第150話 勇者少年は出会う
なぜこんなことになってしまったのか。
勇者…いや、かつて勇者と呼ばれていた少年レクトは当てもなく街道を歩いていた。
今までは常に一緒だった仲間たちもおらず、一人で重い足を何とか動かし、前に進んでいく。
それは突然だった。
黒の使徒と呼ばれる邪教徒と悪魔たちとの戦いがあったあの日…意識を失ったレクトが目を覚ますと神都の個室に寝かせられており、そこで教主に二度とこの国に立ち寄るなと絶縁を言い渡されてしまったのだ。
理由を聞いても教主は憎々しげな眼でレクトを睨みつけ「まさか私まであなたの影響下にあったとは…怒りで今にも暴れてしまいそうですよ。私に我が神を裏切らせた罪は重いですよ」というレクトには何を言われているのか理解できないことを言うばかりでまともに取り合ってくれない。
ならばと信頼できる仲間たちに話をしようと思ったのだが、二人ともレクトと一緒にはいけないと首を振るばかりでこちらもまともに話すらしてくれなくなっていた。
なんで…?どうして…?そればかりがレクトの頭の中でぐるぐると渦巻き、暴れまわる。
拠点も仲間も失ったレクトは独り、当てもない旅を始めるほかなかった。
そのままどれほど歩いただろうか。
もはや時間も分からなくなってきたところでレクトは遠くで何やら叫び声のようなものが聞こえてきていることに気が付いた。
何事だろうかと耳を澄まそうとした時、すさまじい勢いで何者かがぶつかるようにしてレクトと接触し、もつれ込むように倒れた。
「痛たた…いったい何が…?」
「くぁ~!すまない、大丈夫か少年」
先に立ち上がった何者かが手を差し出した来たのでそれを握るとそのまま引っ張り上げられるようにして立ち上がらせてくれる。
そしてレクトはまじまじとその人物を見た。
随分と顔の整ったシュッとした美青年だった。
褐色肌に人のよさそうな笑顔を浮かべていて、首元に巻かれた赤く長いマフラーが印象的だ。
「あ、はい…俺は大丈夫ですけど…」
レクトに目立ったけがはないが目の前の男は全身ボロボロで少し出血もしているようで、どう見ても男のほうが無事ではなかった。
「ならばよかった。ん?その出で立ち…少年はなかなか腕が立つようだな!ちょうどいい少し手をかしてくれないか!」
「え?」
「いやなに、この先になかなか厄介なモンスターが現れてね!罪のない人たちが襲われていたから今まさにここいらの自警団の諸君と協力して討伐している途中なのだよ!これがなかなか手強くてね、もしよければ協力してくれないか」
「ええ俺でよければ」
男が差し出した手をレクトは握り返す。
正直今は自分の事で手一杯ではあるがそれでも困っている人を見過ごすことは出来ない。
そんなレクトを男は数度まばたきして見つめた後に爽やかな笑顔を見せた。
「なんだ君?なんだかすっごく気持ち悪いな!」
「はい…?」
突如笑顔で暴言を浴びせられ呆気にとられたが、それに構わず男はレクトの手を引いて走り出した。
「こっちだ!急げ急げ~!」
「うおっ!?ちょっと!!」
数十メートルくらい走ったところで開けた場所に出て、そこに巨大な狼のようなモンスターと武器を構えた自警団の人たち、その後ろに庇われるようにして丸まっている民間人の姿があった。
「皆待たせたな!」
「あ!ご無事だったんですね!?あなたが吹っ飛ばされた時はもうダメかと…」
「はっはっは!この正義のヒーローが簡単にやられるわけないだろう?それに運よく助っ人も見つかったぞ!やはり僕は運がいい!」
どうやら助っ人というのは自分の事らしいと理解してレクトは静かに聖剣を構えた。
「うむ、やる気だな少年!僕もそろそろ本気を出すとしよう!さぁやるぞみんな!」
男は武器を持たず、拳を握り独特の構えをとる。
不思議な人だと思いつつ、今は目の前のモンスターに集中することにする。
────────
レクトが参戦したことによりモンスターの討伐はあっさりと終わり、被害もほとんどゼロに抑えることができた。
