第135話 魔王様革命

「まーおーちゃん!…じゃなくて魔王様。全部終わった、終わりましたよ~」

「そう、ありがとう」


魔族たちの背後から現れたのは恐ろしいほどに美しい少女…いや少女の形をした人形だった。


「パペット…?なぜこんなところに…」

「あれは…!?」


さらに困惑を深める魔族の中で唯一今この瞬間、魔王に傅いている者たちは恐怖にその身を振るわせた。

旧ガグレール領の魔族たち…それはつまりその人形、リリの恐怖を嫌というほど理解させられた者たちなのだから。


「じゃあリリ…とりあえず一部でいいからこの場で見せてくれないかな」

「およ?ここでいいの…いいのですか?」


「いいよ」

「あいあ~い」


そんな気の抜けた返事を返すと共にリリの両隣から闇が少しだけ広がった。

そしてそこから人形の部品のようなものがぼとぼとと落ちてくる。

何本もの腕に何本もの足…そして苦痛に歪んだ顔。人形のパーツのように見えたそれは…ばらばらにされた魔族の身体だった。

それを見た先ほど魔王により名指しされた魔族たちが悲鳴をあげた。


「うわぁあああああああ!?そんな!俺の妻が…息子が!?」

「父上!母に妹まで…!嘘だぁああああ!!」


それは紛れもない彼らの親族たちで…無残に切り取られた顔からどれだけの恐怖を与えられて殺されたのか想像のしようもないほどだった。


「まだまだあるよ~」


気の抜けた、それでいて美しく透き通るような声でそう言ったリリが闇の中からさらにぼとぼととバラバラになった魔族の身体を吐き出させていく。


「あ、ああああああああ!!」

「そんな…そんなぁ!?」


さらに追加された死体にも魔族たちは見覚えがあり、紛れもなく自らの領民達だった。

悲鳴にも似た叫びは広間中に伝染していき瞬く間にパニックを引き起こした。

そんな中でも旧ガグレール領の魔族たちは異常なほど身体を震えさせながらもひたすら魔王に対して礼をし続けている。


「うるさいなぁ、静まれよ」


魔王が玉座に座ったままで思いっきり足元を踏み抜いた。

広間全体に地震が起こったかのような揺れが広がり、魔族たちは動きを止めて魔王にその視線を向ける。


「そんなに驚くこともないだろう?私はちゃんと領民皆殺しだと言ったじゃないか」

「そ、そんな!?こんなのありえない!横暴だ!」

「そうです…こんなこと許されない!」


「誰が私を許さないんだい?横暴?私は魔王だよ?横暴も何もあるはずがないじゃないか…それに望んだのは君たち自身だろう?」

「何を…」


「何度も言わせるなよ。君たちがずっとずっと私に言ってきた事じゃないか。弱い魔王はいらない、相応しくないって。だから君たちの望む強い魔王になってあげようとしているのにまだ不満があるのか?」


絶対に違う、間違っている…そうは思うのに魔族たちは何も反論できなかった。

実際に魔王になんの力もないのをいいことに魔王という存在を便利な雑用係のように扱い、影で日向で軽んじて暴言を吐いていたのは間違いなく自分たちなのだから。


「さて…アルニーゼ領並びにユルセリウ領はこれできれいさっぱりなくなったわけだ。どうせ領地ぐるみで他の領地に振り分けられていた資金を横領したり私の名を勝手に使い好き勝手やっていたところだ、消えたところで何も問題はなかっただろう?では最後に残ったこの場にいる領主たちは後程極刑にするとして…そうだね今までそこに割り当てられていた予算や資源の全ては今この場で唯一私に忠節を尽くしてくれている旧ガグレール領の物としよう」

「ありがたき幸せにございます…!」


その宣言を認められないのは他の領主たちだった。

それでは旧ガグレール領が力を持ちすぎてしまいバランスが崩れてしまう…そんな面白くない事態を許すわけにはいかないと「今まで」の様に領主たちは口々に魔王に意見してしまった。

魔界を統べる王に対して礼儀も何もないその振る舞いがもはや当たり前の癖のようなものになってしまっていることに彼らは気づけない。

そしてそれが自らを追い詰める引き金となる。


「今私に意見した者全てに極刑を言い渡す。その領民も同じく皆殺しだ…ああそれと騒ぎに乗じてこの場を去ろうとしているそこの者たち。お前らにも同様の刑を言い渡す」


そう宣言されて初めて魔族たちは自身の振る舞いに後悔の念を覚えた。

口々に言い訳の様に謝罪を述べても魔王の冷めたような視線は揺らぐこともなく、発言した者は順番に謎の力によって全身を潰され命を奪われた。

もはや魔族たちは呆然と立ち尽くすしかなかった。


「マオちゃ…魔王様どうする…します?もう何人か見せしめにする?」

「そうだね、ここまでやって未だに私に礼を尽くそうとする者たちが旧ガグレール領の皆しかいないのはそれだけ私が馬鹿にされてるって事だろうしね…私が本気だってもう少し教えてあげないといけないみたい」


