第143話 皇帝の意地
「あなたは私が最初に選んだ英雄であるだけあってとても強い。おそらく今のあなたに勝てる者なんてこの世界にいないでしょう。私以外ですが」
「ほざいたなクソババア。やれるものならやってみろよ」
フォスは不敵に笑ってみせたがフィルマリアから放たれる圧倒的なプレッシャーは今にでもその身体を圧し潰さんと物理的な圧を感じるほどで、フォスの頬から汗が伝う。
しかしそれでもフォスはじっとフィルマリアを見据えていた。
彼女の目的はフィルマリアに勝つことじゃない。人をとことん見下している神様に意地を見せつける事。そして…。
ちらりとフォスが眠るように倒れているアルスを見た。
やはり再生は始まっていないようで、息があるのかも分からない状態であった。
(敵討ちなんて我の柄じゃない。お前の仇をとってやる理由なんて我にはないしな。しかしあのむかつく面をボコボコにはしてやる。そこで見ていろ…「我ら」は神に負けるいわれなどないのだから)
不思議とフォスは自分の背後に最近ずっと一緒にいた…本人曰く憎くてむかつく女の存在を感じていた。
どれだけ言葉で否定しようと彼女は独りではないのだ。
「まぁどれだけ綺麗事と御託を重ねて積み上げようと何もありはしないのですけどね。意味なんて」
空が割れた。
確かにそこにあるはずの空が引き裂かれるように割れて、そこから一本の長く、美しい柄の無い刀がゆっくりとフィルマリアの手元に落ちてくる。
刀はフィルマリアの身長より長く、2メートルはあるように見え、その状態で手を上に掲げると刀を握っていないにもかかわらず連動しているように刀も動く。
そしてどこからともなく現れた今までフィルマリアが振るっていたのと同じ種類の刀がその背中に片方四本ずつ、まるで翼のように浮いている、
「馬鹿みてぇな見た目だな」
「賢いタイプではないのでお許しを。では行きますよ」
その瞬間フォスは悪寒のようなものを感じた。
今ここで何か選択を間違えれば確実に死ぬと…そして直感の赴くまま、ただ何となく右に跳んだ。
だがその時すでにそこには刀があった。
ざっくりと横腹を削られ、もし一瞬…あと一瞬だけでも遅かったら、その刀は確実にフォスの身体を真っ二つにしていただろう。
(なんだ今のは…速いなんてもんじゃない…気が付いたらそこにいた…?)
「よく躱しましたね。やっぱり忌々しいほどに戦闘センスがおありのようで」
ゆっくりとした動作で姿勢を正すフィルマリアの刀はフォスの身体を傷つけたにも関わらず一点の汚れもなく美しい刀身は水に濡れているように光を反射して煌めいていた。
「…」
「そんなに警戒されなくても大丈夫ですよ。今のは一回だけしかできませんから」
「なに…?」
「この刀を引っ張り出す時になかなかのエネルギーが漏れ出してくるのですが…それをそのまま無駄にするのももったいないと思って、その余剰分の力を使って身体を押し出している感じですので気にしなくて大丈夫ですよ」
「…そうかよ!」
フォスが拳を握り、踏み込もうとする。
「そうですよ」
それをさえぎるように横に振られた長刀が頬をかすめるも、構わず拳を突き出した。
「何か忘れていませんか?一振りだけで終わりではありませんよ」
「っ!」
フィルマリアの背後に控えていた刀がひとりでにフォスを襲う。
持ち前の身体捌きで全ての刀に対応したものの気が付けば目の前のフィルマリアは刀を振り上げていて…城が切り裂かれた。
まるで豆腐を切っているように、その長刀は全ての抵抗を無視して切り裂いたのだ。
「うそだろ…」
「現実ですよ。あなたの剣が全てを焼くものならば私のこれは全てを切り裂く刃です。そして…」
ゆっくりと振り上げられていくフィルマリアの腕と刀。
その視線の先には…。
「貴様…!」
「ふふっ。ようやく嫌な顔をしてくれましたね。どうしますか?さぁ!」
刀が落とされるその場所にはアルスが横たわっている。
これはチャンスだとフォスは思った。何をどうしたいのか知らないがフィルマリアはフォスを見ておらず身体も横を向いている。
今ならあいつに一撃与えられるかもしれない。フォスは足に力を入れ踏み出した。
「ちくしょうが!丁寧に前振りまでさせやがってふざけんなーっ!!」
駆け出した先はフィルマリアの視線の先、アルスを庇うようにその身体を迫りくる刃に晒す。
それを見たフィルマリアはここで初めて少しだけ笑顔を見せると刀を引き戻し、フォスの胸に目掛けて突き刺した。
「ぐ…っ!」
「ふふっ!やっぱり愚かですね。これであなたもおしまいです」
刀はフォスの胸を貫通しているが、それをさらに押し込みながらフィルマリアはフォスに向かって近づいていく。
限界まで近づくとその耳元で優しい声色でフィルマリアが囁く。
「いま…どんな気持ちですか?」
「最高の気分だよ。クソ野郎」
フィルマリアの胸を衝撃が襲った。
見るとその胸には漆黒に光る剣が突き刺さっていて…。
「なぜ…あなたの惟神は奪ったはず…」
「…元はお前の力なのかもしれないが…これはすでに我らの物だ。お前のようなババアはいつだってそうだ。過去にしがみついて今を生きる我らの事を見向きもしない。だからこうして足を掬われるんだよクソババア」
「ずっと演技をしていたと?」
「いい余興だったろ?」
「ええ本当に」
フィルマリアはフォスに刺していた刀を回転させ横に切り裂いた。
血飛沫が上がり、辺りが紅く汚れていく。
そのままどさりと倒れたフォスはまるでアルスと抱き合うようにして息を引き取っていた。
アルスもすでに息は無かった。
「…はぁ。別に私自身に被害はありませんが…なにか釈然としないものが残りましたね。これだから人という物は忌々しい」
フィルマリアの手にあった長刀が消えて、その傷ついた身体もいつの間にか元通りに再生している。
フォスが、アルスがその身をかけて挑んだ結果は全て無駄に終わった…だというのにフィルマリアはその顔に苦々しい表情を浮かべていた。
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