第137話 帝国のひと時

 とある日の昼下がり。

半裸のフォスが四つん這いになったアルスの上に座り読書を楽しんでいた折にクチナシが姿を見せた。


「そろそろ来る頃だと思っていたぞ」

「来ると思っていたのになぜそんな…いえ、何でもありません」


はぁはぁとやけに荒いアルスの呼吸音が聞こえてくるがクチナシはそこにも触れないことにした。


「てっきりリリも含めて乗り込んでくるかと思ったが」

「マスターは今忙しいので」


「そうか…それで?一応聞くが何をしに来た」

「先日、龍神クラムソラードと交戦しました。その時に向こうがこちらの情報をやけに詳しく把握していたのでどういう事かと気になりまして」


「…」

「なにかご存じではありませんか?」


フォスが目を細め睨むようにして無表情のクチナシと見つめ合う。

お互いに無言の空間にはアルスの吐息を通り越して若干漏れている喘ぎ声だけが響く。


「はぁ。もう確信しているのだろう?そうだ我が龍神のババアにお前たちの情報を漏らした」

「否定します。あなたではありません。呪いがその効力を発揮している以上それはありえない事ですから」


「そんなものに我が屈するとでも思うか?これでも100年単位でこの女の呪いに抗ってきた実績がある人間ぞ我は」


そう言いながらフォスが踵で軽くアルスの腹を蹴った。


「んんっ…はぁ…あっは…!」


クチナシは意地でもそちらに視線を向けずに無表情のままでフォスを見つめ続ける。


「…それでもあなたではありません。きっとアルスさんだと思っていますがどうですか」

「違うと言ったら?」


「少し困ります」

「ちっ!わかったよ。ああそうだ、アルスがあのババアに情報を漏らした」


「状況をお聞きしてもいいですか?」

「お前たちが帰ってから数日後くらいだったか?あのクソババアが龍を率いて我が帝国に襲撃をかましやがってな…ついに耄碌しやがったかと思っていたのだが「人形の形をした神を知っているか?」ときたもんだ」


「それで?」

「龍を引き連れて暗に脅されてはな、話すしかなかった。だがそこでこの女がしゃしゃり出てきてペラペラとお前たちの事を話したわけだ」


さっきとはうって変わり勢いの乗った踵がアルスの腹に突き刺さった。


「ぐふぅ…はぁはぁ…あひぃ…っ」

「なるほど」

「まぁなんだ。許せと言うつもりはないがこの通り、こっちでそこそこシバいておいた。すまんかったな」


「…シバいたと言いますが喜んでいませんか?」

「見間違いだ気にするな」


クチナシは少しだけ考え事をするような仕草を取った後、納得したように頷いた。


「まぁいいでしょう。それにしても意外でした」

「なにが」


「いえ、必死にアルスさんを庇っているようでしたので」

「ふざけた事抜かすなよ貴様この」


「初めに情報を漏らしたのが自分だと言い張ったり、その後もすでに罰は与えたとこちらを誘導したりと庇っているではありませんか」

「断じて違う。なぜ我がこの面倒しか起こさない女を庇う必要がある」


「私にはわかりかねます。それもまた人の心という物なのでしょうね。では私はこれで失礼します」

「ん、お前たちの情報を漏らしたことについては何もなしか?」


「ええ。私はただ状況が知りたかっただけです。もちろんあらかじめマスターには確認を取りましたが「別にいいんじゃない?」との事なので私が何かをするという事はありません」


フォスが疲れたように盛大なため息を吐く。


「なんだそれは。そんなことでやっていけるのか?」

「マスターは身内には甘いですから。それにあなたとアルスさんには魔王様もお世話になったことですし背後から襲い掛かってもマスターは気にしないと思いますよ」


「馬鹿馬鹿しい…まぁいい。何もしないというのならとっとと帰れ。こっちはめったに姿を見せない龍が大量にやってきたせいで他の国から説明しろってギャーギャー言われて忙しいんだ」

「あなた表に出ないではないですか」


「やかましいぞボケナス」

「失礼しました…ではこれで」


「ああ」

「…最後に一つだけ。龍神と一緒に女性が居ませんでしたか?こう…うまく認識できないような刀を持った女性なのですが」


「いや…?ババアと龍しかいなかったと思うが」

「そうですか。ありがとうございました」


「ああ待て。これを持っていけ」


フォスが一枚の紙をクチナシに投げ渡した。

クチナシが紙を見るとそこにはどこかの地図のようなものが描かれていた。


「これは?」

「この座り心地の悪い椅子女が使っていた拠点の一つらしい。人もめったに来ないし建物自体も上等らしいぞ」


「これはご丁寧に。マスターに渡しておきます」


それを最後にクチナシは闇の中に消えた。

それを見届けるとフォスはアルスから腰を上げ近くのソファーにだらしなく背を預けて座り込んだ。


「あっはぁ…もう終わりですかフォス様」

「座り心地が悪い」


「やはり背骨が悪いのですかね?…潰しましょうか?」

「やめろ馬鹿。あ~くそっなんかめんどくさい事したらイライラしてきたな。おい、こっちにこい」


長さが自在に変わるアルスの首に繋がれた鎖をフォスが乱暴に引っ張り、それにやけに対して嬉しそうな声を上げつつ四つん這いでフォスの元までアルスがやってくる。

フォスはそのままアルスを抱え上げると自らの足の上に向かい合うように座らせて見つめ合う。


「くすっ、今日は何回目ですかねフォス様」

「知るか。今はこれくらいしかストレスの解消ができんのだ」


「私はもちろんいつでも歓迎ですよ。どこまでもあなた様の全てを受け止めます」

「ふん」


フォスは顔つきに似合わず異様に豊満なアルスの胸に顔を埋めつつ、執拗なほど空いている手でアルスの下腹部を刺激していく。


「ふ…っ、んん…んはっ…あっは…!もうフォス様には私の弱いところ全部知られてしまいましたね。毎日毎日何回も何回も触られて…私の全部を知られてしまいましたぁ…」

「うるさい。無駄口を叩くな」


「はぁい…ふぁっ!…ふふっ…あ…っ。本当に…フォス様…ん、…私のこういう声をきくのがぁ…っすきです…いひゃん!…ね…ふふふっ…」

「そんなわけあるか。図に乗るな」


豊満な胸に包まれて表情は見えないフォスと何をされてもただただ嬉しそうな笑顔を浮かべてフォスを抱きしめるアルス。

その場にはアルスの幸せそうな喘ぎ声と粘性のある水のようなものをかき混ぜるような音が半日以上の間聞こえていた。


全てが収まるところに収まり、ただ時間が流れていた数日後。

帝国という国は跡形もなく消えてしまうことになった。

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