第126話 魔王少女は触れさせない

 使用人たちにドレスを着せられ、髪型を整えられながら手元の原稿に目を落とす。

今日は数年に一度開かれる魔族の有力者達を集めての軽いパーティのようなものが開かれる日だ。

そこで現在の状況や今後の方針などを話し合ったりもするのだけど…正直私はこの集まりが苦痛で仕方がない。

だってそうでしょう?今の魔界に私を支持している人なんて数えるくらいしかいない。

この魔王城で働いている人たちと…あとは元ガグレール領の人たちくらいかな?そんな状況で陰口や正面切って暴言を吐かれるために人前に姿を見せなければいけないのを楽しいと思えるはずがない。

こうして手元に原稿があることからわかるように私は演説をしないといけないわけで…今から憂鬱な気持ちが止まらない。


「はぁ…」

「魔王様どうかなさいました?」


「いや…なんでもないよ」


早く終わらせてリリに会いたい。

いっそのこと逃げてしまおうか…きっとリリなら私が逃げたいって言ったら連れ出してくれるような気がする。


「ふぇ…うぇええええん!!」


今まで静かだった部屋の中に大きな鳴き声が聞こえだす。

見なくてもわかる。きっとアマリリスだ。

あの子はとてもよく泣く。もう朝から晩まで泣いている。

リフィルが夜泣き以外ほとんど泣かないから対照的で少し面白いと思ったり思わなかったり。


「わぁ…えっと…どうしましょ」


使用人の一人がアマリリスに手を伸ばしているのが見えた。


「触らないで!」

「え!?」


無意識のうちに大声を出してしまい、使用人を驚かせてしまった。

なぜだか分からないけれど…私はあんまり人に娘を触ってほしくなかった。

勿論リリは別で…あとはメイラやクチナシに皇帝さんとアーちゃんさん…つまりあの場にいた人たちは大丈夫なのだけれどそれ以外の誰かに触れられるのがどうしようもなく嫌なのだ。


「ごめんなさい大声出して。悪いのだけどそのまま連れてきてくれるかな」

「は、はい!」


使用人がリフィルとアマリリスを乗せた押し車を運んできてくれた。

赤ちゃんを移動させやすいようにとリリが出したアイデアで作った「ベビーカー」はとっても便利で重宝していた。

ベビーカーの中で並んで座っている二人…想像通り大泣きしているのはアマリリスで、リフィルはそんなアマリリスの頬をものすごい速さで人差し指でつついている。


「こら、お姉ちゃんなんだからイジメないの」

「あぶぶ?」


やんわりとリフィルの手を下げさせて、泣きじゃくるアマリリスを抱き上げて背中を軽く叩きながら抱きしめる。


「ま、魔王様!せっかくのドレスが汚れてしまいます!」

「うるさい」


あんな暴言を吐かれるために出席するような集まりに着ていく服より娘のほうが大切だ。


「どうしたのアマリリス?お腹すいた?」

「ふぇぇええええん!」


さっきあげたばかりだしお腹がすいているわけではなさそうだ。

どうやら特に理由のない癇癪のようなものみたい…こういうのって読んだ本だと精神的に来るものがあって母親を追い込んでいく原因の一つにもなるらしいけど私は気にならなかった。

というかリフィルが思いのほかいい子なので手のかかるアマリリスは、それはそれでなんだか可愛いのだ。

もちろんリフィルもとっても可愛いよ。

しばらくあやしているといつの間にか寝息をたてて寝てしまったのでそっとベビーカーにもどして中の布団をかけた。

そしてこっちをじっと見ていたリフィルの頭を撫でる。


「んぶぅ」

「リフィルはいい子だね。アマリリスのことちゃんと見ててあげてね」


一段落して姿勢を正すと、慌てて使用人たちが服の乱れを正したり汚れを落としたり香水を振りなおしたり…なんだか娘たちの存在を否定されているようで不快な気持ちになった。

…というか娘ね。

アマリリスの事はどうなるかと思ったけれどいつのまにか自然と普通に娘だと思って面倒を見ている。

意外と何とかなるもんだね。


「終わりました魔王様」

「そう。ありがとう」


「あの…お子様たちはどうなさいますか?」

「ギリギリまでは一緒にいるよ。あとでリリに…レザかべリアに声をかけてリリを呼んでもらって」


「かしこまりました」


使用人たちに出て行ってもらい、一人で時間をつぶす。

いや…一人じゃなくて三人だった。

いつの間にかリフィルも寝てしまったようで二人並んでスヤスヤと眠る娘たちをみて癒された。


しばらくすると使用人が私を呼びに来た。

どんどん気が重くなっていく…しかし行かないわけにはいかない。


「…レザかべリアはまだ?」

「もう向かっているそうですので先に行っててほしいと」


「わかった。だけどリリ以外には触らせちゃだめだよ」

「かしこまりました」


私は使用人の案内の元、会場に向かった。

扉を開き、中に入るとそこは壇上で集まった大勢の魔族たちが私を見上げている。

いつものように不満げに顔を歪めている者、嘲笑うかのように見ている者と様々だ。


「みんな集まってくれてありがとう。今日までやってこれたのはここに居る君たちのおかげだ。ささやかだが宴をぜひ楽しんで行ってほしい」


当たり障りのない挨拶をしてそこから数分演説を行う。

9割の魔族が私の話になど耳を貸さずにこれ見よがしに談笑をしていた。

私に不満があるのはわかる…だがなぜここまで露骨なふうになってしまったのだろうか…やっぱり私に魔王なんて無理だったんだ。

先代の魔王ならこんなことにはならなかった…私は先代の魔王のようにはならないと真逆の政策をし、民のために頑張ってきたつもりだ…そしてそれを望んだのは他ならない魔族たちだったはずなのに。


いろいろと耐えられなくなり演説を終えると同時に部屋を出た。


「はぁ…少し話をしただけなのにとても疲れた…」

「疲れているところ悪いが少し付き合ってもらうぞ」


「!?」


いつの間にか背後に誰かが立っている。

なにか硬い物が背中に押し当てられている感覚があるが何かは分からない。


「騒ぐなよ。娘たちの無事を望むのならな」

「っ!二人をどうしたの!」


「騒ぐなと言っている。今はどうもしていないさ…今はな」

「…目的はなに」


「このまま何も言わずについてこい」

「わかった」


両手を後ろで縛られたかと思うと、視界が暗転して知らない場所に連れてこられた。

周りには武器を手にした魔族たちがいて…どうやら私は拉致されてしまったらしい。

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