第161話 人形姉妹の宴

 日が沈み、夜の闇に包まれた王国で、まるで時間帯を感じさせないほどに賑わっている場所があった。

今まさに王女の結婚式が行われようとしている王宮だ。


その中でも一際豪華な一室に料理がこれでもかと並べられ、優雅なピアノの旋律をBGMにたくさんの人々が式の始まりをいまかいまかと待っていた。


中でも人一倍そわそわと体を揺らし、緊張した面立ちで立ち尽くしている民族衣装のようなものに身を包んだ青年が手渡されたワインの入ったグラスを一口だけ飲み心を落ち着けようとしていた。

そんな青年に優しげな表情をした老人が話しかける。


「やぁやぁ随分と緊張しているようだが大丈夫かね?」

「こ、これは国王陛下!この度は…え~と…」


「はっはっは!まぁ少し落ち着き給え。そんな事では娘も不安がってしまう。そうだろう?ユードル王子」

「いやはや申し訳ない…ようやくこの日を迎えられたかと思うと…こう何と言いますか」


「いやわかるぞ。私も王妃を娶った時もそんなふうになったものだ。しかし男たるもの…いや、私の義理の息子となるのならばもっとドンと構えてもらわねば困るぞ!」

「ええ、努力しますよ。認められただけで満足するような男にはなりたくないですから」


この青年こそこの国の王女、ナスターシャと結婚する隣国の王子ユードルだった。


そしてユードルと仲睦まじく会話をしているのはこの国の王その人で二人の間にはすでに気安い空気が流れており王もこの結婚にかなりの好印象を抱いているという事が読み取れた。


そんな様子を周りの招待された人々も微笑ましく眺めており、残すところは主役の到着を待つのみとなっていた。

しかしそこに招待客ではない二人の幼い少女が現れた事により全ては狂っていくことになる。


「ねーねー!あなたがナスターシャお姉さんと結婚するっていう人?」


ニコニコとした笑顔でユードルに話しかけたのは不思議な髪色をした少女…リフィルだった。


あの子供は誰だ?どうしてこの場に子供が?と周りの人々はざわめきだす。


この場は王族や貴族などの王女、王子の身近で地位の高い者が集められた式であり、民たちへのお披露目はまた後日行われる予定であり、時間が遅い事もあり子供はそもそも招待されていない。


だというのにさも当然といった風にその場にいて王子に話しかけているのでどういうことだ?と困惑していたからだ。


ユードルは人のよさそうな微笑みを浮かべて目線をリフィルに合わせると優しく話しかけた。


「そうだよ。私がありがたいことにナスターシャ王女と結婚をさせてもらうことになった者だ」

「そっかー!すぐに見つかってよかったよー!あのねあのね?お兄さんにお願いがあるの!」


「ん?なんだい」

「えっとねナスターシャお姉さんと別れてあげて!」


「…え?」


瞬間、王宮内の空気が凍り付いた。


何処の子供かわからない子が、突如として隣国から来た王子に王女と別れろと言う。


ユードルも突然の出来事につい言葉を失ってしまった。

そんな状況を分かっているのかいないのか、リフィルはニコニコしながらユードルからの答えを待っているようであった。


「お姉ちゃん~美味しそうなのいっぱいあったよ。お姉ちゃんの分もとってきた」


そこに料理を盛ったお皿を両手に持った少女がもう一人現れた。

当然ながらアマリリスだ。


「わ~っ!アマリありがと~。どっち食べる?私はこのイチゴのお菓子がいいなぁ」

「じゃあ私はこっち~」


一見すれば幼く見た目も美しいと言ってもいい少女二人が仲良く料理を分けている微笑ましい光景のはずだがユードルには何故かひどくちぐはぐな物のように見えていた。


「あ…っとすまない。君たちはどこの子供だろうか?」

「ん?どこって何?変なこと聞いてないで早くナスターシャお姉さんと別れるって言ってよ~」


「悪いけどそれは出来ないんだ。この結婚にはたくさんの人が関わっていて個人の裁量でどうすることもできないし、私自身ナスターシャ王女と支え合って生きていきたいと、」

「そっか、ならもういいや」


ユードルの言葉をさえぎったリフィルのガラス玉のような瞳が紅く光を帯びた。

その瞬間、ユードルがのど元を押さえながら地面に倒れた。


「ぐっ…あ、あがっ…」

「ユードル王子!?どうした!おい!しっかりしたまえ!」


呼吸ができないのか何度も何度も息を吸おうとしてはかなわず嗚咽を漏らし、どんどん顔を青ざめさせていくユードルに国王や周りの家臣たちが近寄り状況を確かめようとする。


それを全く気にも留めずリフィルはアマリリスから料理を受け取り、きょろきょろとあたりを見回したのちに部屋の奥に置かれたこの部屋で最も大きく豪華な椅子に目を止めた。


「アマリ、行こ」

「うん」


玉座…と言えば大げさだがそこは間違いなくこの場で最も位の高い者が座るための場所であり、本来なら王子と王女の結婚を王が祝福し、国宝と呼ばれるとある物を授けるための場所だ。


そこにリフィルが器用に飛び乗り、座った。


幼い少女が座るにはあまりに大きく、スペースもかなり余っている。

そこにさらにリフィルの助けを借りてアマリリスが飛び乗り、二人で王の椅子に収まる。

それでもなお余ったスペースに料理を置き、リフィルは見下すように部屋の中の人間たちに微笑んだ。

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