第138話 帝国崩壊
「なんだ…なんだこれは!!!」
フォスが燃え上がる自分の国をみてそう叫んだ。
事の始まりは今から数十分ほど前…突如として帝国の各地に翼の生えた人型の石像のようなものが数十体ほど現れ暴れだしたのだ。
フォスに連絡が入り、すぐに帝国騎士団を動かして対処にあたらせたが石像は一体一体がかなりの戦闘力を誇り騎士達が石像一体に対し十人がかりでないと相手にもならないほどだった。
それゆえに帝国全土には手が回らず瞬く間に帝国は瓦礫の山に変えられていく。
「あれは…まさか天使…?」
「何か知っているのか!?いや…そういえば以前リリとお前が話していたな」
アルスとリリが初めて出会ったときに交戦したと言っていた神が二人いても苦戦をした相手…そんなものがこんな数帝国に攻めてきたというのか!?とフォスは焦っていた。
「ええ…しかしどうして急に…」
「理由を考えるのは後だ!今はなんとかこの状況を収めねば…!」
「――その必要はないですよ」
フォスとアルスの前に「何か」が現れた。
全体的に身体の輪郭が淡く、全貌をボヤっとしか認識できない。
それにも関わらず何故か異常なほど美しい女性となぜか思える。とにかく何もかもが不思議な存在だった。
「何者だ…」
「何者でしょうね私は」
「ふざけているのか?」
「かもしれませんね。あ、もしかして私の姿見えていませんか?」
淡い女性はおそらく顔の部分を手で撫でるように触れた。
すると霧が晴れるように…ガラスの曇りを拭い去るようにその姿が鮮明に映る。
恐ろしいほどの、いや異常なほどの美しさを持つ女性だった。
陰り一つないきめ細かな肌に、寸分の狂いもなく美しく見えるように配置された顔のパーツ、地につきそうなほど長い髪は白髪のように見えるが瞬きする間に赤、青、緑、金、銀とあらゆる色に変わっているように見える。
普通じゃない。それがフォスとアルスの見解で…そしてさらに二人は思い出した。
この人物に見覚えがあると。
それは以前「始まりの樹の枝」に触れた時…そこに宿っていた枝の意志により見せられた映像に映っていた人物だ。
つまりそれは…。
「まさか…原初の神…?」
「ああ…そういえばそんな名前で呼ばれていましたね私は」
アルスの絞り出したような呟きに異様な女性…原初の神は興味なさげに答えた。
「…アルス逃げろ」
「え…?」
「この状況でまさか茶を飲みに来たわけじゃないだろう…お前が居ても足手まといだから逃げろ」
「そんな!出来るわけないじゃないですか!行くのならフォス様も一緒に…!」
「命令だ逃げろ」
「…っ!フォス様!!」
アルスの意志に逆らい、隷属の呪いによってアルスの身体はフォスから離れていく。
車椅子の車輪が回る音が無情に鳴り響く。
「別に逃がさなくてもよかったのに。悪魔なんて正直どうでもいいので」
「まるで我はどうでもよくないといった口ぶりだな」
「あなたにはこの気持ちの悪い国ごと死んでもらうつもりなので」
「我の国を気持ち悪いとのたまうか」
「ええ。あなたも含め世界に腐臭をまき散らすだけの人間が、正義だなんだと言いながら集まる実に気持ちの悪い不快な国です」
「…」
そんなものよりもこっちのほうがよっぽど気味が悪いとフォスは思った。
淡々と、まるで感情を感じさせないような平坦な声で、それでいて確かに憎悪を滲ませているかのような瞳をしながら話す原初の神は全てがちぐはぐで、何も理解できなくて、それはただただ恐怖だった。
「あの趣味の悪い石像も貴様の仕業か」
「そうですよ。あなた達は数が無駄に多いですからね。私も手数を増やさなくてはめんどくさくてかないませんから。さて、状況は理解できましたか?あなたを殺して早く終わらせたいのです」
いつの間にどこから取り出したのかその陶器の様に美しく白い腕には片刃の剣…刀が握られている。
「なぜ我が帝国を突然狙った」
「本当はこんな強硬策に出るつもりはなかったのですが魔界側の事情が変わってしまいましてね。それとあなたがあの人形と関わっているとのちのち面倒な事になりそうなので」
