第117話 人形少女は叫ぶ

 目の前で産気づかれてはさすがに見逃せないと言うコウちゃんが慌ててそれ専用の部屋にマオちゃんを押し込み、あまりのマオちゃんの絶叫に居てもたってもいられず手を握っていたのだが…。


「うぁああああああああああああ!!!」

「っ…え?」


マオちゃんの手を握っていた私の手がぐしゃぐしゃに握りつぶされた。

ポロポロと崩れて落ちていく自分の破片を見つめながら放心してしまう私。


「マスター!」


クチナシが慌てて私をマオちゃんから引きはがし、そっと破損した部分に触れる。

するとゆっくりだが逆再生の様に私の腕が再生を始めたのだがクチナシは普段無表情の顔を苦くゆがめている。


「治りが遅い…!これは何…?」

「それどころじゃない!全員部屋から出ろ!」

「何言ってるの!?マオちゃんの側にいないと…!」


「周りを見ろ馬鹿!」


言われて周囲の様子を見ると、絶叫を上げるマオちゃんを中心に部屋全体に亀裂が走っていた。


「なに…なんなのこれ…」

「ちっ!たぶん胎の中身だ!前見たときから異常だとは思っていたがそんな生易しい物じゃない!くそっ!オイそこの白いの!リリを少し抑えていろ!」


そう叫んだコウちゃんが手の中に光るナイフのようなものを出現させた。

あれって…確かコウちゃんの惟神…!


「待って!それで何をするつもり!?」

「うるさい騒ぐな!一か八か直接あの魔族の腹を開いて中身を取り出す!」


「大丈夫なの!?」

「わからんから騒ぐなと言っているんだ!どちらにせよこのままだと胎の子に母体ごと食われるぞ!」


「そんな…!」

「どうなっても文句言うなよ…!我のところに押しかけて来たのはお前たちだからな!!」


一瞬でマオちゃんの元まで移動したコウちゃんがそのナイフをマオちゃんのお腹に突き立てた。

しかし耳を突くような粉砕音と共に突き立てたナイフが光の粒子となって消えていく。


「嘘だろ…!」


慌てて距離を取るコウちゃんの顔は汗が滝のように流れていた。

そしてその間にもマオちゃんから発せられているとは思えないほどの絶叫と共に無造作に暴れる手足がベッドを通じて部屋を破壊していく。


「アルス!命令だ!あの娘を抑えろ!」

「やれるだけはやってみますね」


首についている鎖を引っ張られたアーちゃんがマオちゃんにしがみつくようにコウちゃんによって配置される。

そこからはもうめちゃくちゃだった。

肉が飛び散る粘着質な音、流れ出る血の水音、破砕される骨の音。

おおよそこの場で聞くはずのない音とマオちゃんの絶叫だけがこの場の全てだった。


「早く外に出ろ!」


連れ出されるようにして外に出るとコウちゃんは部屋の扉を封鎖した。


「ちょっとコウちゃん!?」

「こうなったらもう自然分娩させるしかないだろうが!アルスが抑え込んでいる間は部屋はたぶん大丈夫だ…あとはあの娘の体力がもつのを祈るしかない」


「そんな!何とかならないの!?」

「さっきの見ただろうが!我の惟神がおそらくだが胎の子に砕かれた!お前の身体だってそうだ!手が出せん!それに部屋に残っても無駄に被害が広がるだけで何もできゃしない」


それでも私は気が気ではなかった。

コウちゃんはさっきこのままだと母体が食われると言っていた。

それはつまりマオちゃんが死んじゃうってことで…それを考えるだけで私の中の全てが黒く濁っていく。

私の中の大切な何かが、私という物を構成している重要な物が砕けて消えていく。

あぁだめだ…だめだ。

ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ


ダメだ


「私、行かないと」

「おいリリ!」


コウちゃんの制止を振り切って扉に手をかけた。

全く動く気配がないけれど構わず力を加え続けると音を立てて扉が歪み、開いた。

その瞬間隙間から大量の肉片が私を素通りして壁にぶつかりつぶれる。

たぶんアーちゃんだと思うけれど原型が一切残っていない。


でも今はマオちゃんが優先だ。

私の中の全てはマオちゃんが一番だから。

血と肉片の海の中心で未だに叫び声を上げ続けるマオちゃんの身体をそっと抱きしめる。


「うあぁっ!あああああああああああ!!」

「マオちゃん…!」


自分の身体から聞いたことの無いような音がしてどんどん壊されていくのを感じた。

以前も身体がバラバラにされたことがあったけれど、それの非じゃない。

芯から身体が壊されていく恐怖…だけどそんなものどうでもいい。

マオちゃんに家族になってほしいと願ったのは私だから…これが私の引き起こした事態だというのならもうどうなっても構わない。

私はどうなってもいいからどうかマオちゃんを奪わないで。

聞こえるかなお腹の赤ちゃん…足りないのなら私をあげるから…だから…。


「マオちゃん…!」

「り…り…っ」


マオちゃんと目が合って…その瞬間全部理解した。

あぁそっか…マオちゃんも今の私と同じことを考えていたんだね。

私たちの指が自然と絡まり合い…そして…。


私の物でもマオちゃんのものでもないかん高い鳴き声が聞こえた。


「皇帝さんシーツと切るものを!」

「わかっている!」


なにかが起こっている…いや私はそれをわかっているはずなのにうまく思考ができない。

すべてがボヤっとしていて何も考えられない。

マオちゃんも同じようで、虚ろな目で私を見つめている。


「リリさん!魔王様!見てください…無事に産まれましたよ!」


メイラが白いシーツにくるまれた小さな何かを抱えている。

それは何だろうか?

分かるはずだ、わからないとおかしい…だってそれは私とマオちゃんの大切な…。


「よかった…」


マオちゃんが絞り出すように言ったその一言に私は泣いてしまった。


「うん…!うん…!」


産まれた新しい命に手を伸ばそうとしたけれどバキッと音を立ててひじの辺りから腕が取れた。

どれだけ壮絶だったんだとおかしくなってしまった。


「…」

「マオちゃん…?」


「なんだか…安心したからかな…すごく…凄く眠い…」

「だいじょうぶ…?」


「…リリ…私…あなたの家族に…なれたかな…」

「うん…!なれたよマオちゃん…!これからはずっと一緒だよ!私とマオちゃんと…この子で…ずっと!」


だんだんとマオちゃんの瞳が光を失っていき、弱弱しく閉じられていく。


「そっか…あぁダメだ…とっても…ねむ…い…」


そっとマオちゃんの手が私の頬に添えられる。

その手は驚くほど冷たくなっていて…。


「…凄く…嬉しい…リリ…ありが、とう…」


マオちゃんの手から力が抜け、瞳が閉じられた。


「え…?マオちゃん?う、嘘だよね…?マオちゃん…マオちゃん!?」


いたるところが壊れて全く動かない身体をなんとか動かして必死にマオちゃんの身体に触れながら名前を呼ぶ。

だけど全く反応を返してはくれなくて…どんどん私の中で膨れ上がっていく焦燥感に抗えない。


「マオちゃん!起きてってば!マオちゃん!ねぇ!!!マオちゃん!!」


たぶんもはや悲鳴なのではないかという声色で叫び続ける。

マオちゃんは…。



「いや…ちょっと本当に…少しだけ眠らせて…疲れた…」


結構なガチトーンでそういった。

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