第145話 番外編 聖夜の無い世界であなたと
執筆したタイミングがクリスマスだった季節ガン無視の番外編になります!
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白い雪がわずかに空から降ってくる夜。
街に一歩出ればたくさんのイルミネーションに彩られた、いつもとは違う光景がそこに広がっている。
ある者は友と、またある者は恋人と、はたまた家族と楽しそうに街を歩いている。
そんな中、ひとりぼっちで歩く目つきの悪い少女が一人、スーパーの袋を手に帰路についていた。
まるで世の全てを恨んでいるとでも言いたげに不機嫌そうに歪められた瞳に大きな隈、手入れをされていないぼさぼさの髪…おおよそ聖夜という一種のお祭り的な雰囲気に全く持って溶け込めていない。
「…馬鹿みたい」
吐き捨てるように誰にも届かない呪詛を吐き捨てると人の流れに逆らうようにして少女は歩みを進めていく。
その少女がカギを使い、扉を開いた家は立派な一軒家だったが家には他に誰もおらず、部屋は散らかりに散らかっていた。
少女はそれを気にも留めず、ごみをかき分けるようにして自らの部屋に戻ってPCを立ち上げて普段からプレイしているゲームにログインすると同時にスーパーで買ってきたチキンとケーキをPC横のスペースに広げ風情も何もなく炭酸飲料と共に流し込んでいく。
「いつもより人が少ないな」
少女がいつもプレイしているオンラインゲームはいつもより人が少なく見えた。
もっぱら少女はソロプレイヤーだったのでフレンドは一切いないがそれでもゲーム内の街中が現実の光景と反比例して閑散としているのを見て無意識で舌打ちが漏れてしまっていた。
「なんだよ…ここにも私の…ちっ」
何を考えていたのか、何を言おうとしていたのか…言葉にしなかった少女の想いをくみ取れる者は誰もいない。
ふと少女の目に自分のスマホがとまる。
少女はいつでも一人だ。
家族なんてもう何か月も顔を見ていないし、学校も不登校で友達と呼べる人間など一人もおらず…それでいいと思っているがそれでもまだ10代の少女は心のどこかで誰かを求めている。
「…」
少女の脳裏によぎったのは先ほどの街中で見た光景。
両親に手を繋がれて楽しそうに笑う子供の姿。
「何を考えてるんだか…馬鹿馬鹿しい…」
それでももしかしたら。
この聖夜なら…何かまかり間違って奇跡が起きるかもしれない。
少女の指はひとりでに動き出し、スマホを操作して一つの番号に電話をかけた。
表示されている名前は「母さん」。
数度コール音が鳴り、がちゃっとした電子音が聞こえた。
「あっ…母さん…あの、私…」
「─ただいま電話に出ることができま」
ガンッと音をたてて少女がスマホを壁に投げつけた。
最初から分かっていた。
家族は自分に興味を持ったことなんかなくて…金と家を与えられてあとは全部放置だ。
「くそっ…今さら何を考えてるんだ私は…」
イラつく心を鎮めるように、またはその奥の別の感情を振り払うように、少女はコントローラーを握りゲームを始めた。
画面に映るキャラプレイヤーネームには「リリ」と表示されていた。
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「リリ。リリ」
「…ん…?」
誰かに優しく名前を呼ばれた気がして目を開く。
どうやらいつの間にか寝てしまっていたようで…さっきまで何をしていたのかよく思い出せない。
「大丈夫?」
私を覗き込むように見てくるのはマオちゃん…私の最愛の人。
「大丈夫って…なにが…?」
「リリうなされてたよ。涙も出てるし」
「え…?」
ゆっくりと体を起こすとどうやらマオちゃんに膝枕をされていたらしいと分かって、もう少し寝ていればよかったかなと少し後悔した。
それはひとまず置いておいて自分の顔を触ると確かに少し濡れている。
「怖い夢でも見たの?」
