第119話 クチナシ人形の縁結び
話は数時間前に遡る。
日付も変わろうとしている闇の落ちる夜。
一際目立つ大きな屋敷を見上げる白い影があった。
それは闇に包まれた時間においてくっきりと浮かび上がる美しい白であり、闇の中で浮いているようでありながら何よりも溶け込んでいるようにも見える不思議な存在感を放っている。
その白の正体はクチナシ…今日この時をずっと待ち望んでいた人形が一歩一歩屋敷に向かって歩いて行く。
――「枝」の力に接続 承認確認 展開開始
あなたに焦がれて三千夜 流れに流れて逢魔ヶ時
出会えたあなたは夢を見る亡骸
出会った私は物言わぬ創作物
だからこそ出会えた奇跡に祝福を 終わる運命に涙を
悲しくても結ばれた縁に祝福を
断ち切れぬ運命の糸に繋がれた幕が開く
「惟神」
一陣の風が駆け抜け、美しい白髪が風になびく。
その下から覗く瞳に込められた感情は誰にも読み取れはしなくて…。
「万象傀儡遊戯 魂滅・アナタ呪イノ縁結ビ」
罪を犯した屋敷の主たち…そしてその罪を清算するときが来た。
裁きを降すのは一体の人形の形をした神…その現身…今日この日、この場所で行われるのは縁がつないだ呪いの宴だった。
――――――――
その少女は薬品のようなものを混ぜ合わせながら書類を眺めていた。
まだ幼さの残る可憐な少女…ベルローズ・バルアロスは笑いをこらえきらないと言った様子で上機嫌にその口元を歪ませていた。
「一時はどうなることかと思ったけれど無事にサンダーグリフォンの素材が手に入ってよかったですわ。まさかお父様が国の研究室から盗んでくるとは思いませんでしたけれど直に私の物になる場所ですし問題はないですわよね。この研究がうまく行けばもはや国でさえ私たちを止められない…なんならこれを使って王様を殺せば…ふふっお父様もお母様も喜んでくださいますわね」
無事に完成した瓶に入った紫色の液体を満足そうに眺めていたところ部屋の扉を開いて何者かが入ってきた。
「ちょっと、ノックもなしに私の部屋に入ってくるとはどういうつもりですの?」
ベルローズが振り向くとそこに見たことがない人物がいた。
真っ白い髪にフリルのついた白いドレス…まるで人形のように美しいその姿にベルローズが抱いた最初の感情は怒りだった。
勝手に部屋に入られたのもあるが、何よりその美しさに嫉妬し怒りを覚えた。
「あなた誰?新しい使用人かしら?ここを私の部屋だと知って入ってきたの?」
「…」
「どうして何も言わないのかしら?誰だか分からないけれどいいわ、不敬罪って知ってるかしら?今から私の実験に付き合ってくれたら許して差し上げてよ」
返答も聞かずにベルローズは瓶の中身を少しだけ地面に落とした。
粘り気のある液体は地面に落ちると楕円のドーム状に溜まり、ひとりでに動いていく。
液体の通った跡が水分で濡れて、やがて陣のようなものを描くとどす黒く輝きだした。
「くすくす…どう?苦しいかしら?凄いでしょうこれ。いろいろ条件はあるけれど遠隔でほとんど痕跡も残さずに対象を呪える凄い発明なの!ねぇねぇどんな感じかしら!」
楽しそうに笑うベルローズだが白い人物…言わずもがなクチナシは無表情でじっとその顔を見つめているだけだった。
「あ、あら…?もしかして失敗…?嘘でしょう!?あ~!もう!これも実験用の平民が足りないからだわ!ちっ!お姉さまが生きていればこんなことにならなかったのに…本当に役立たずなんだから…!」
「…」
気が付けば白い人物はベルローズの目の前にいた。
「え、な…なによ!?」
「…」
クチナシはベルローズの髪を掴むとそのまま引きずるように部屋の外に出ていこうとする。
「きゃぁああ!!いたいいたい!何するのよ!あんた本当に私を誰だと思って…!」
ベルローズが隠し持っていた鈴を鳴らすと部屋の外から足音が聞こえてきて、部屋に数名の剣を携えた男たちが入ってくる。
「お嬢様!いかがされましたか!」
「遅いのよクズども!早くこの女を引きはがして!」
怒声を飛ばすも何故かそれ以降何も聞こえなくなり、それどころか白い人物は依然髪を引っ張りながら自分を引きずっていく。
「ちょっと!聞いてるの!?」
後ろ向きで引っ張られているため、前方がどうなっているかよく見えず、ベルローズが「それ」に気づいたのは部屋を通り抜けるその時だった。
「…え?」
たった今呼んだ男たち…金で雇った荒事用の用心棒たちが無残にも四肢と首が胴体からねじり切られたような異常な姿となって絶命していた。
「な、なにこれ…なんなのよぉ!!」
「…」
引っ張られている髪がブチブチと音を立てて抜けていく痛みが、茫然としていた心を引き戻す。
あまりの痛みに叫びを上げながら白い人物の腕を殴りつけるが異常なほどに硬く、手ごたえがない。
「誰か…誰かぁあああああああ!!」
ベルローズの叫びに何事かと騎士達や休んでいた使用人たちも顔をのぞかせる。
しかしそれが地獄の始まりだった。
「え、え、なに…え?身体がひとりでに…」
「なんだこれ…俺の腕が勝手に後ろに…?」
「待って待って待ってそれ以上脚は外に曲がらな…!」
クチナシの姿を見た人たちの身体が意志に反して動き出し、捻じれていく。
ゆっくりと…しかし確実にどんどんねじ曲がっていき…やがて一番近くにいた使用人の片腕が限界を迎えてねじ切れた。
「いぎゃああああああああああ!!!」
「うわぁああああああああああ!?」
それを間近で目撃した別の使用人が逃げ出そうとするが彼女もすでに足が致命的なほどに曲がってしまっており…ねじ切れる。
それはどんどん伝播していきこの場に集まった十数名全ての人物の四肢が一か所ねじ切れた。
だがまだこの呪いは終わらない。
「あ、今度は足がぁ!いやっぁあ!止まって!やだやだやだやだやだぁああああああああ!!」
「腕はやめてくれぇええええええ!!」
一か所が捻じれたら次の部位が、そしてまた次と終わらない悪夢は続く。
不思議な事に本来ならショック死してしまいそうな痛みを受けて、大量の血を流しても気絶すらせずに意識はどこまでもハッキリとしているのだが当人たちはもちろんそんな事を疑問に思う余裕などない。
それを4度繰り返すと四肢を失い地面に這いつくばるしかないという状態になったところで最後に残った部位…首がねじ曲がっていく。
「あ、あ、あ」
「もう許して…」
そんな祈りも虚しく首も胴体から離れてようやく人々は呪いから解放されるのだった。
「嘘…嘘よ…なにこれ…」
「否定します。これは全て現実です」
そこで初めてクチナシは口を開いた。
しかし視線をあわさずベルローズの髪を引っ張ったままでどこかに歩いて行く。
もはや抵抗することもできずベルローズは震えていた。
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