやはりちゃちゃを入れてくる奴がいるわけで…。


「何を言ってるんだ!?ここでこの人を見逃すとまた犠牲者が出る!そんな事させられない!」


ご存じ勇者くんである。

もうね…ほんとに天使が出てこないのならすぐにでもぶち殺しますよこの子。

それくらい不思議とイラつく。なんでだろうね?


「そうは言うが少なくとも上の階での惨状はおそらく彼女の仕業ではない」

「何を根拠に…!」


「先ほどの戦いを見ただろう?彼女の戦い方は基本的に自分の身体を使って直接攻撃を加えるという物だった。だが上で死んでいた人々はそのほとんどがおそらく自殺と思われる死に方をしているだろう?理屈に合わないじゃないか」

「それは無理やりさせたのかもしれないだろ!?」


「無理やりねぇ…まぁ確かに何らかの魔法的力の可能性もなくはないがそれならさっきの僕に使わなかった理由もないだろう?」

「ヒートはリリさんの事を知らないからそんな事を言うんだ!」



「僕は彼女の事を良く知らないのだがそんなにヤバイ人なのか?」

「そんなわけないでしょう。私は無害なお人形さんですよ」


何もされないのなら何もしないのだから無害ですよ私は。

静かにマオちゃんや娘たちに屋敷にいる皆と一緒に過ごせればそれでいいのだ私は。


そういえばアーちゃんとコウちゃんはいつまでいるつもりなのだろうか?私的にはずっといてもらっていんだけど。


娘たちとも仲いいみたいだし。

アーちゃんはあの通り優しいしコウちゃんはなんだかんだで面倒見がいいのだ。


「無害って…今まで何人殺してきたんですか!あなたのせいでたくさんの人が不幸になったんだぞ!」

「え~…そんなこと言われても…」

「おっとなかなかにハードな経歴を持っているようだね。例えばどんなことをしたんだい?」


「え~?ぱっと思いつくのは何かな…」


正直一番最近で人を殺したってなると魔界でのあれこれだがそんな事勇者くんが知ってるはずないしなぁ。


「神都の事を忘れたとは言わせない!あなたのせいで何の罪もない少女が悪魔になって、町の人も大勢死んだんだ!」

「ん?神都…悪魔…」


勇者くんの言葉にヒートくんが何かを考え込んでいる。

というかその話まだ言ってたのね…。


「あ~それね。その時も言ったけど私は何もしてないよ」

「信じられるわけがない!」


「まぁそう言うだろうねキミは」


めんどくさいなぁ…もう天使を相手にしたほうがイラつきは少ないのではないだろうか?

いやでも結局あの後に勇者くんも全快してたからなぁ…意味ないか。


「待ってくれレクト。それおそらく本当に彼女は関係ないぞ」

「…え?」

「おっと?」


まさかのヒートくんの援護射撃。


「神都の事件は僕も知っている。そしてその犯人もだ」

「犯人…?でもそれはリリさんで…」


「いいや違う。この世に人を悪魔にできる者など一人しかいない。我が母にして悪魔の神だ」

「なっ…!?」


…ん!?悪魔の神ってアーちゃんの事だよね?アーちゃん子供がいたの!?しかもこんな大きな!?


「それに事の顛末も聞いている。なんでも母が悪魔にした娘が暴走し町中の人間を食い荒らしたと。そこに彼女は一切関与していないはずだ」

「そんなはずは…そうだ、悪魔の言うことなんて信じられるはずが…!」


「レクト。僕は確かに悪魔だが僕のスタンスは今までの旅の中で嫌というほど見せてきたはずだ。それなのにキミは僕が悪魔だとわかった途端に全てひっくり返ってしまうのか」

「それは…でも…」


勇者くんが頭を抱えて子供の様にしゃがみ込んでしまった。


「違う…俺は…でも…そ、そうだ!たとえあの悪魔の子の事が関係なくてもその後リリさんは俺の目の前でたくさんの兵を殺したじゃないか!」

「それはその兵士さん達が襲ってきたからでしょう?あの人たちはメイラを殺そうとしてたし、現にメイラの両親は殺されちゃったんだよ?そこはどう思ってるの?私は襲ってくる人からメイラの身を守っただけ。一方的に攻撃されてればよかったの?メイラが死ねば満足だったの?ねえ勇者くん」


「う…うぅ…違う…違う…だって…でも…」


俯いてまるで子供の様に首を振り始めてしまった勇者くん。

何歳なのよキミ。

本当に気味の悪い子だ。

ほら見てみなよなんとなく蚊帳の外だったレイちゃんも若干引き気味じゃないか。

ヒートくんは何か考え込んでいるみたいだけどさ。


「あーあー。どうするのこれ」

「なぁリリ。一つ相談したいことがあるのだけどいいかな」


「ん?」

「彼の…レクトの事だ。僕に少し力を貸してほしい」

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