第162話 人形姉妹は静かにしてほしい

 人目のつかない暗い森の奥…そこにそびえたつ屋敷で車椅子に乗るアルスの膝の上でスヤスヤとフォスは寝息をたてている。


精神は成熟していても身体は幼い少女のそれなので柔らかさとぬくもりを感じさせるアルスの膝の上はフォスにとって抗いようのない強烈な睡眠導入剤として機能していた。


そして自らの膝の上でちょうど胸の下の腹部のあたりを枕にして眠る今は小さな愛しい人の頭を撫でるという行為にアルスもこれ以上ないほどの幸福を感じていた。

そんなもはや日常の光景となったひと時を壊すかのように屋敷の外で耳を突くような雷の落ちる音が聞こえてくる。

気が付けば外は大雨となっており、雨と雷がそれ以外の全ての音を奪っていた。


「ん…」

「お目覚めですかフォス様。雷、大きかったですものね」


「いや…ふぁぁ~~…あふぅ…なんか嫌な予感がして目が覚めた」

「嫌な予感ですか?」


「ああ。…あのガキ共はまだ帰ってきていないのか?」

「リフィルちゃんとアマリリスちゃんの事ならまだ帰ってきてないようですね」


フォスは眉を顰めると雨粒で外が見渡せなくなっている窓に目を向けた。


「…たぶん何か起こってるな」

「あら。リフィルちゃんたちにですか?」


「というよりは奴らが何かを起こしているほうだろうがな。そんな予感がする」

「ですか…行ってみますか?」


「やめておけ。絶対にろくなことにならん。あのガキ共…というよりリフィルのほうは正真正銘の化け物だ。生まれながらの神…いやむしろ」

「むしろ?」


再度雷が近くに落ちて轟音を響かせると同時に窓から入った光が部屋を照らす。


「あれは邪神だ。関わるもの全てに平等に不幸をばらまく、とびっきり最悪の類のな」

「じゃあ私たちも不幸になってしまいますね」


「リリと同じで自分の身内と思っている奴には何もしないようだがな。とにかくあまりアレを刺激するなよ。アマリリスのほうもリフィルと常に離れずにいるせいでとっくにまともな存在じゃない」

「お昼に喧嘩しようとしてたのフォス様ですけどね」


「やかましいぞボケこら」

「ごめんなさぁい。…でも私はあの二人の事結構好きですよ。英雄であるフォス様には許せない存在なのかもしれませんが」


ザーザーとやまない雨の音がやけにうるさく聞こえる。

フォスはアルスに身を預けるとゆっくりと目を閉じた。


「別に我は正義の味方なぞやってるわけじゃない。ただ静かに、気のままに過ごせればそれでいい。我が戦ってきたのはそのためだ…だからあいつらが我の領域を侵さない限りは何も起こらないさ」

「このまま何も起こらず、穏やかに過ごせればいいですね」


そんな叶うはずのないと分かっていることを口にするアルス。

その言葉にフォスは反応を返さず、再び穏やかに眠りにつくのだった。


────────


そして王宮では王の椅子に座る幼い少女二人に、物々しく武装した男たちが武器を向けていた。


「貴様ら何者だ!ユードル王子に何をした!?」


すでにユードルに息は無く、壮絶な苦しみの表情を浮かべたまま息絶えていた。


「何って…え?ただお話を聞いてくれなかったからもういらないって思って眠ってもらっただけだよ。ナスターシャお姉さんと別れて欲しかったんだけど聞いてくれなかったから、じゃあもう死んでもらえばいいやって」


自分は当たり前のことをしたとでも言いたげのような口調に国王も、それ以外の者もひたすら困惑した。

平然と隣国の王子を殺したと言い、そしてそれがおかしい事だと思っていない。


そしてその発言をしているのが幼い少女だという事も拍車をかけひたすらに奇妙でちぐはぐな物を感じさせた。

さらにはそんな発言をしているリフィルの隣で幸せそうな表情で料理をちまちまと食べているアマリリスも不気味な光景を作り出している一因だった。


「どこの回し者だ!こんなことをしてただで済むと思うておるのか!!」

「まわしもの?っていうのが何かは分からないけど私は王様たちにとってもいい事をしたんだよ?」


「なに?」

「だってだって今死んだお兄さんはこの国を乗っ取ろうとしてたんだよ?」


リフィルのその発言に息をのんだのはユードルが連れていた側近たち隣国の人間だった。


「何を言っている!このガキどもめ!ユードル王子はこの私が見つけた素晴らしい男だ!我が娘を託せるとこの私が判断したのだ!もはや子供と言って容赦することはできぬ!衛兵たちよ!早くこの子供たちを捕まえろ!」

「んむぅ…おじさんうるさい…」


国王の怒鳴り声に泣きそうになりながらアマリリスが耳を手で覆って塞いだ。


「おじさんうるさいってさ。妹が怖がってるから静かにしてくれると嬉しいな」

「なんだとこの…っ!?ぐぐぐぅ!!?」


先ほどのユードルと同じように国王が喉を押さえて倒れた。

苦し気に顔を歪め、浅い呼吸を繰り返し顔を青ざめさせていく。


「陛下!!?」

「くそ!こいつらは悪魔の使いだ!殺せ!」


大勢の大人が二人の少女を排除しようと動き出す。

数多くの怒声、鎧がすれる音、悲鳴。その全てが混ざり合い不快な不協和音となっていく。


「うぅ…うるさーーーーーい!!」


アマリリスが目じりに涙を貯めながら叫んだ。

それと同時に恐ろしい光景が王宮の中に広がる。


二人に武器を向けていた者たちが突如として体を不自然に折りたたむようにして崩れ落ちたのだ。

そこから数秒してべチャリと水分を含んだ柔らかい何かが地面に落ちて潰れる。

それは今しがた倒れた人数と同数の…内蔵だった。

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