第132話 魔王少女の怒り

「うぐぁ…うぁああああ!!!」


身体が熱い。

胸が苦しい。

何かが自分の中で暴れまわっているような感覚がする。

今にも全身がバラバラになってはじけ飛びそうだ。


「な、なんだ?おい…急に何の真似だよ」

「なんだ?おい何をしたんだ!ここで魔王に死なれるわけにはいかないんだぞ!」


「何もしてねぇよ!急に苦しみだしたんだ!」


周りが騒がしいけれどそれを気にしている余裕がないほどに苦しい。

もうダメだ耐えられない…!


「まぁま…まぁま」


そんな声が喧騒に包まれたなかで不思議なほど鮮明に聞こえてくる。

それが誰の声なのかは考えるまでもなくわかる…私の大切な愛娘。私と大切なあの人を繋いでくれる家族。

もしかして私の事を呼んでくれてるの?


「ふえええええええん!ふぇええええん!」


もう一つ聞こえてくるのは手のかかるもう一人の愛しい娘…泣かないで大丈夫だから。


「ちっ!うるせえガキどもだ!静かにしろ!」


視界の先で娘たちに向かって拳を振り上げる男の姿が見えた。

待ってふざけるな。その子たちは何もしてないじゃないか…私が気に入らないだけならまだいい…だけど娘たちにまで手を出すのなら…もう私は絶対にお前たちを…


「お前たちを許さない…!」


その瞬間、私の中で暴れていた何かが大人しくなった。いや、まるで私の身体にぴったりとハマるように落ち着いた。

そしてまるで私の身体が私の身体じゃ無いような凄まじい力が湧き上がってくる…違うこれは「本来私が持っていたはずの力」なんだと何故か理解できた。

何が何だか意味が分からない…だけど今はそんなことどうでもいい。


「私の子供たちに触るなぁあああああああ!!」


力を込めると私を拘束していた鎖のようなものはあっさりと砕けた。


「な、なんだ!?」

「鎖が劣化していたのか!?ちっ!おい魔王を抑えろ!」


魔族たちが私に手を伸ばしながら迫ってくる。


「邪魔をするなぁあ!!」


無我夢中で魔族たちを追い払おうと私は手を振り回した…本当にそれだけだったはずなのに私に迫っていた魔族たちの身体はまるで溶けかけたバターのような柔らかさで私の腕はその身体をいとも簡単に引き裂いた。

周りにいる魔族たちは何が起こっているのか分からないという表情をしていたけれど私も分からない。

いつの間にか私の身体はうっすらと赤いオーラのようなものに覆われていて自分の身体に何かおかしなことが起こっているという事しかわからなかった。

でも今は何でもいい。理由のわからない力だとしても今はそれに頼らせてもらう。


「子供たちを返せ!!」

「な、何をやっている!早く魔王を捉えろ!」

「いやでもさっきあいつらが切り裂かれて…!」

「何かの間違いだ!あれはなんの力もないお飾りの魔王だ!」


次々と私を捕まえようと魔族たちが襲い掛かってくる。

あぁ気持ち悪い…なんて醜悪…なんて汚らわしい。こんな奴らのために何もかもを捨てて全てを諦めて頑張っていたのかと思うともう笑いが出てくる。

もういいよ。


「君たちみんな死んでしまえよ」


私は戦い方なんて知らない。

何をどうすれば効率がいいのか、敵のどこを見ればいいのか、どこを狙うのがいいのか、身体はどうやって動かすべきなのか…何もわからない。

だからただ一番近くにいるやつに向かって腕を突き出す、人がいそうな場所に向かって腕を振る…それだけしかできない。

でもそれが今の私には最適だったようで面白いように魔族たちは何の抵抗もなく私の腕によってつぶれていく。

すごい…圧倒的だ!今までさんざん力がない、最弱で恥さらしの魔王などと言われてきたがついに私は力を手に入れたんだ!

そう自覚した私の心を満たしていたのは…虚しさだった。

圧倒的な力…それをこうして振るってみてはいるけれど楽しいだとか、優越感とか何も感じなくて…ひたすら虚しくて同時に早く終わらせて娘たちを助け出さないととそれしか考えられなかった。


「邪魔邪魔邪魔…じゃま!!」


どれくらいそうやって暴れていただろうか。気が付くとたくさんの魔族の…いや魔族だった肉片と中心に立つ私というありえない構図が出来上がっていた。


「…お、おとなしくしろ!」


裏返った情けない叫び声がしてそちらを振り向く。

すると先ほどまで私に話しかけていた男がリフィルとアマリリスにナイフをつきつけていた。


「その子を離して」

「うるせぇ!無茶苦茶しやがって!この化け物が!」


「…私を力がない魔王って嘲笑ってたくせに今度は化け物って言うの?いったい私に何を望んでいるのさ」

「黙れ!もう何もかも台無しだ!でもただじゃ終わらねえぞ!お前から何もかもを奪ってやるんだ!俺から奪ったお前からなぁ!」


そこで私は思い出した。

そういえば昔…私が魔王に選ばれた時になにやら騒いでいた人物がいた事を。

直接面識はないけれど確か先代魔王の遠縁にあたる男が「なぜ俺様が魔王じゃないんだ!」と叫んでいたとかアルギナに聞いた気がする。


「なんだ…逆恨みじゃない」

「俺様を馬鹿にするなぁ!」


男がナイフを振り上げた。

それを止めようとした時、男の身体が急に上空に跳ね上がった。

それと同時に娘たちも投げ出されたけれど何とかキャッチすることができた。


「大丈夫だった二人とも!?」

「あぶあぶ」

「ふぇええええ!」


いまいち緊張感がないリフィルとある意味いつも通り大泣きしているアマリリス。

とりあえずは大きな怪我などは無いようで安心した。


「愚かな男だ。子供に手を出すことは許さぬと言っていたのに」


高い場所から声がしてそちらを見ると崖の上に紫色の龍がいた。

そして男はその足元で尻もちをついた無様な恰好で座り込んでいる。


「ち、ちがっ…!俺様はただ!」

「言い訳は無用、愚かで矮小なる卑しい魔族よその声を今すぐ鎮めよ」


そう言って龍が男の上半身を咥え込み、噛みちぎった。


「…」

「安心しろ娘よ。私はお前に手出しはしない…見届けるものは見届けたし速やかに去るとしよう」


龍がその翼を羽ばたかせて空に消えた。

どうやらこの件には龍が関わっていたらしい…何のために?その理由は一つだ。

誰かに頼まれた…そして魔族で龍と関りがある人物なんて一人しかいない。

どうやら本当にいろいろと考えないといけないらしい。


「うーうー」

「ふぇっ…ひっく」


…今はそれより腕の中の二人を安全な場所に連れて帰らないとね。

そこで私は自分の両腕が血で汚れていることに気が付いた。


「あ…」


こんな腕で娘たちを抱いていることに酷い罪悪感に苛まれた。

娘たちを離さないと…でも今このぬくもりが腕から離れていくのが怖い…私は…。


「まぁま」

「ひくっ…まぁま…」


娘たちがまるで離さないでと言わんばかりに私の胸元にしがみついた。

いつの間にか私は泣いていた。


「マオちゃん!そこにいるの!?」

「…リリ…?」


聞こえてきたのは私の世界で一番大好きな人の声。

ひょっこりと崖から顔をのぞかせたリリを見て今度は声を上げて泣いてしまった。

やっぱり私はこんなに弱くて…惨めでちっぽけで…それでも私はもう踏み出さないといけないから…その時リリはまだ私を好きでいてくれるのか…不安で不安で仕方がなかった。

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