第113話 終わる少女と口無し人形6
朝はいつも水を浴びせられて目を覚ます。
寒い日は氷水を、暑い日は熱湯を頭からかけられた。
かなりの早い時間に起こされるため、だいたいは使用人が起こすのだけどたまに両親や妹がやる時もあった。
そうやって起こされると支度をしろと怒鳴られ、殴られながら服を着替えて部屋の掃除や食事の支度を手伝う。
その間もきれいに掃除できていない、行動が遅いと理由を付けられ使用人たちから殴られる。
しばらくして両親と妹が起きてきたところで父からは視界に入るなとお腹を力いっぱい蹴り上げられる。
毎日毎日蹴られるけれど、視界に入らないように別の場所に行こうとすると執事長やメイド長から持ち場を離れるなと結局は殴られた。
母は汚い、臭いと言われいろんなものを投げつけられた。
お皿やグラスならまだいいほうで…時にはツボのようなものまで投げつけられ意識を失ってしまったこともあった。
勿論すぐにたたき起こされ片付けも私の仕事だ。それどころか買いなおすのに無駄な金がかかると怒鳴られる。
妹はそんな私を見て何も言わず食事を始める。
両親たちの食事が終われば次は使用人の空いた時間を使って使用人たちの食事が行われる。
その配膳なども私の仕事だ。
使用人たちに食事を運びながら、惨めだ、ああはなりたくないと嘲笑される。
私には食事は用意されず、終わればすぐに地下室にある牢屋のような私の部屋に戻され、外から鍵をかけられる。
そこからしばらくすると妹が私の部屋にやってくる。
ここからがいつも地獄の時間だ。
なぜここまで私を疎んでいるにも関わらず家に私を置いているのか…それは。
「お姉さま、今日も血をいただきますね」
ナイフで腕を斬りつけられ、そこから管のような物を通されて血が抜かれていく。
この時私は身体中を縛られて身動きが一切取れない。
目の前に置かれた瓶にどんどん溜まっていく私の血…その量に比例して襲ってくる強い吐き気と疲労感。そして薄れていく意識。
それをニヤニヤしながら妹は見ていて…完全に私が意識を失いかけたところでようやく止められる。
その後は背中にナイフで何かを刻まれたり、そのまま血で何かを肌に書かれたり…。
つまるところ私の役割は私と違って魔力があり、才能あふれる妹のための実験体。
どれだけやめてと叫んでも妹は楽しそうに笑うだけで…そして父親に妹に口答えするなと殴られた。
そうやってすべてが終わった後に私の血や体液で汚れた部屋を掃除する。
ようやく終わると時間はすでに皆が寝静まった深夜で…。
「大丈夫かい…?ごめんよ何もしてあげられなくて…」
調理場を担当しているおばあさんが目を盗んでいつも私にパンやスープと回復薬を出してくれていた。
それが私の命を繋いでいた唯一の命綱で…だけどそんな環境でいつまでも私の身体が耐えられるはずもなく…ついに限界を迎え喜々として「廃棄」されたのだった。
――――――――
「それが私があの森にいた理由です」
ルティエが語り終えた後、想いの花のメンバーたちはその顔に怒りを滲ませていた。
「ふざけんなよ!そんなことあってたまるか!」
ルツが乱暴に椅子から立ち上がり、テーブルに手を叩きつけた。
「実の娘にそんな仕打ちができるなんて…どうかしてるわ…!」
レミィも怒りのあまり涙が溢れ出し、ルティエの身体を優しく抱きしめていた。
そして突然、音をたててテーブルが粉々に粉砕された。
ザンがその拳をテーブルに落としたのだ。
「あの男…絶対に許せん…!」
「皆さんありがとうございます…私のために怒ってくれて…だけど魔力がない私にも問題があったんです。期待されていたことができなかったのは私ですから」
「そんなわけあるか!!」
ザンの叫びは部屋中に轟いた。
そのあまりの圧にルティエは驚いたがルツもレミィもまっすぐな視線をルティエに向けている。
「ルティエちゃん、そんなこと言っちゃダメ。あなたに問題なんてない!魔力がない人間なんて珍しくもないわ」
「そうだ!どう考えてもルティエを虐待していた奴らのほうに問題があるに決まっている!頭おかしいよ!」
「嬢ちゃん…俺たちはお前の味方だ。だから自分を卑下することを言うんじゃない。俺たちが悲しいからな」
左右からレミィとルツに抱きしめられ、ザンからは頭を撫でられる。
自然とその瞳からは涙がこぼれ…しかし表情は嬉しそうな笑顔になっていた。
――――――――
「でも魔力がないっていうのならルティエちゃんのあの大きな手っていったい…?」
「あ、それは…」
