第165話 人形姉妹のあれやこれ

 リフィルという少女にいつから自我があったのかは本人にもわからない。


だがしかし彼女は気が付けば世の中にあっただいたいの物は嫌いだった。


どこに行っても纏わりついてくる肌を撫でるような風、頼んでもいないのに鼻を伝って感じる様々な匂い、耳を塞いでも隙間から漏れてくるたくさんの音が混ざった不協和音。


何もかもが煩わしく、何もかもが癪に障る。


そんなリフィルがとりわけ嫌いだったのが人間…魔族と人族に分類される生き物たちだった。

その生態、行動原理、考え方、数…嫌いなところを上げればきりがなく、そしてなぜそこまで嫌いなのか説明もできない。


理由なき不快感、理由なき嫌悪感。


なにより生まれながらにして彼女は人間含め全ての生き物が自分より格下の存在だと本能的に思っており、動物や虫が死んだとしても何も感情は動かされず、そして逆にそれらが自分に危害を加えることは何より許せなかった。


しかしリフィルは幼いながらも自分が異端だと理解していた。

故に普段はそんな素振りは一切見せず、無垢な少女として日々を過ごしている。


もちろん精神性は年相応には違いないがそれでもリフィルは本来の自分を一切面には出さず生きてきた。

そして今、人間であるアマリリスがリフィルの頬に傷をつけてしまった。

特徴的なガラス玉のような深紅の瞳がまるで水面に浮かんだ水晶の様に揺らめきながら淡く光を放ち、アマリリスを見据え、そして…。


「うぇえええええええん!アマリが叩いたぁあああああああ!」


盛大に泣いた。


「ちがっ…わざとじゃ…ごめんなさいお姉ちゃん…」

「びぇえええええええん!叩いたぁ!!」


「うぅ…ぐすっ…わ、わざとじゃないのにー!あやまったのにぃいいいい!うわぁあああああん!!」

「びぇえええええええん!」


先ほどまでとは立場が逆転し、リフィルが大泣きし、アマリリスがなだめようとして…つられて大泣きする。

やがて二人の喧嘩は殴り合い…叩き合いに発展し、ポカポカと擬音が聞こえてきそうなくらいの勢いと威力で叩き合う。


「アマリのばかぁ~~~!!」

「ばかじゃないもん~~!!」


夥しい量の屍と血の海の上に立つ玉座で幼い姉妹が小さな、本人たちにとっては大きな喧嘩をする。

しばらくするとどちらからともなく手を止め小さな手で目をこすりながらお互いに向き合う。


「ごめんね…アマリ…」

「ううん…わたしもごめんなさい…」


「仲直りだね」

「うん…」


「じゃあいつものしよ」

「いいよ」


アマリリスが小さな手で自分の前髪をかき分け、おでこを露出させる。

そこにリフィルが軽くキスをした。


「次はアマリね」


同じようにリフィルがおでこを出すとそこにアマリリスが軽くキスをする。


これは二人がずっと続けてきた仲直りの方法にして仲良しの証だった。


始まりは夜、寝たふりをして二人で起きていた時に彼女らの母親たち…魔王とリリが軽く喧嘩…といっても何かをやらかしたリリが魔王に怒られていただけなのだが、その後に二人が口づけをして笑い合っていたのを目撃してからだった。


その後もたびたび仲良しな二人が口づけするのを目撃しており、リフィルとアマリリスはそれが仲良しの証なのだと思い込み、こっそり二人でそれを真似してみようと思い立ったのだ。


そこにメイラが通りかかり、慌てて阻止。


だが阻止をしたもののなぜダメなのかうまく説明もできず…また、周りに二人の教育に適切な答えを返してくれそうな者もいないとメイラは悩みに悩んだ末に「子供の内はおでこにキスが仲良しの証」とかなり苦しい発言をし、それを真に受けてしまった二人はこうして度々お互いの額にキスをするというのが習慣になっていた。


「あはは」

「えへへ…」


先ほどまでの喧嘩が嘘のように二人で笑い合う。

リフィルにとって数少ない好ましい存在、その最上位に位置しているのがアマリリスだ。

愛しくてかわいい、たった一人の妹。


守るべき存在であり同時に世界の何よりも優先されるべき存在。


誰のものでもない、誰にも渡さない、自分だけの尊い存在…それがリフィルにとってのアマリリス。

彼女が自らの内側に置く存在だからこそどこまでいってもリフィルとアマリリスは対等なのだ。


アマリリス以外では母親二人とクチナシにメイラ、フォスにアルス。それがリフィルの世界にいる全て。

それ以外は総じてゴミほどの価値もなく、羽どころか塵の一粒よりも存在が軽い。


だからこそ本来なら外にも向けられるはずの愛や執着の全てがその少ない人数に向けられ、その中でも最も寵愛を受けたアマリリスが普通であるはずもなく、彼女もまたどこか常人からはかけ離れた精神性を構築していた。


内気で泣き虫で気弱な少女…しかし一たび誰かに気を許せば恐ろしいほどの密度で愛という名の蜜で相手を取り込む。


故に彼女は姉の手を離さない。いつだってそばに居る。

母親が自分から離れることに耐えられない。

まだ子供だからそれ以上の事態には発展しない。しかしこのまま成長してしまえばそれは…。


歪んだ執着心と一部を除いてすべては塵芥と切り捨てる傲慢さを併せ持った神…いや邪神であるリフィル。

小動物のような雰囲気と涙の奥に全てを圧し潰す愛を隠した人間の身体に怪物の精神を持ったアマリリス。

それがこの姉妹の本当の姿なのだ。

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