第127話 魔王少女は守りたい

 私が連れてこられた場所は見覚えがあった。

先代の魔王が「罪人」を処刑するときに使っていた場所…その跡地だ。

そこで両腕を後ろで縛られた私は無造作に転がされ、周りではそれぞれ武器を持った魔族たちがニヤニヤとした目で私を見ている。

魔王城からかなり距離が離れているけれど一瞬でどうやってここまで…?


「…何が目的?」


とにかく情報が欲しくて声をかけると魔族たちの間からリーダー格と思われる魔族が現れる。


「よう魔王様。俺を覚えているか?」

「…?」


私と既知の中のようなことを言っているが私の記憶に目の前にいる男の顔はなくて…どう返答したものかと考えてしまう。


「覚えてねえか、まぁそうだよなぁ!」

「うぐっ…!」


私のお腹に男のつま先がめり込んだ。

痛みと衝撃が私を襲い、呼吸が止まる。それを見て男と周りの魔族たちは声をあげて笑った。


「けっ!相変わらず弱っちぃなあお前はよぉ!そんななりでよく魔王なんて恥ずかしげもなく名乗れたもんだ!なぁお前ら!」

「違いない!」

「そうだそうだ!」

「ぎゃははははは!!」


どうやらよくいる私が魔王であることに不満を持つ人たちみたいだけれど…相変わらずと言った男が本当に誰だかわからない。

でも今はそんな事より私には気にしなくてはいけないことがある。


「…私の娘たちはどこ」

「ああ?勿論いるぜ、おい!」


男が声をかけると周りの魔族の一人がその両手で首元を無造作に掴んだ状態でリフィルとアマリリスを連れてきた。


「リフィル!アマリリス!」

「あぶあぶ」

「ふぇええええええええん!!」


まだ首も座ったばかりだというのに乱暴に掴み上げられた二人を見て悲鳴に近い叫び声をあげてしまった私にリフィルは両手両足をパタパタと振って反応し、アマリリスは大声を上げて泣いていた。


「うるせぇガキだなぁ…なぁ魔王様。二人もいるんだし一人くらいいなくなったほうが楽だろ?」

「なにを言って…」


男がナイフを取り出し、泣きじゃくるアマリリスにつきつけた。


「やめなさい!何を考えているの!?あなたの狙いは私でしょう!?」

「おいおい、お前が今俺様に意見できる立場かよ?こりゃあお仕置き決定だな」


男はそのままアマリリスにナイフを突き刺して…という寸前でナイフを手放した。


「なーんてな。ガキはなるべく殺すなって言われてんだ、お前の態度次第で助かる見込みはあるぜ?」

「言われてる…?」


どうやらさらに後ろに糸を引いている誰かがいるようだ。


「詮索は無しだ魔王様。とりあえず娘に無事でいて欲しいのならいい子ちゃんでいることだなぁ」

「…私になにをさせたいの」


「魔王の座を俺様に渡せ」

「それを私に言ってもしょうがないわ。知ってるでしょう?魔王を任命しているのはアルギナよ」


「だからそこに話を通すのがお前の役目だろって!」


再び腹を蹴り上げられた。

なんで私がこんな目に合わないといけないのか…どうして私ばかりこんな目に合うのか…。

でもいいんだ。こんな時はいつだって私の王子様が助けてくれるのだから。


「あぶぅ」

「ふぇえええええええん!」


耳に届くのは娘たちの声。

違う…なんで私は今リリの事を頼りにしたの…?

捨てられたくない、対等でいたいと思うくせに肝心なところで自分ではなにもせず頼る。

ただでさえ力のない私が…心まで矮小だなんて救いようがないじゃないか。

今…娘たちを守れるのは私しかいないんだ。私がやらないといけないんだ。


「…アルギナに話をつければそれでいいの」

「ああそうだ…だがしかし表向きの魔王はお前のままにしろ」


「…?どういうこと」

「俺様は軟弱なお前とは違う、強い魔界を作る!だが変革には敵がつきものだ。俺様はいずれ魔界…いや世界の全てを支配できる器がある!そんな俺がつまらない事で躓くわけにはいかないからな。そこで今や魔族からの支持がど底辺のお前だ!」