その時、頭が割れそうなほど大きな鐘の音が町中に響いた。
「どうやら時間のようだな」
「ギルドの招集の時間か…でもどうする?ルティエちゃんを連れていくのは…」
「いっそのこと全員で逃げる?」
「いや…失敗した時のリスクが大きすぎる…それに無事に逃げられたとしてもここのギルドを通して別のギルドにも報告が行くだろうからな…ここは行くしかない」
「ルティエちゃんは大丈夫…?」
「はい、皆さんに迷惑はかけられませんし…それに一人じゃないですから」
そう言ってルティエは再び笑った。
――――――――
ギルドに入ると町中のハンターが集まっているだけの事はあり、かなり込み合っていて狭苦しくなっている。
「これはむしろ助かったかもしれないな」
「確かにこれなら後ろのほうに陣取ってから馬鹿でかいザンの背後にいれば見つかる心配はないね」
「それでも絶対にローブはとっちゃだめよルティエちゃん」
「はいっ」
人がぎゅぎゅう詰めになっている中で頭からローブをかぶったルティエがザンの背後に隠れる。
これならとりあえず大丈夫だろうと思ったところで、ギルドの二階から見下ろすようにギルドの責任者の男と共に昨日の男…ルティエの実父ともう一人、愛らしい娘が現れた。
「静まれ諸君!こちらにいるのはバルアロス侯爵様とその「一人娘」のご令嬢である!その言葉を一言一句聞き逃さず拝聴するように!」
その言葉を聞いてルティエの身体が人知れず震えだす。
「あの子もきている…?」
父親だけだと思えば妹まで来ていると聞いて心が折れそうになるがその背中にそっと手が添えられたのを感じて何とか平静を保った。
「はぁ?どこの貴族だか知らんが侯爵がこんなところに何の用だよ」
「金持ちの思い付きかよ、くだらねぇ…」
「あたしたち今日の仕事勝手にキャンセルにされてるし最悪だわ…お得意様だったのに」
ハンターたちは各々文句を言っていたが、そんな様子をみた侯爵が大きなため息を吐いた。
「やはり低俗な者しかいないなハンターというやつは…惨めで卑しく小汚い…」
「お父様、事実だとしても面と向かってそんなことを言ってはいけませんわ。私たちは高貴な血が流れている貴族なのですから」
「ははは、そうだなベル。やはりお前は優しく聡明な自慢の娘だ」
「きゃっ!お父様たらっ」
何を見せられているのかとハンターたちはだんだんと不満が募りだし、ちらほらとギルドを出ていこうとするものが出始める。
「おい、そこのお前!いいのか?今出ていけば侯爵様の名の元、めでたく投獄されるぞ」
「ちっ!んじゃあとっとと話を進めろよ!うざってぇ!」
「ふん、本当に低俗な連中だ…聞け!小汚いハンターども!」
集まったハンターたちを見下しながら大げさな身振りで手を振り上げ侯爵が紙をばらまいた。
「ここに居る者達でこれに書かれたモンスターを討伐し、その素材を献上しろ」
「よろしくお願いしますね皆様」
ザンがその紙を拾い上げ、レミィとルツも覗き込む。
「サンダーグリフォンだと…?」
「馬鹿な、国が軍を出すレベルのモンスターじゃないか!」
「無理に決まっているだろ!俺は行かねえぞ!」
ギルド内を困惑と喧騒が駆け巡る。
「黙れ。貴様らに拒否権などない。これは依頼ではなく命令だ。従わない者、逃亡した者のは厳罰を言い渡す」
そのあまりの言いように当然不満の声が上がる。
「ふざけんじゃねえ!何の権限があってそんなこと言ってんだよ!」
「ここに居るギルド長からの許可は得ている。それにここら一帯は私の管轄で統治自体が私に一任されている。わかったか下衆が…これ以上の質問は受け付けん。それでもなお口答えするのなら見せしめに数人ほど投獄してもいいが?」
「まぁまぁお父様。まだ始まってもいないのに数が減るのは良くないですわ。ただでさえ戦力として期待できるかどうか分からないというのに…」
「確かにそうだな。やはりお前は頭がいい」
「それほどでもありませんわ」
「それでは今から一時間後、準備を整え所定の場所に集まれ。その時点でいなかった者には罰を与える。どこに逃げてもギルドを通して必ず探し出す。わかったら早く動け!私たちの時間を無駄にするな!」
あまりに横暴で身勝手な話ではあったが面と向かって逆らうものはいなかった。
集合場所として記されている場所は走っても数十分はかかる場所であり、一時間では準備する暇などありはしない。
そんな状態で不可解な討伐依頼…いや命令は発行されたのだった。
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