第136話 龍の終わり

 龍の住処「霊峰レリズメルド」は常に数センチ先も見通せないほどの霧と身を切り刻む暴風…そして雷を抜けた先にある人類未開の地であり総勢100体に満たないほどの龍たちが自由気ままに生を謳歌している。

龍以外の侵入を拒むその地は偉大なる最初に生まれた龍レリズメルドの名を冠している。

リリとの戦闘の後にその地で文字通り羽を休めていたクラムソラードだったがそこに望まれざる来訪者が現れた。

美しい景色にシミのように広がった闇から姿を見せたのは全身が白で構成されているような美しい人形…クチナシだった。


「驚いたな…まさかガラクタ風情がこの場所にたどり着くとはな」

「…」


異変に気付いた龍たちがクチナシを囲み、今にも襲い掛かりそうに威嚇している。


「ここを我らが神聖なる土地だと知っての事か?」

「いいえ。私はただあなたに施した呪いをたどってここまで来ただけです」


「呪いだと…?」


クラムソラードは自らの身体を確認してみたが特に異常は見当たらず、そのままクチナシを睨みつける。


「まぁいい…ここまでたどり着けた褒美に見逃してやる。今すぐ去れ」

「…」


「去らぬというのならここに居る全ての龍が貴様の敵になるぞ?」

「ご心配なく。すぐに失礼させてもらいます…あなた達を皆殺しにして」


瞬間、龍たちの聖域であるその場所に漆黒の闇が広がり全てを黒く塗りつぶす。


「貴様ぁ!!なんのつもりだ!」

「私のマスターは先の事件に関わった者全ての死を望んでいます。よってあなたたち龍は今日この場で滅びていただきます」


「はっ!やけにデカく出たのうガラクタが!お前たち!無礼な人形に身の程を教えてやれぃ!」


龍たちがクチナシにむかって一斉に咆哮を上げ、闇の世界に地響きを起こした。

たった一体であっても小国ならば壊滅させる事ができるほどの力を持つ龍が100体…その全てが無表情な白い人形に対し一斉に殺意を向けた。

その時だった。クラムソラードはいつの間にかクチナシの背後に大きな樹が現れていることに気が付いた。

いつの間に現れたのか分からない…しかしその大木は確かにそびえたっていて美しいピンク色の葉を揺らしている。


(なんだあれは…このワシをもってして心を奪われそうなほど美しい…いや、確かガラクタたちとの戦いの時にもあったような…)


嫌な予感を感じたクラムソラードだったが自分達偉大なる龍がガラクタ一体を相手にどうこうなるはずがないと考えを振り切った。

どちらにせよすでに手遅れな事には変わりはないという事に気が付かないまま。


「67…もう少し行けるかと思いましたがまぁ及第点です。問題はありません」

「なに?」


クチナシが意味不明な事を呟いたかと思えば突然龍たちが口から血を流しながらその巨体を地面に倒した。


「なんだ…?おい!お前たち!どうしたのじゃ!?」

「クラムソラード様!今倒れた龍たちが…絶命しています!」


「なんじゃと…?何をしたガラクタぁ!」

「私がやった…と言うのが正しいのかは微妙ですがマスターの惟神の能力を一部お借りして行使しただけです。全ての命を生み出した「始まりの樹」…それをマスターが取り込んだことでこのようなものが産まれたわけですね。さながら「終わりの樹」とでも呼びましょうか」


「終わりの樹じゃと…そんなものあるはずがない!あれば先ほどの戦いで使わない理由がないではないか!」

「あなたがどう思うと事実は変わりませんよ。まぁあえて説明するとすれば少々扱いが難しいのとまだまだこの樹は成長段階なのですよ」


クラムソラードは会話をしながらも状況を把握しようとあたりを探っていたが龍たちが半数以上死んでいることを確認してしまった。

67…それはこの一瞬で奪われた龍の命で、そしてクチナシの背後にある美しい葉を持つ樹はその存在感をさらに増していた。


「それではもう一度。今度はうまく行くでしょう」

「待て!」


それは慌てたクラムソラードが半ば無意識に叫んだ引き留めの言葉だったが意外な事にクチナシはその動きを止めた。


「なにか?」

「貴様が…いや、あのリリとかいうガラクタが随分と怒っているのは理解した。だが、」


「ああすみません」


突如として謝罪をしたクチナシにクラムソラードの言葉は遮られてしまった。


「なに?」

「私は会話という物に並々ならぬ関心を抱いています。人並の言い方をすれば会話をすることが好きなのです。趣味と言ってもいいほどに。そこから得られる情報に感情は私の好奇心を実に刺激し、また満たしてくれますから」


「…」

「しかし今この状況においてはおそらく言い訳しか聞けないでしょうし、マスターの不興も買ってしまいそうなのでやめておきます。ただでさえ私は最近自分勝手が過ぎていますし…ちゃんと私はマスターの意思を尊重して動くという事を示さないといけないので」


「馬鹿め!自由意志があるのなら自分で考え行動せぬか!愚直に命令を聞き、機嫌を取ることに何の意味がある!それで貴様は幸せなのか?満足なのか!?よく考るのじゃ!」

「幸せですし満足ですよ。私は自由にやらせてもらっています。私は自分の意志でマスターに従っているのですから」


その言葉を引き金に大木が妖しく光を放った。

クラムソラードの耳には何か大きなものが地面に倒れる音がと届き、龍たちの命が奪われたことを伝えてくる。

そしてクラムソラード自身もまた強烈な倦怠感に襲われ意識を持っていかれそうになる。


「さすがは龍神様ですね。まだ息があるとは」

「ぐ…くそっ…」


「しかし限界みたいですね。ではこれで…できればもう少しお話をしたかったです」


再び大樹に光が灯ったところで何者かがクラムソラードの身体を抱きかかえた。

その人物は女性のように見えたが姿が淡く、うまく認識できない。


「…どちら様でしょうか」

「悪いですが彼女を殺されるわけにはまだいかないのです」


「こちらはこのまま逃げられるわけにはいかないのですが?」

「無駄な力を使うつもりはありません。如何せんまだ不安定なもので。なので見逃してはくれませんか」


「お断りします」

「そうですか、では仕方がありません」


クチナシの右腕が突然落ちた。

何が起こったのかわからなかったクチナシは自らの落ちた腕に視線を向けると鋭利な何かで切断されたような跡を見つけた。

そして謎の女性に視線を戻すとクラムソラードを抱えていない手に一本の剣…いや刀を握っていた。


「…」

「なるほど。あなたはそういう感じですか。ではどちらにしろここで倒しきるのは無理ですね。あなたも私に勝てるとは思えないでしょう?」


「ええ」

「では本日は引き分けとしましょう。あなたは龍という種を実質絶滅に追い込むことができた。私はまだ利用価値があるこの娘を回収することができた…それで手打ちです」


クチナシはこのまま戦っても万に一つも勝ち目はないと思い、撤退することを選んだ。

ここで無駄な戦闘をするよりは情報をリリたちに持ち帰るべきだと判断したためだ。

気が付くと謎の女とクラムソラードの姿は消えており、クチナシもすぐに闇に溶けるように魔王城に戻るのだった。

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