第166話 人形姉妹の結末

 リフィルとアマリリスが仲直りして二人でケーキを食べさせあっていた時、不意に部屋の扉が控えめに開かれた。


「あの…私はいつまで待機しておけばいいのでしょうか?…っ!なに、これ…」


部屋に入ってきたのは純白のドレスに身を包んだナスターシャだった。


ナスターシャは床に所狭しと敷き詰められた死体の山を目撃し、息をのんだ。

その様子にいち早く気が付いたのはアマリリスで、ナスターシャの姿を見つけると嬉しそうに笑った。


「あ~ナスターシャお姉さん~」


アマリリスは椅子からぴょんと飛び降りると血の海の上に降り立った。


しかし水音は聞こえず、そのままナスターシャに向かって歩みを進めるがまるで血の海も、死体も、飛び散った臓物もそこにはないように、まるで空中を歩いているように不思議な姿勢で歩いて行く。

そしてそのまま立ち尽くすナスターシャの元までたどり着くと嬉しそうに手を伸ばした。


「ナスターシャお姉さん、もう結婚しなくてよくなったよ!よかったね」

「え…?待って…待ってよ…これをあなた達がやったって言うの…?」


「そうだよ!」


ナスターシャの目の前にいる少女は可愛らしく微笑んでおり、その奥の椅子に座った少女もニコニコした顔でナスターシャを見ている。


恐怖。


ナスターシャを襲っているただ一つの純粋で大きくて、身体の全てを支配している感情は恐怖だ。


年相応に笑う可愛らしい姉妹という日常にある光景と、床に広がる肉塊という非日常が合わさり強烈に恐怖感を生み出していく。


物言わぬ屍の中には今朝会話した使用人の顔があった。

遠縁の家族の顔があった。

婚約者の顔があった。

そして…父親の顔もあった。


「あ…いや…」

「?どうしたのナスターシャお姉さん」


アマリリスが顔色の悪くなっていくナスターシャの様子を不審に思い、その身体に触れようと近づいた。


「来ないで!!!」


あまりの恐怖にナスターシャは近づいてきたアマリリスが恐ろしい化け物に見えた。

そのせいもあり彼女はこの場において最悪の選択をしてしまう。

アマリリスを突き飛ばしてしまったのだ。

べしゃっと深いな水音を立ててアマリリスが死体の山の上に尻もちをついた。


「え…?どうしてナスターシャお姉さん…ふぇ…うぅ…うえぇえええええん!!」


拒絶されたアマリリスは大泣きを始めてしまい、図らずもその鳴き声で我に返ったナスターシャはとにかくこの場から今は離れなくてはと踵を返えそうとした。


しかし全てはもう手遅れで…どんな理由であれナスターシャは手を出してしまったのだ。


純粋で無邪気…だからこそなによりも恐ろしい邪神がその寵愛を溢れんばかりに注ぐ者に。

だとすればその結末は…。


「どこに行こうとしてるの?」

「…え?」


不意に耳元で声が聞こえたかと思うとナスターシャの視点はぐるっと回り、一瞬の後に何故か自分は仰向けで倒れていることに気が付いた。


立ち上がろうとして何故か立ち上がれない。


そしていつの間にか唇どうしが触れてしまいそうなほどの至近距離にリフィルの顔があった。

その不思議な瞳に自分の瞳が映りこんでいる。


「ねねね。私の大切な妹に手を出してどこにいこうとしていたの?」

「あ、わ、わたし…は…」


喋ろうとしてもうまく言葉が出てこない。

喉を何かで圧し潰されているかのように詰まっている。


「喋らなくてもいいよ。私わかるから」

「な、なに…を…」


「あなたみたいな人間の考える事。それで?なんで私のアマリを突き飛ばしたの?だめだよそんなことしたら。アマリが何か悪いことした?」

「わ、るい、ことって…」


しているとしか言えない。


この惨状を見て、彼女たちは何も悪い事なんてしていないなんて言えるはずがない。


普通ならもちろんこの小さな少女たちがこの惨状を作り出したなんて信じられるはずがない。

だがしかしナスターシャはこの異様な雰囲気ですでに確信していた。間違いなくこの姉妹の仕業なのだと。


…逃げなくてはこの場から。


そして助けと兵士たちを呼ばなくては。

こんな悪魔たちを解き放つわけにはいかない。


「ふーん…あーあそんな事考えちゃうんだ?お姉さん助けてくれたしもしかしたら仲良くなってくれるかなと思っていたのになぁ…アマリ~もう「これ」いらないよね?」


ナスターシャから身体を離したリフィルが首を傾けて泣きじゃくるアマリリスに問いかける。


「いらなぁぁあああいいいいい!うわぁあああああん!!」

「だって。じゃあねお姉さん。もし次があったのなら、もう暴力はダメだよ」


ゆっくりとリフィルの手がナスターシャの顔に近づいてくる。


「暴力はだめって…じゃああなた達はどうなのよ!?」


ナスターシャは自分を押さえつける何かを振り切って叫んだ。


「ん~?」

「こんな…こんなにたくさん殺して…!こんなの間違ってる!おかしい!あなたたちは異常よ!ここでちゃんと罪を認めて考えを改めないといつか絶対に天罰が下るわ!だからちゃんと考えて!あなたたちがやってしまった事を!今やろうとしてる事を!お願いだから…」


「ん~…でもでもナスターシャお姉さん。お姉さんだって虫に刺されたらパチンって潰すでしょう?それは間違ってるの?それで天罰が~なんて言われちゃったらほとんどの人は天罰で死んじゃうね。怖いね」


その瞬間ナスターシャは全てを悟った。

もうダメなのだと…そして。


────────


「ひっく、ぐすっ…」

「痛かったねアマリ。でももう大丈夫だよ。ここにはもうお姉ちゃんしかいないから」


「うん…ぐすっ…」

「よしよし。ほら汚れも魔法で落としたし、ケーキでも食べよ?」


再び椅子の上に座った二人は別のケーキに手を伸ばそうとしていた。

足元に散らばる死体の山の中には新たに真っ白なドレスを赤く染めたバラバラの肉塊が新たに加わっていた。


「あ…」

「ん?どうかしたアマリ」


「足音がする…」

「足音?」


「これ…リリちゃんだ!」

「え!?」


「どうしようおねえちゃん!こっちに近づいてくるよ!」

「あわわわわわ…さすがに怒られちゃうかも!?」


好き勝手していた二人がおどおど、あわあわと慌てだす。

リリは基本的に娘たちの事を怒らず、そういう役目は魔王のほうなのだがそれでもリリ経由で話が伝わることは間違いない。

なのでリリにもこの状況を見られるわけにはいかないと判断した二人はすぐににげる事を選択した。


「アマリかえるよ!」

「うん!てんいまほう!」


こうして二人はリリが部屋の扉を開ける直前で王宮を脱出することに成功したのだった。

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