第120話 クチナシ人形の縁結び2
ズルズル…
ベルローズが引きずられる音だけが大きな屋敷の中に響く。
ここに来るまでに何人が無残な姿になって死んだのかわからない。
「もういやぁ…離してよぉ…」
「それは出来ません。もう少し我慢してください」
もう少し?もう少しすれば離してもらえるのだろうか?ベルローズは考えた。
(そうよ…こいつはたぶん私の頭脳が目的なんだ…だとすれば私は殺されない…少し耐えればきっとチャンスがある…!)
前向きに考えたベルローズは抵抗を止め、引きずられるままになった。
やがてクチナシはとある部屋の前で動きを止めると無造作にドアノブを壊し、部屋の扉を開けた。
そこはこの屋敷の主とその妻…ベルローズの両親の寝室だった。
「な、なんだ貴様!」
クチナシは何も答えなかったが代わりにバルアロス夫妻に向かってベルローズを放り投げた。
ただでさえ髪を掴まれていたのに、さらに投げられたせいでブチブチと髪が抜け激痛がベルローズを襲う。
「ぎゃぁあ!」
「ベル!あなたベルが!」
「ええい貴様!どこの手の者だ!おい!誰かいないのか!この女をとらえろ!」
寝室の天井の一部が開き、黒い衣装に身を包んだ人物が数名降り立ちクチナシに相対する。
「お父様だめ!」
ベルローズがとっさに叫ぶもすでに遅く、クチナシの姿を見た黒装束たちの身体がひとりでに捩じ切れこと切れる。
「きゃぁあああああああ!!?」
「な、なんだこれは…!」
屋敷の主、グージス・バルアロスが先ほどベルローズが使ったものと同じ形状の鈴を取り出し音を鳴らす。
その鈴は屋敷の護衛をしている騎士達に繋がっており、屋敷で起こっている事態を未だに知らない待機していた騎士達が寝室に向かってやってくる。
「ちょうどいいので先にそちらから対処するとしましょう。少しだけお待ちください」
そう言い残すとクチナシはベルローズたちに背を向け、寝室の外に出ていく。
その数秒後、寝室まで届くほどの大音量で悲鳴の合唱が始まった。
「あ、あなた…ななにが起こっているの!?」
「落ち着け!ベル!あれはなんだ!?」
「わかりません…!突然私の部屋に入ってきて髪を引っ張られて…!それで他の人はさっきみたいに手足と首が…!」
「どこかが差し向けた刺客か…?いやそれなら私たちが生きているのは不自然だ…もしやベルの研究と我が血筋が狙いか!」
父親が自分と同じ結論を出したことでベルローズは胸をなでおろした。
やはり自分たちが殺されることは無いと安心したのだ。
「しかしそれでも碌な事にはなりそうもないな…どうするか」
「逃げましょうあなた!今のうちに逃げるのよ!」
「馬鹿者!この私が女一人を相手に背を向けて逃げられるものか!」
「そんなことを言っている場合では…!」
「そうですお父様!ここはいったん引いてアレの正体を突き止めるのが先ですわ!」
「くっ…!」
妻と娘に詰め寄られ、納得できずともこの場は逃げる事を選択したグージスたちは寝室に取り付けられた窓から脱出を試みようとした。
あまりに必死だったからか三人は屋敷に響いていた悲鳴が聞こえなくなっていたことに気がつかなかった。
グージスが窓に手をかけた瞬間、何かが真横の壁にぶつかり、柔らかい果実を叩きつけたようにぐちゅぐちゅに潰れた。
いや、実際グージスはそれを果実だと思った。
ぐちゅぐちゅに潰れ赤い液体を周囲にばらまいたそれはあまりになじみがなさ過ぎて果実だと誤認してしまったのだ。
しかし側に落ちていた白い球体…人の眼球と目が合った時にようやくそれが果実ではなく人の頭部だと理解した。
「な、なん…」
「もういやぁあああああああ!!!」
「お母様落ち着いてください!」
「逃げられると困ります。おとなしくしててください」
いつの間にか寝室の中にクチナシが戻ってきていた。
その表情は相変わらずの無表情でそれがバルアロス家の者たちの恐怖を煽る。
おそらく先ほど人の頭部を投擲したのだろうがその純白の髪もドレスも一点の汚れもありはしなかった。
「舐めるなよ女!この私を、稀代の英雄グージス・バルアロスを甘く見るな!」