「…」

「お前が魔王でいてくれれば馬鹿な民の不満はお前に向く。子供の命を守りたいのなら言う事きくしかないよなぁ?」


「そんなことうまく行くと思っているの…?アルギナたちもいるんだよ」

「お前やっぱりわかってねえな。アルギナ様もお前の側近たちも何も言いやしないさ。なんせ俺様が直接この手腕を振るうんだぜ?すぐに納得するさ!お前のような何の取り柄もないカスとは違って有能な俺を見ればすぐに誰もが魔界には俺が必要だと理解するはずさ」


「あなたは魔王という地位が欲しいんじゃないの…?」

「ああ欲しいさ!というよりそれはそもそも俺様が手にするはずのものだったんだ!…だからまずはそれを奪ったお前から何もかもを奪う!」


なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。

本当にこの男の言う通りの事が起こるのなら…こんなことをしなくてもすでにそれなりの地位についているだろうに。

私が顔を知らない…もしくは覚えていないという事は地位ある人物ではないという事でもある。

そもそもよしんばアルギナやレザたちが認めたとしても…リリは?

そこでまた私の中でリリも私の事なんか見捨てるかもしれないという後ろ向きな気持ちが湧いてくるけれどいつまでもそんなんじゃだめだ。

きっとリリは最期まで私といてくれるはずだから…だからたぶん彼はリリに殺される。

ならば私が取るべき行動は一つ…このまま頷いて魔王城にこいつを連れて行くこと。

そうすればすぐに全部片が付く…それにこの男に結局そんな器は間違いなくない。

つい先日まで顔を合わせていた帝国の皇帝。

悪魔を統べる神様。

上に立つ人はそれがどういうものであれそれ相応のカリスマが、オーラがあった。

この男から感じるのは下品で愚かな盲信だけ…だから私がとりあえず頷けば勝手に自滅するだろう。

だから、さぁ。


「断るよ」

「なんだと?」


「あなたが誰かは分からないけれど…魔王の器じゃないのだけは確かだよ」

「てめぇ…」


私は死にたくなんてないし危険な目にも合いたくない。

娘も守らないといけないけれど…それでもいつまでもリリにおんぶにだっこじゃ嫌だ。

可愛い子供たちに顔向けできないような情けない母親でありたくないから。


「もちろん私だって自分が魔王に相応しいなんて一度も思ったことは無いよ…だけどあなたと同じようにはなりたくないから。だから断るよ」

「そうかよ!おい!」


男が大振りで手を上げると周りの建物からさらに大勢の魔族が姿を見せる。

そこで私の心はさらに沈んだ。

今度は見覚えのある魔族がたくさんいたからだ…つまりは魔界の重鎮たち。

中には先ほどのパーティに参加していた人も混ざっている。

どいつもこいつも…あぁもうめんどくさい。

何度も言わせないでよ…私が魔王に相応しくないって事は誰よりも私が一番よくわかっている。

それでも私がここまでやってきたのはお前たちがやれと言ってきたからだ。

先代の魔王は独裁者だった。

自分に少しでも歯向かったものは一族みなまとめて惨殺され、何もしていない民も無意味な戦争に駆り出された。

そのくせ自分だけは気の向くまま贅沢に過ごし、恐怖で魔界を支配し魔界を自分の所有物の様に扱っていた。

だから当時のアルギナを含む有志達によって討たれ、その後任として孤児でありどこの有力な家にも属しておらず、大した力もないため独裁政治も行えない私が魔王に選ばれた。


魔界の事を第一に考えてくれ。

魔族の命をまもってくれ。

平和な世を築いてほしい。


そう私に言ったのはお前たちじゃないか。

だからなるべく戦いを避けるようにした。

民の事を第一に考え飢える土地が出ないように考えた。

貴族はしょうがないとしても不平等が起きないように尽力した。

それまでの何もかもを捨てて必死に勉強して…なのにお前たちは私に力がない、魔王に相応しくないと言うようになった。

私のやり方が間違っていたの…?なら正しかったのは、お前たち魔族が望んでいることは…。


「まぁま」


そんなリフィルの声が聞こえた気がして…同時に私の中で何かが砕ける音が聞こえた気がした。

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