自警団の面々とマフラーの男が何やら話しているのを遠目で見ていたレクトだったがしばらくすると周りに人が集まってきて囲まれてしまった。
「あなたもしかして勇者様じゃない?」
「あ!ほんとうだ!勇者様だ!」
そうなると不思議なものでその場にいた全員が目を輝かせながらレクトに尊敬のまなざしを向け、各々勇者レクトを讃える言葉を口にする。
それはレクトが見慣れた光景で、今回も誰かの役に立つことができたと心が満たされる感覚を覚えた。
「ふむ…なるほど。やっぱり気持ちが悪いな。みんな!談笑はその程度にしてそろそろ撤収準備を始めよう!」
マフラーの男が手を叩くと「それもそうだ」と人々は散らかってしまった荷物の片づけや怪我人の介抱を始めた。
「君、随分と歪んでいるなぁ。それだけ力があるのだから自分の力で頑張ればいいのに」
「はい?」
マフラーの男がレクトの肩に手を回し、小声でそう呟くがレクトには何のことを言われているのかわからない。
「だからその洗脳の力の事だよ。そんなものを使わなくたって君は彼らの事を助けたんだ。普通に感謝くらいはされるはずだろ?なのにどうしてそんな気味の悪い力に頼るんだい?」
「あの、本当に何の話ですか…?」
「ふむ…そうとうに性根が歪んでいるのか、本当に何も知らないのかどっちだい?」
「いや…えぇ…?」
「んー、しかし君はあのモンスターに襲われる人々を見て迷わず剣を抜いた。ならばこそ人を助けたいと思ったことは事実だろうし…うん、僕は君を信じようではないか」
「あの…?」
一人で何やら納得してる男にレクトは困惑しか返すことができない。
「少年、名前は?」
「レクトです」
「うむ、いい名前だ。どうだろう?もし行く当てがないのなら僕と来ないか?その君の気持ち悪い何かを取り除く手伝いが出来るかもしれないよ」
「さっきから何の話をされているのかわからないのですが…」
「うんうん、まぁ今はあんまり気にしなくてもいい。それで来るのかい?」
そんな男の申し出に不可解な物を感じつつも行く当てもないレクトはついて行くのもいいかもしれないと思った。
それに何より男には不思議な魅力というか求心力のようなものを感じさせていて、彼について行くことで何かが変わるかもしれないと期待したのもあった。
「よし、ならば決定だ!実はもう一人連れがいるんだ。まずはそっちに行こう」
「あ、はい。あの…ところであなたの名前は?」
「ん、僕かい?僕は以前は「怠惰」と名乗っていたのだが母親のような人に好きに生きろと言われてね、その名前は捨てて今は「ヒート」と名乗っている」
「ヒート?」
「ああ。ヒート・ダークハート。自分でつけたんだ。かっこいい名前だろう?正義の使者である僕にぴったりの素晴らしい名前だ」
「は、はぁ…」
さては変な人だな?と思いつつもレクトは何も言わなかった。
そこから少しだけ歩くと、怪我人が集められていた場所にたどり着き、そこにはこの場には似つかわしくない幼い子供が慌ただしく動き回っていた。
「おーい、レイ!」
「あ!ヒートくん!」
ヒートにレイと呼ばれた子供が腕をパタパタとさせながら駆け寄ってきた。
これまた随分と顔立ちの整った子で、幼い子供特有の丸く中性的な顔立ちのせいで性別が良く分からない事になっていた。
「怪我人の様子はどうだい?」
「うん、もうみん、な、だいじょう、ぶ」
「そうかそうか。ならそろそろ次の場所に行こうか」
「うん、わかっ、た!」
「それで今からこの少年が同行することになった!レクトというらしい、仲良くするんだぞ」
「うん!えっと、ボクは、レイといいま、す。よろしくおねがいします」
ぺこりと頭を下げたレイにつられてレクトも頭を下げて自己紹介をした。
こうして不思議な三人の旅が始まった。
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