剣を手にしたグージスにベルローズが様々な魔法を付与してその戦闘力を飛躍的に高める。
人間性は別としてその実力は本物。
まさに英雄と呼ばれるにふさわしい力を持つグージスは咆哮と共にその目にも止まらない剣技をもってクチナシに斬りかかった。
まさに必殺の一撃だったはずだが何故かグージスは剣がクチナシに触れるその瞬間にピタリと動きを止めてしまった。
「お父様…?」
「あなた…何をやっているのですか!?はやくとどめを!」
どれだけ叫ばれてもグージスはなぜかクチナシと見つめ合ったまま動かない…いや、動けない。
その身体にどれだけ力をこめてもその刃は一ミリたりとも動かない。
「き、貴様…何を…」
「おそらくその一撃を受けても私には問題ないと思います。しかし、この身体はマスターより頂いたものでそれを構成する魂は大切な「友達」から貰ったものです。たとえ傷がつかないとしても…あなたに触れられるわけにはいきません」
そのままクチナシはその掌でグージスの身体を軽く押した。
あっけなくバランスを崩し、尻もちをついたグージスを青い瞳が見下ろしながら宣言する。
「それでは、これより私の目的を果たさせていただきます」
「貴様の目的とはなんだ!!」
「一つ目の目的は「友達」との約束を果たすこと。次にあなた方三人にちょっとした実験に付き合ってもらう事です」
「実験だと…?」
やはり…とグージスとベルローズは思った。
「この卑しい女め!やはり我が家の研究成果が目的だったか…!」
怒りに身体を震わせてグージスが吠えたが帰ってきた答えは意外な物だった。
「そんなものに興味はありません。私が実験したいのは人の感情とその動きについてです」
「は…?何を言っている?」
「ただ胸の内に浮かんだ疑問を解決したい…それは至極当然の欲求では?しかし私怨が混じっているのも否定はできませんのでこのままお付き合いしてもらいます」
まずいとグージスは何かを感じたがすでに遅かった。
とんでもない衝撃が腹部を襲い、何事かとみるとクチナシの足が腹をえぐるように突き立てられていた。
「うぐぁ…!ごほっ!?」
かんたんに言えば腹を蹴られた…ただそれだけだが経験したことないような痛みと衝撃が襲い、胃の中の物を血液交じりで全て吐き出してしまう。
「あなた!?」
夫の様子に叫び声を上げた夫人をその青い瞳が見つめた。
「ひっ…!私にもなにかするつも…」
気づいた時には夫人は花瓶で頭を殴打されていた。
破片が飛び散るのと同時に頭部から流れた血が部屋を汚し、夫人が倒れる。
それを無表情で見届けた後、その瞳は残った一人…ベルローズに向けられる。
「来るな化け物!!」
慌てて窓からの脱出を試みようとするベルローズだったが、身体が全く動かせないことに気が付いた。
いつの間にか赤い糸のようなもので身体が縛られて身動きができなくなっていたのだ。
身じろぎすらできないベルローズにゆっくりとクチナシが近づいていき、その手をとる。
「何をするつもり!?離しなさい!離せ!!」
「断ります。それでは実験になりませんからね」
ひとりでにベルローズの手首に傷ができた。
「い、いやああああああああ!!!」
そこから流れ出ていく血はいつの間にか見せつけるようにしておかれた透明の容器の中にどういう原理か収められていく。
「なに…何がしたいのよアンタ!!」
異常…まさにその一言だった。
使用人や騎士たちは惨たらしくも同一の方法で惨殺されたのにもかかわらず、なぜ自分達にはこんな理解のできない事をするのか分からない…そしてそれは恐怖を感じさせるには充分…いや過剰だった。
そんな様子をじっと眺めているクチナシは頭を傾げて何かを考えているような仕草を見せた。
「…私の内面に変化は無し。結果は…いえ、確か「あなた達は数年にわたって繰り返した」のでしたね。では私も数をこなさないと検証ができたとは言えない。多少手間ですがそれもまた実験です、というわけで続きをしましょう」
やはり意味を理解できない事を喋るクチナシの声を最後にベルローズは意識を失った。
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