第124話 閑話 コウちゃんは胃が痛い
「もう一人増えただと…?」
「はい」
適当に身体を動かしていた時にヌッと現れた白いリリ…クチナシに話があると言われいつものお茶部屋に移動して適当に菓子を摘まみながら話を聞いたところ、子供が一人増えたというわけのわからん報告を受けた。
「何がどうなってそうなったんだ」
「私が拾ってきました」
「似てるのは顔だけにしてくれ、意味の分からん発言まで主人をマネるな貴様」
「努力します」
とりあえずざっと説明を受けたがリリたちは新しく人間の子供を育てることになったらしい。
そこで手が空いているクチナシが何か気を付けることがあるかなどを我に聞きに来たらしいのだが…。
「そんな事を我に聞いてどうする。知らんとしか言えんぞ」
「そうですか」
リリと違い表情がないのでいまいち会話しにくい相手だ…いや、リリはリリでずっとニコニコしてるのでやっぱりやりにくい。
「普通に育てればそれでいいだろうに」
「魔王様の母乳をそのまま与えてもいいのだろうか?と心配しておりました」
「なるほど…」
確かに言われてみれば気になるが…やっぱり知らんとしか言えない。
逆に与えてみてどうなるのか我が聞きたいくらいだが…。
というかそう、今さらっと言ったが魔王だよ魔王。
あの魔族の娘…聞いてみればなんと魔王だったのだ…あいつら本当に何考えてるんだ!ここは魔族とは犬猿の仲といってもいい帝国だぞ!?と叫んでしまったほどだ。
まぁ今はどうでもよくないがどうでもいい…しかし母乳か。
「フォス様が私のを飲んだ時は大丈夫だったので大丈夫ではないですか?」
「飲んだのですか」
車椅子を一人で乗りこなしながら膝にお菓子を乗せたアルスが現れた。
こいつ出てくるなり何言いだしてんだよ。
「ええ、直接ちゅうちゅうと吸ってらして大変お可愛らしかったです」
「やかましい、張り倒すぞボケこら」
「あっは!楽しみにしておきますね」
言い訳をさせて欲しいのだがそういう行為中に目の前にあるバカでかい乳から何か滲みだしてたら吸ってみたくなるだろう?
「仲がよろしいようで」
「良くないわ」
断じて我とアルスは仲がいいとかいう関係ではない。
正直いつも頭も胃も痛い…。基本はいつも命令で部屋に閉じ込めているのだがたまに外に出すとすぐさま騎士を誘惑しやがる。
本人にそういうつもりはないのだろうがいかんせん人の欲を刺激する悪魔の神だ。
普通の人間は会話するだけで取り込まれてしまう文字通り魔性の女で、見かけるたびにお灸を添えているのだが喜ばせるだけで…仕方がないので一回逆に何もしないという選択をしたのだが…「あっは!…あえて放置…それも気持ちがいいですね…っ!」とか言い出すので無敵かこいつ?と思ってかなり持て余している。
「しかし我と普通の赤子では比較にできんだろう。それに母体も魔族と悪魔で違うしな」
「今のところ問題ないようなのですが…」
なら問題ないだろうとは思うけどな。
赤子ならなおさら身体に悪いのならすぐに影響が出るだろう…というか人間だとすればそれより気になることがあるのだがそこは大丈夫なのだろうか?
「なぁ、人間の赤子と言うのはメイラは大丈夫なのか?」
「あ」
おい、今「あ」って言ったか?言ったよなおい。
身体に悪い食べ物うんぬんの前に捕食者がいるじゃねえかよ。
「気づいてなかったとは言わないだろうな?」
「…」
「いや言わなければいいって意味じゃないぞ」
「メイラさんって暴食の系統ではありますがある程度はコントロール出来ているようですし、空腹にならないように気を付ければいいのではないですか?もし不安だというのなら私が直接手を施せば対策できると思いますよ」
アルスの言葉だがそれはそれで問題がありそうな話だ。
メイラの奴はもう気にしていないと言っていたがアルスと直接出会えばやっぱり怒りが前面に出てくる可能性もあるわけで…絶対にうちでやるのは阻止したい。
そもそもなんで人喰いの化け物が我の城にいるんだよ!なんか麻痺しているが今の状況は絶対におかしいよなぁ。
「そうですか。ではメイラに確認を取りますので、お願いするかもしれません」
「はい、いつでもどうぞ」
「そろそろ私たちも魔王城に帰ることになりそうですので、お願いするならその前になると思います」
「お!ついに帰る気になったのか!」
「はい。魔王様の仕事が溜まってきているうえに執務がそもそも回っていないそうなので」
久しぶりに朗報を聞いた気がする。
我の中の重荷やっと一つ降りる…。
だがしかし、リリの奴は無制限の空間移動が出来るので全く安心できん気もする。
これはもう本当にあいつにどこか家を与えたほうが遥かにマシだと最近気づいたので探している。
「では、私はそろそろ失礼します。ごちそうさまでした」
クチナシが席を立ったが我は引き留めた。
会話に付き合ってやったのはこちらも用があったからなのできっちりと聞いておかなければならない。
「なぁお前、この首の痣はお前の仕業か?」
我の首にある赤い糸が巻き付いたような痣。
リリに聞いた時は知らないと答えたがこいつならどうだ?
