第151話 原初の神様の暗躍

 一点の染みすらない真っ白な空間。

そこで四肢を鎖に繋がれた一匹の龍が轟くようなうなり声をあげている。


「苦しいですか?憎いですか?もっともっとその気持ちを高めなさい。そうすれば仇をとれるくらいには強くなれるでしょう。それにしてもあっさりと壊れましたねあなた。本当にレリズメルドの血筋ですか?その程度の憎悪で狂えて羨ましい限りです」


漆黒に染まった龍、クラムソラードを冷めた目で見つめているのは原初の神、フィルマリア。

ここは彼女だけが知る特殊な空間で、この世界にあってこの世界にない不思議な場所だった。

そこでめんどくさそうに飾り気のない椅子に腰かけたあとフィルマリアはそっと目を閉じる。


「やれることはやっておかないとですね…あぁめんどくさい。しかし後々に響くほうがよっぽど悪い」


フィルマリアは息を吐くと、その意識を自らの世界に向けた。


────────


魔界の一角、とある場所で一組の男女が項垂れるようにして座っていた。


「ねぇ…これから私たちどうなるの…?」

「…わからない」


やつれた顔をしているレザと、同じような顔をした赤毛の少女べリアだ。


「魔王様があんなこと言うなんて…何かの間違いだよね…?」

「間違いでこんなことするもんか…実際にもう何人も魔族が殺されてるし、領地で言っても三つが完全に廃墟にされてる。考えたくはないが魔王様は本気だ」


べリアはその両手で顔を覆い、嗚咽を漏らす。

レザはそんなべリアの肩に手を置いて優しくさすることしかできなかった。


「どうしてこんなことに…魔王様…アルソフィアはあんな子じゃなかったのに…」

「彼女が言っていた。それを望んだのはお前たち魔族だって。確かに俺たちは彼女に向き合わな過ぎたのかもしれない。魔王としての彼女を支えることに躍起になってアルソフィアという一人の友人の事を考えなくなっていた」


「だからってこんな…!」

「大丈夫だべリア、きっといつか分かってくれる。あの人が誰よりも優しい人だって一番知ってるのは俺たちだろう?」


「うん…でもアルギナ様もいないしどんどん事態が悪い方向に向かっているようで不安で…」

「ではその不安を取り除くお手伝いをしてあげましょうか?」

「っ!誰だ!」


突如聞こえてきた声方向にレザが銃を向けるとそこにフィルマリアがいた。

しかし身体は半透明で、今にも消えてしまいそうなほどに淡い。


「な、なに…あなた…?」

「私が何者か、それはどうでもいい事です。ただあなた達に力を貸して差し上げようかとおもいまして、私は。」

「何を言っている…?」


フィルマリアが優しく微笑みながらゆっくりと二人に手を伸ばした。

突如現れた不思議な女性を前に何故か二人は反発することができない。


「見ているだけでいいのですか?止めてあげたいのでしょう?大切なお友達を」

「…あんたが誰かは知らないが俺たちは理由があって魔王様に逆らえない」


「ああ、その程度どうとでもなりますよ」


フィルマリアの白く美しい指がレザとべリアの首に触り、小さくプツンと音がした。


「これって…」

「まさか!」


二人の首から赤い糸のような痣がきれいさっぱりと消えていた。

お互いにそれを確認したのちにべリアの瞳から涙がポロポロとこぼれ落ちた。


「これで憂いは無くなったでしょう?どうです?私が力を貸せばあなた達は今よりも強くなれる。それを持って大切な友達の目を覚ましてあげてはどうですか?」


再び伸ばされたフィルマリアの手を二人は互いの顔を見合わせた後にとった。


────────


同時刻。

様々な場所でフィルマリアは種をまいていた。

一つは神都。


教主ザナドは怒りに震えていた。

直属の部下の一人であるフリメラよりもたらされた情報及びこれまでの状況から勇者の持つ本当の能力、その特異性を確信し、またその影響下にはなかったとはいえそんな勇者を支援し、あまつさえ己の信仰する神の手から逃がしてしまった事もある。

さらにはその神とうまく接触することができず、気にも留められていない事も重なり鬱憤がたまっている状態だった。


「ならば会いに行けばいいではないですか」


そこにつけ込むように現れ、声をかけるのは身体が半透明に透けてはいるが間違いなくフィルマリアその人で、そのただならぬ風貌と雰囲気にザナドは自然と距離を取る。


「…どちら様でしょう」

「力を貸してあげましょうか?そうすればきっとあなたの想い人は振り向いてくれると思いますよ私は」


ザナドの問いかけを無視してフィルマリアは静かに手を伸ばした。


────────


しん…と静まり返った宿の個室で一人の男が酒を呷っていた。

男の名前はザン。

ハンターチーム「想いの花」のリーダーである。

しかしそんな彼は最近は仕事はほどほどに昼間から酒を飲み、酩酊に沈む毎日を過ごしている。

理由は一つ、仕事で立ち寄った森で出会い、短い間だが一緒に過ごした少女ルティエの理由の分からない死が飲み込めていないからであった。


自らの死んでしまった子供の姿を無意識のうちに重ねてしまっていた小さな少女との別れにザンの中の何かがぽっきりと折れてしまっていたのだ。

仲間たちにも心配されているが彼自身どうすることもできないため、こうして酒におぼれることしかできない。

結局、あの屋敷からは異常なバラバラ死体が多数と惨殺死体が一つに白骨化した死体が一つが見つかっただけであり、それ以外の情報は一切見つからなかった。

唯一の生還者である女性は気が付いたらすでに事は終わっていたの一点張りでどうしようもない。

残った手がかりはザンたちが屋敷の側で出会った真っ白な女性のみだが、そちらは目撃情報すらなかった。

その女性からもたらされた場所にあったのはルティエの簡易的な墓のみで…とにかくザンはなぜあんな幼い少女が死ななくてはいけないのか、何があったのか、ただただ理由が知りたかった。


「知りたいのなら、それをやり遂げられるだけの力を貸そうではないですか」

「…あ?」


ザンが顔を上げるとそこにはいつの間にか半透明のフィルマリアが立っていた。

最初は酒が回りすぎたかと思ったが、それにしてはやけに頭はすっきりとしており目の前のフィルマリアから目を離すことができなかった。


「そうやって腐っていくくらいなら行動をしてみません?きっとあなたは少女の仇を取ることができますよ」

「仇…?」


フィルマリアはにやりと一瞬だけ笑い、手を差し出した。


────────


そして様々な事態、思惑が絡み合い、いつ爆発するか分からない不発弾のようなものを抱えたまま、


五年の時が流れた。

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