いつの間にか玉座横にまで移動していたリリが玉座にもたれかかるように魔王に寄り添う。

その姿と発言を受けてようやく魔族たちは膝を折り、頭を下げる。


「うんうん、皆ありがとう。ようやく私はお前たちが望む魔王になれている気がするよ。あぁもちろん今頭を下げてるからって先ほど刑を言い渡した者たちの処遇は変わらないから安心して。それから今日だけの虚勢と言われないように私も努力していくよ。今までの甘く温いやり方は全部やめ。これからはどんどん戦争しよう、もう臆病風に吹かれた軟弱ものとは言われたくないからね。さっそく数日後に人間たちに戦争を仕掛けるよ、各領で徴兵しておいてね…あ、絶対に親族を1名以上前線に送ることが条件だ。それとこれまでの様に平等に富を分けることもしない。どれだけ私に、この魔界に貢献しているかを私が判断して分配させてもらうよ」

「ふ、ふざけるな魔王!!おい入って来い護衛達!魔王の首を取るのだ!」


そんな声に従って武装した魔族たちが広間に入ってくる。


「魔王様、あまりの横暴…目に余ります!この場で拘束させていただく」

「ふーん…よく見たら治安部隊も混じっているね?以前は私に無礼を働いた魔族たちの事を取り締まりもしなかったのにこういう時は喜々として私に刃を向けるんだね」


「…それとこれとは話が違います!」

「そっか、そうだね」


魔王が少しだけ悲し気に笑った。


「良く分かったよ…私がどれだけ馬鹿にされてきたのか…刑を言い渡されていない皆よく聞いてくれ。今この場で判断しろ。私に服従するか、それとも反乱を起こすか…」


魔王の言葉に旧ガグレール領の魔族は一切姿勢を崩さない。

そしてさらに数人の魔族がそのまま礼を続けた。その者たちはキレ者として知られている者たちでこの状況で最適な行動を選択できた。

しかしどうしようもない者たちもいる…今まで魔王を下に見て嘲り笑っていた者たちはもはやどうしても魔王を力のない小娘としか見れないのだ。


「そう…良く分かったよ。じゃあ今立っている君たちはただ殺すだけじゃもったいないから地位をはく奪の上で戦場送りにしよう。それとも肉体労働を無休でやってもらおうかな」

「戯言もそれまでにしろ!さぁ者どもやってしまえ!」


武装した魔族たちが魔王に襲い掛かるが…結果はもはや言うまでもなく。

リリと魔王によって魔族が物言わぬ肉塊になるまで数秒もかからなかった。


「はい、じゃあそういうわけでね。今言ったことは全部実行するから…ね?治安長?」

「は、はい!!」


一人生かされた治安部隊の隊長が下半身から生ぬるい水を垂れ流しながら礼をすると新たに部下を呼び出し、反乱の意志を示した魔族たちを連れて行った。


「んで残ったお前たちだけど…とりあえずお前たちの境遇は変えるつもりはない。でも行動次第ではわかるよね?」

「我らは魔王様に忠誠を誓うものです!!」

「どうかご慈悲を!」


それでその場はようやく解散となった。


――――――――


リリを先に子供たちの元に帰した後、魔王は一人玉座に座っていた。

そこに一人着物を着崩したような恰好をした人物、アルギナが現れた。


「アル」

「やぁアルギナ」


「お前…本気か?」

「もちろん」


「考え直せ!お前は先代魔王の事をあれほど嫌っていたじゃないか!」

「そうだね。でも今は少し気持ちが理解できるよ」


自嘲気味に魔王は笑い、アルギナはそんな彼女を睨みつけた。


「お前はおかしくなっている。確かに今まで魔族のお前に対する言動は酷いものだった!だがそれでも皆の幸せのためにと頑張ってきたじゃないか!」

「あははは!そうだね…でも今はさ、皆より幸せにしないといけない人たちがいるからさ」


「アル…お前…」

「ねぇアルギナ。あなたは私が何も知らないと思ってるの?」


「なに…?」

「この前の誘拐事件…全部あなたが仕組んだことだよね」


アルギナの表情が固まった。


「何を言っている?」

「別に認めなくてもいいよ。私は確信してるから…誘拐だけじゃなくて今までの事…私の扱いが悪くなっていった事とかそもそも魔王に選ばれたこと自体全部あなたが仕組んだことだよね」


「なんの証拠があってそんなことを言っている?」

「ないよ。ただ確信してるだけ」


「話にならないな」

「そうだね。だからさよならだよ」


魔王から放たれた赤いオーラがアルギナの身体を真っ二つに切り裂いた。


「なっ…!?」

「今まで育ててくれてありがとう。あなたが何を企んでいるのかは知らないけれど私たちの幸せを壊そうとするからもうお別れ」


べちゃっとアルギナの二つに分かれた体が地面に落ちた。


「あ…る…」

「私…アルソフィアって名前がずっとずっと大嫌いだったよ。あなたの事も…アルギナはずっと私を見ていない。何かずっといろんなものを自分勝手に利用して何かをしようとしていた。それが不気味で…ずっと怖かった。だけど私の家族を奪われるわけにはいかないから」


魔王は玉座から立ち上がると広間を後にした。

そこには瞳から光を失ったアルギナの死体が残っていた。


「…なるほど、こうなってしまいましたか」


誰もいないはずの広間に美しく澄んだ声が流れた。

するとアルギナの死体は光の粒子になって空気に溶けるように消えていく。


「目覚めるにはだいぶ早いですが…まぁいいでしょう。ああ…相変わらず世界は気持ちの悪い…人がうじゃうじゃしてるのですね」


それを最後に広間に流れる声は消え、静寂に包まれた。

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