「なんだろう…?そんな気もするし…別に何もなかったような気もする…」
何だか気持ち悪い感じだ。
なんとなく夢を見ていた気がするけれど、どんな夢だったのか思いだせない。
何か不快感のようなものは残っているから余計に気持ち悪い。
「そっか~リリにも怖いものってあるんだね?夢に見るくらい怖いもの」
「むむっ!心外だなマオちゃん!私だってそりゃあ怖いものくらいあるよ!」
「あははっそうだよね。ごめんごめん」
「まったくもう!」
そこでマオちゃんが自分の身体をさするようにして震えた。
「ん、もしかして寒い?」
「ちょっとね。今日は氷露が降ってるから」
「氷露…それって雪の事だよね確か」
「ゆき?」
この世界では雪の事を氷露とかいうなんだか良く分からない言葉で呼んでいるらしい。
それはともかくどうやら今日は雪が降っていて、それで少し寒いらしい。
私は寒さを感じないので良く分からないんだけどね。
私はふらふらと引き寄せられるように外が見える窓に向かって歩いた。
「わぁ…」
空からひらひらと白い粒が舞い降りてくる。
それはとっても綺麗で…同時に私の胸の辺りがぎゅっと苦しくなるのを感じた。
「リリ…?本当にどうしたの?」
「え?」
「また泣いてるよ」
「あれ…?」
おかしいな…なんだろう?なにがこんなに…私は悲しいのかな。
「リリ。大丈夫だよ」
ふわっといい香りが広がって私の頭を抱きかかえるようにマオちゃんが私を抱きしめた。
「マオちゃん…」
「私がいるからね」
「うん…」
「ほらいい子いい子~」
まるで娘二人にするように私をあやすもんだから少し気恥ずかしい…だけど不思議と満たされる気がした。
ずっとずっと昔から…欲しくて欲しくて仕方がなかったものが…今ここにある…そんな風に感じた。
「ケーキ…」
「ん?」
「そうだ…マオちゃん、皆でケーキ食べよう」
「今から?」
「うん…どうしても今…ケーキが食べたいの。だめかな…?」
「う~ん…まぁいいか。今日だけだよ?」
「うん!」
それからメイラに無理を言って急遽ケーキを作ってもらいみんなで食べた。
同時に娘二人の初ケーキなわけだけど…さていかに?
「うぅぅ~~~~」
最近早くもご飯は自分で食べるようになったリフィルがスプーンでケーキを掬い、食べてて謎の唸り声を上げた。
めちゃくちゃ渋い顔をしてて美味しくないのかな?とも思ったけどすかさず二口目を食べたのでまずいわけではなさそう?
「ふぇえええええん!」
それを見たアマリリスが大泣きして手をバタバタさせ、さらにそれを見たリフィルがケーキを一口分掬ってアマリリスに差し出した。
「あむ…」
姉から差し出されたそれをおとなしく食べて咀嚼した後にこくんと飲み込んで…。
「ふぇえええええん!」
またもや泣き出す。
そしてリフィルがケーキを差し出す。
アマリリス食べる、そして泣く。
謎の行動ルーチンが出来上がってしまった。
「あれはたぶん美味しくて泣いてるんだよね」
「うん、たぶんね」
「そっかぁ~…あははっ!変なの!」
「ふふっ、そうだね~リリもようやくいつもみたいに笑ってくれたし、良かったよ」
「あ…」
「もう悲しくない?」
「うん。とっても楽しい!」
「そっか。じゃあはい、あ~ん」
マオちゃんがケーキを一口フォークに刺して私の口に向かって差し出した。
それをありがたく食べるとケーキの甘さと一緒に言いようのない幸せが広がる。
「じゃあお返し~あ~ん」
「なんだか気恥ずかしいね…あ、あ~ん」
その小さな口にケーキを運んで食べさせる。
口に入れてもぐもぐと口を動かした後に私を見て顔を赤らめて恥ずかしそうに少しだけ視線を私から外すマオちゃんがすごく可愛らしかった。
そんな時間を過ごすうちに、私の中にあった良く分からない悲しみは消えていた。
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