「人形?リリの事か…?」
「いつまでも無駄話をするつもりはないのですよ人間風情と」
フォスの眼前にいつの間にか原初の神が移動してきていた。
いつ動いたのか、どうやって移動したのかフォスには何も見えなかった。
だが目の前で今にも刀が振り下ろされそうになっている状況で動けないフォスではない。
「くっ!【惟神】!」
フォスの手に一本の光の剣が現れる。
そのタイミングで原初の神がもつ刀が振り下ろされ剣と激突する。
「ちぃ!やっぱり壊れないか!こんなんばっかだな最近!」
フォスの対象に絶対に有効打を与える能力を持つ惟神をしてその刀は破壊することはできず、その事実はフォスを苛立たせたが原初の神はそんな感情は知らぬとさらなる追撃に出る。
「なっ!?」
今まで刀を持っていなかったはずの原初の神の左手にいつの間にか刀が握られており、下から切り上げるようにフォスを斬りつける。
それをとっさに一歩引いて難を逃れたフォスはもしかしたら勝てるかもしれないと希望を持ち始めていた。
(こいつ…その不気味さに反して動きは素人だ…最初の一撃も接近してくる動きが見えなかっただけで武器を振る動きが簡単に読めた。さっきの一撃もまるで子供のお遊びだ)
ありとあらゆる武術を身に着けているフォスだからこそ明らかになる原初の神の弱点。それが付け入る隙だとフォスは光の刃を振るった。
心臓部を一突きにと突き出した刃は…上から振り下ろされた刀に弾かれた。
「馬鹿な!?」
先ほど右腕の刀はフォスが後ろに下がった段階で地面に叩きつけられるように下に向けられていて、左腕の刀は切り上げたままの位置にあったはずだ。その態勢で間に合うはずがなかったがなぜか原初の神の左腕は刀を持ったまま振り下ろされ、フォスの攻撃を防いでいた。
それと同時にフォスの真横の地面に一本の刀が突き刺さった。
「まさか振り上げた刀をそのまま投げて別の刀に持ち替えたと…?」
なぜそんな意味の分からない真似をする?と考えたかったがそんな時間を原初の神は与えてはくれなかった。
フォスの剣を弾いた後、今度は右腕の刀が横なぎにされ、それを剣で受け止めたが刀と剣がぶつかった瞬間に原初の神は刀を手放し、上に振り上げた手には新しい刀が握られていてそれを振り下ろす。
それをかわすとまた別角度から刀が襲い掛かってきて、受け止めるとすぐさま新たな刀に持ち替えまた斬りかかってくる。
反撃をしようとすればちょうどその位置に手放した刀が落ちてきて地面に突き刺さり邪魔をする。
永遠に終わらない一方的な刀の舞…たまらずフォスは足に力を入れて後退し距離を離した。
「化け物め…っ!?」
正面から異常な速さでフォスの顔に何かが飛んできたのを剣で弾く。
それは短刀だった。
そして短刀に気を取られている間にまたもや眼前に原初の神は出現しており、再び舞が始まる。
「ぐぅ…!!!我を舐めるなぁ!!」
フォスは惟神に力を込め、全力で薙ぎ払った。
あまりの勢いに原初の神の握っていた刀は両腕から弾かれ、体勢もくずしてしまい大きな隙を見せた。
「この一撃でしまいだ!」
現在のフォスが持てる最速にして最大の一撃…光の剣による光速の一閃。
それを原初の神はふわりと飛び上がることで躱した。
「しまいなのはあなたのほうです」
「は…?」
フォスにはその光景がスローモーションに見えた。
飛び上がった原初の神は空中でまるで何かを蹴ろうとしているような体勢になっており、そしてその足に吸い込まれるように「何か」が落ちてくる。
それは…さきほどフォス自身が弾き飛ばした短刀だった。
先ほどとは逆…剣を振るった事で無防備な隙を晒してしまったフォスの肩に原初の神が蹴り飛ばした短刀が突き刺さった。
「ぐぁっ!!」
地面に降り立った原初の神は先ほど弾かれ、地面に突き刺さった刀を瞬時に引き抜き…フォスを切り裂いた。
真っ赤な血が刀の軌跡をなぞるように吹き出し、フォスは崩れ落ちるように倒れた。
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