「…そうですね。肯定します、それは私がやったものです」
「理由は?」
「私が産まれてからマスターと敵対したマスターに害をなす可能性がある者には刻むようにしているだけです。直接の接触が必要ですので全員にとはいっていませんが」
「我はお前たちに十分に協力的だと思うが?」
少しだけ圧を込めてクチナシを睨んでみたが、何を考えているか分からない無表情のままで効果はないようだ。
「だとしてもです。私はそういうものですから」
「ずっと聞きたかったがお前はいったいなんだ?これを解くつもりがないのなら教えてくれてもいいのではないか?」
「私はマスターが…マスターの「惟神」が作り出した一種の制御システムです」
「制御システムだと?」
答えてくれそうなので聞けるところまで聞いてみることにする。
いつか何かの役に立つ可能性があるからな。情報とはそういう物だ。
「ご存じだと思いますが惟神は神になったという証です。その力は本人がそれまで世界に示した己の力を神の領域まで引き上げた物になるわけですが…知っての通りマスターはイレギュラーな存在です。産まれたその時から自覚がないだけで神性を持っていましたからね。そして命の危機に陥ったマスターは「惟神」を発現させましたがそれまでに積み重ねた物がないマスターは惟神をうまく使えない可能性があった。そこでマスターの力の根源…「枝」は私という「惟神を制御、統括するシステム」を生み出したのです。伝わりましたか?」
「なんとなくはな…一つ疑問なのだがもしお前が死んだらリリは惟神が使えなくなるのか?」
「いいえ、私はあくまでマスターの力の管理を任されているだけですので。少し前に私がいないことでマスターの戦闘力が落ちるという迷惑をおかけしてしまいましたが…その時は私がそばに居なかっただけですし、むしろ私が死ねば…まぁあまり関係のない話ですね」
「そうか」
まだ何かを隠していそうな感じだが…これ以上聞き出すのは無理か。
リリに迂闊に手を出したことでとんでもない事になったのは見ての通りなので出来るだけ触れずに過ごしたいという気持ちは変わらないのでな。
「では今度こそこれで」
「ああ、引き留めて悪かったな」
闇に消えていったクチナシを見送って一息つく。
「はぁ…問題が多過ぎてどうしたらいいのか…」
「大変ですねフォス様」
「問題の一つが他人事のように言うんじゃねえ!あ~!腹立つ!こいこの野郎!」
「ああん!」
アルスの首に繋がれている鎖を引っ張り車椅子から引きずり落とす。
結構痛いはずだが当の本人はこうすると頬を赤らめて笑っているので我も気にせずこうするようにしている。
「オラ!今日は寝れると思うなよ!」
「あっはぁ…素敵ですぅ…」
思うのだがこれ我もいいように使われてないか?
いや足まで切らせておいてそんな言い分もないか…とは思うのだがどうもアルスの思惑通りに全て進んでいるような気がしてならない。
胃が痛い…こんな時は快楽と熱で全てを忘れてしまうに限る。
リリたちが帰って数日。
目下アルスのこと以外は平和に日々が流れていたところジラウドが血相を変えて我の元まで走ってきた。
「陛下!!」
「なんだ、うるさいぞ」
「り…龍が…」
「あ?」
「龍が群れをなして我らの敷地に…!!」
「…はぁ?」
どうやら我の胃はもうどうにもならないらしかった。
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