第144話 帝国の終わり

「さて…どうしたものか」


フィルマリアが半壊したフォスの城から帝国を見下ろしながら呟いた。


「私が一人一人潰していくのが確実だとは思いますが、それではあまりに面白くない」


原初の神フィルマリアは人を殺したいのではない。人を出来るだけ苦しめて殺したいのだ。

自分が出ていけばすべては一瞬で終わってしまう。そう考えた彼女はどうするべきかと頭を悩ませていた。


「…あら?」


ふと気配を感じてフィルマリアが後ろを振り向くとそこに奉仕服を着た悪魔と全身真っ白な人形がいて、驚いたような表情でそちらを見ている。

メイラとクチナシだ。


「あ~また会いましたね」

「メイラ。何も言わず少しだけ付き合ってください。アレをここで止めます」

「え?あ、はい」


「別にあなた達に何かをするつもりはありませんよ」


それはフィルマリアの偽りならざる本心で、彼女にとって殺したいほどに憎いのは人と魔族であり、悪魔と人形などそもそも眼中にないのだ。


「いや…あの忌々しい人形に嫌がらせを出来るという点ではここであなた達を処分する意味があるかな?」


恐ろしいほどのプレッシャーがメイラとクチナシを襲うが、それも一瞬。

膝から力が抜けてフィルマリアは崩れ落ちてしまう。


「…思ったよりダメージを受けているようですね。やっぱり不完全な状態で目覚めるんじゃなかった」


見た目は完全に修復しているが、それでもフォスの力は確実にフィルマリアにダメージを残しており、メイラはともかく神の力の一端を持っているクチナシの相手はかなり厳しいかもしれない…そんな状況に追い込まれていた。

さらに時間をかけすぎたためか城に次々と帝国騎士団が集まり、物言わぬフォスの身体を確認したジラウドは剣を抜いてフィルマリアに突き付けた。


「貴様!我らが陛下に何をした!この状況も貴様の仕業だな!覚悟しろ…!!」


次々と剣を手にして睨みつけてくるる人間たちを見て…フィルマリアは全てがどうでもよくなった。


「あーあー、めんどくさい…もういいです。クラムソラード来なさい」


そんな呼びかけに答えてか雲を裂いて空から巨大な龍が現れた。

腹の底に響くような咆哮を上げて飛来したクラムソラードと呼ばれた龍は全身が漆黒に染まり、またその瞳からはおおよそ理性という物を感じられなかった。


「クラムソラード…?一体何が…」


本来のクラムソラードの龍形態を知るクチナシはその変わりように疑問を覚えたがフィルマリアはそれを無視して黒き龍の背中にふわりと飛び乗った。


「さあクラムソラード。帰る前に一仕事なさい。この帝国を瓦礫の山に、少しだけ豪勢な人間どもの墓標に変えてやるのです」


クラムソラードがその口を大きく開けると同時にその前方に巨大な魔法陣が出現する。


「あれは…メイラ、私の後ろへ」


クチナシが上でを掲げ、そこから漆黒の闇が溢れ出す。

そして…光が爆発した。

クラムソラードの魔法陣から放たれた青白い光が、圧倒的な破壊の力が帝国の全てを飲み込んでいく。


皇帝の城も、貴族の豪邸も、一般の民家も全てが等しく分解され消えていく。

長年続いた軍事大国、その終わりはわずか数時間で…。


「あぁなんて無駄な物だったんでしょう…本当にくだらない」


黒き龍の上で吐き捨てながらもフィルマリアの顔はここにきて初めての…満面の笑みだった。


「これでうまく事が運んでくれるといいのですが…さて、これからいろいろ忙しくなりそうです。帰りますよクラムソラード」


瓦礫の山となった帝国をひとしきり眺めた後、満足げに頷いた後にフィルマリアはクラムソラードと共に消えた。


──────


「もう大丈夫ですよ」


瓦礫の下から押しのけるようにしてクチナシが姿を見せた。

それに続いてメイラが、そして最後にジラウドを含む帝国騎士の面々が姿を見せる。

クラムソラードの魔法が着弾する瞬間、クチナシがその力を振るい皆を避難させていたのだ。


「なんとかうまく行きましたね。いい演技でした」


クチナシがジラウドに向き直りそう言った。


「ああ。しかしまさかあなたが協力してくれるとは思わなかった。助かった」


ジラウドもそれに当然のように返答する。


「私のほうもあの存在の程度を知りたかったので。それ以外にも利がある事でしたので礼には及びませんよ」

「そうか…」


「これからどうするおつもりで?」

「とにかく今から逃がせなかった生存者の救助…そして亡命だな。すでに神都に話はついている」


実は戦闘が始まった少しあと、ジラウドの元に魔法による通信でフォスにより指令を受けていたジラウドはその指示に従い数々の仕込みを行っていた。

一人でも多くの民の避難などだ。

そして呪いを通じて何かが起こっていることを感じたクチナシとメイラがそれに合流して手をかしていた。


「では私たちは一度戻ります。あまり帝国の事情に首を突っ込むわけにも行かないでしょうし」

「…今さらなきもしますが確かにその通りだ。あとは我々帝国騎士で何とかする」


「ええ…ではこれで」

「ちょっと待ってくれ…こちらを」


ジラウドがクチナシに大事に抱えた何かを渡した。

シーツにくるまれた両腕に収まるくらいのそれを確認した後にそれをメイラが受け取る。


「私たちに預けていいのですか?」

「陛下の命令ですので」


「わかりました」


それを最後にクチナシとメイラが闇の中に消えた。

残った騎士達は崩れ去った自分たちの国を見て心が折れそうになったが、最後まで自分たちを導いていた雄々しくも美しい皇帝の姿を思い出し、身体中に力を入れる。


「行くぞお前たち。国が無くなっても我らは誇り高き帝国騎士だ。最後までやることはしよう」

「「はっ!!」」

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