第160話 人形姉妹の小さな冒険4

 ナーシャは一口、水を口に含むとゆっくりと息を吐き。ぽつぽつと語り始めた。


「実は私…今日結婚するの」

「え!おめでとー!」

「おめでとう…」


「ありがとう。でもね…私本当は結婚なんてしたくないの」

「そうなの?」


ナーシャは力なく頷く。

手元にあるグラスに添えられた手は小刻みに震えており、何らかの強い感情が作用しているように見られた。

リフィルはそんなナーシャの様子をニコニコとした笑顔で見ていて、アマリリスは話を聞きつつも新たに運ばれてきたケーキに夢中だった。


「私の結婚はたくさんの人が喜んでくれてる。相手の方も尊敬できる人だし、何より国のためになる…家族や国の人にも祝福されて本当なら私も喜ぶべきだって言うのは分かってるの。だけどね…」

「だけど?」


「…好きな人がいるの」

「ん?」


「皆には…お父様やお母様にすら内緒にしてたのだけど…実はずっとお付き合いをしていた人がいて…だけど彼とは身分の壁が邪魔をして一緒になれない…それは分かってて彼も納得してくれた。でも…どうしても割り切れないの…!」


そこまで話してナーシャはフードの下の顔を両手で覆った。

それは溢れそうになる涙を抑えようとしたのか…もしくはすでに流れてしまったそれを隠そうとしているのか…フードに隠れた顔をうかがい知ることは出来ない。


「変なの。嫌なら嫌って言えばいいのに。好きな人がいるのなら一緒になればいいじゃん」


ナーシャの漏らしたその心に抱えるモノを無邪気にリフィルは踏み荒らしていく。

そもそもがわずか五歳の少女に相談するにはあまりにも大人の事情が絡み過ぎており、理解できているのかすら怪しい。

しかしナーシャの目の前にいる少女は「何を言っているの?」とでも言いたげな表情で首をかしげており、その特徴的な瞳に映りこむ自分を見たとき、何とも言えない不思議な居心地の悪さを感じた。


「そんな簡単な話じゃないからこんなに苦しんでるの。あなたにはまだ分からなかったかな」

「ん~…でもねお姉さん。私のママが言ってたよ?全てに優先されるのは愛で、そのためなら何をしたっていいって。だからねうちのママたちはとっても仲良しなんだよ!ね?アマリ」

「んふぇ?」


ケーキに夢中だったアマリリスはすでに話についていけてはおらず、口周りを汚しながらもごもごと粗食を続けていた。


「んふふふ!アマリはいつでも可愛いねぇ」

「???」


優しく妹の口元の汚れをナプキンで落としてあげながらリフィルの瞳は再びナーシャの姿を映す。


「あのねあのね?私のママたちは凄いんだよ?良く分からないけど「どーせーどうし?」だし種族?も違うんだよ!それってとってもすごい事なんだって!お姉さんはそんな事はないんでしょ?ただの人間同士なんでしょ?なら大丈夫だよ!ね~アマリ」

「ふぇ?…あ、う、うん!だいじょうぶだよ!お姉さん!」

「な、何を言ってるのあなたたち…?」


ナーシャはリフィルが何を言っているのかこれっぽちも理解できなかった。

言葉の意味はなんとなく分かるが、それを理解することを脳が拒んでいる…そんな感じだった。

そもそもなぜ自分はこんな幼い女の子に身の上話をしているのだろうか?

何もかもが分からない。


「ん~でもまぁ良く分からない事で悩んだりするのも「人間」ってことなのかなぁ?…んふふふ!ばかだなぁ…やっぱりメイラちゃんのごはん以上の価値はないねぇ」


リフィルがニコニコと楽しそうに小声で何かを呟いているがナーシャにはよく聞き取れなかった。

少しして何かを思いついたような表情をしたリフィルは身を乗り出してナーシャのフードの下を覗き込むように顔を近づけてきた。


「お姉さん、じゃあ私たちが手伝ってあげるよ~!」

「…え?」


「お姉さんとっても優しいし親切にもしてくれたからそのお礼!お姉さんが好きな人と一緒になれるようにしてあげる!アマリもいいよね?」

「ふぇ?」


「お姉さんが本当に好きな人と一緒になれるようにお手伝いしてあげたいね!って」

「うん、ナーシャお姉さん優しくしてくれたから…お手伝いする」

「ちょっ!ちょっと待ってあなた達!子供に何とかできる問題じゃないし、私がこんなこと考えてるってだけでも問題になっちゃうから余計な事は…!」


ナーシャが言い切る前に正面から不自然に強い風が吹き、そのフードの下の顔があらわになる。

その顔はこの国には知らぬ者はいないと言ってもいい人物。今日まさに結婚することになっている王女その人だった。

それを見たリフィルは子供の物とは思えない蠱惑的な表情で笑うとアマリリスと手を繋いで立ち上がった。


「じゃあね。楽しみにしてて…「ナスターシャ」お姉さん」

「ばいば~い」


リフィルが大きく手を振り、アマリリスは控えめに手を振る。

それを最後に、まるでそこには初めから誰もいなかったかのように二人の姿は忽然と消えていた。


「な、なんだったの…?」


ナーシャ、否。ナスターシャは先ほどまでの事は夢だったのではないかと思った。

だが目の前のテーブルに並べられた三つ分のカップやお皿が全て現実だという事を物語っている。

慌てて二人を探そうとしたが素顔を晒してしまった事で辺りが騒ぎになってしまい、王宮を抜け出した彼女を探していた使用人に見つかり連れ戻されることになってしまった。

そしてついに式が行われる夜を迎えることになった。

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