第114話 終わる少女と口無し人形7

「どういうつもりだギルド長!」


侯爵が去ったのちにハンターたちはここぞとばかりにギルド長に詰め寄った。


「俺に噛みつくな!こっちだって突然こんなことになって困ってるんだよ!」

「困ってるで済むかよてめぇ!サンダーグリフォンになんか挑まされたら命がいくつあっても足りねぇよ!」

「そもそもなんで侯爵がサンダーグリフォンを討伐して来いなんて俺たちに言うんだよ!」


「…どうやら侯爵様と一緒にいたご息女様がサンダーグリフォンの素材をご所望らしい」

「はぁ!?」


ギルド長はハンターたちの手から逃れると乱れた服装と髪を整えながら苦々しい表情をしていた。


「何に使うかは知らんがもうすぐあの娘の誕生日らしく…それで侯爵にねだったものの簡単に手に入るものではなく、私用で軍が動くはずもなく俺たちにお鉢が回ってきた…という事らしい」

「そんな…そんなくだらない理由で俺たちは命かけないといけないのかよ!?」

「そうだあんまりだ!」

「やってられっか!俺は抜けるぞ!」


ギルド内で不満の声はどんどん高まっていき、大きな怒号となっていく。

しかしそんな雰囲気を壊すようにギルド長は鼻で笑う。


「お前たち知らんのか。あの侯爵様はな…戦神と呼ばれるほどの実力者だぞ」

「戦神?」


「ああ…その膨大な魔力に比類なき剣の腕…その実力を買われて侯爵まで上り詰めた男だ。逆らえば本当に殺されるぞ。それに娘もあの歳ですでに国から表彰されたこともあるほどの魔法の論文を複数発表するほどの才女で魔法の腕は侯爵以上らしい…俺たちには選択肢なんてないんだよ」

「んなもんやってみないと分かんないだろうが!ここに居る全員で乗り込めばなぁ!そうだろお前たち!」

「そうだそうだ!」


「…なぁまだ気づかないのか?今回の命令でこの町のハンターは全員集められたというのに、うちのトップチームである「魔狩の炎」のメンバーが一人もいない事に」

「そういえば…逃げたのか?」


「違う。俺はこの話が来たとき真っ先にあいつらに相談したんだ…そうしたらお前たちの様に大層怒ってな…当然だ。あいつらはハンターという事に誇りを持っていた。それを踏みにじろうとした侯爵様が許せなかったのだろうさ…食いかかっていって…そして一瞬で殺されたよ。まるで虫をあしらうように一瞬でだ。リーダーは自慢の剣で挑み侯爵様に一太刀で斬り殺された…そして他のメンバーもご息女様の魔法で一瞬で灰にされた。それもあいつら表情も変えずにやりやがったんだ!」

「そんなばかな…」


「全部事実だ!あの親子は俺たちの事を人間だと思っていない!もうやるしかないんだよ!生き残りたいなら死力を尽くすしかないんだ!わかったらさっさと準備しろ!」


悲鳴にも似たその叫びにハンターたちも俯き拳を握りしめるしかなかった。

魔狩の炎はこの町にいるハンターたちの中で間違いなく最強で、皆があの人たちの様になりたいと憧れるほどの者たちだった。

そんな人たちが一瞬で殺されたと聞かされて反抗心を持つことなどできず、だからと言ってサンダーグリフォンに挑むのも自殺行為だとわかっているだけに皆足が動かせずにいた。


「おい、俺に考えがある」


そんな諦めと絶望に包まれた場所で、一人手を上げた男がいた…ザンだった。



――――――――


サンダーグリフォンの生息地にて集まったハンターたちの姿を安全なところに止められた馬車の中からバルアロス親子が見下すように眺めていた。


「どうやら全員集まったようだな」

「当然ですわ。お父様の言葉に逆らえるような人があんな卑しい方たちの中にいるはずありませんもの」


「ははは違いない…しかしいい捨て駒が見つかってよかったよ。私たちでもさすがにサンダーグリフォンの相手は骨が折れるからな」

「勝てないことは無いかもしれませんが怪我をする可能性を考慮するなんて私たちの戦い方ではありませんものね。ならばいくらでも代わりのいる者たちを先にぶつけ、弱ったところを私たちがとどめを刺す。完璧な作戦ですわ」


「それにサンダーグリフォンを討伐したとなれば私たちの地位も上がり、手に入れた素材でベルの研究が進めばもはや王族ですら私たちを無下には出来ないだろう」

「王に傅くなんて私たちには似合いませんものね」


「その通りだ娘よ。やがて私たちはこの国そのものすら支配できる!ふははっ優秀な娘がいてくれて私は嬉しいよ」

「お褒めいただきありがとうございますお父様。でもお姉さまが死んでしまったことが本当に残念でなりませんわ」


娘は心の底から悲しんでいるような表情を父親に見せた。


「アレを姉などと呼ぶな。血が腐る」

「しかしお父様。私はお姉さまが大好きでした…それに感謝もしているのです。あんな手近なところに何をしてもいい人体実験用の素体がいたのですから」


「確かにな。アレで実験ができたからこそお前の研究が大幅に進んだことを考えるとそれなりの価値はあったか」

「ええその通りですわ。無駄に頑丈でしたし…お姉さまが死んだ後にお父様が連れてきた平民なんて一回で死んでしまいましたもの」


「ふむ…惜しい事をしたか?しかしまぁいいだろう。お前の研究の助けになるのだから平民も喜んでその命を捧げるさ。いくらでも使い捨てればいい」

「それはもちろんそのつもりですけど…いちいち連れてきてもらうのが面倒で」


「確かにそうだな…何か考えなければ。そうだもう少しで産まれる妹のことだが…「我が家にそぐわない子」であったならまたベルにあげよう。うちの血を引いているのなら多少は増しだろうからな」

「それは楽しみですわお父様!才能ある我が妹として産まれるのか…もしくは私の実験動物なのかわくわくが止まりません」


「その話も後でしよう。どうやら来たようだからな」

「あら、楽しみですわ」


親子は醜悪な笑顔を浮かべながら、始まった戦いを観戦するのだった。


――――――――


「行ったぞ!」

「くそ!もう少し引きつけろ!まだ位置が遠い!」


ハンターたちはお互いに檄を飛ばしながらサンダーグリフォンに対しつかず離れずの距離をとって応戦していた。

人の十倍はあるかという巨体に鋭い爪と雄々しい翼…名の通り雷の力を操り進撃する姿はまさに化け物だった。


「ほんとにこんな化け物倒せんのかよ!」

「うるさい!ぐだぐだ言ってないで手と足を動かせ!死ぬぞ!」

「どっちにしろやるしかないんだからな!」


碌な準備も作戦を考える時間すら与えられなかったハンター達だったが統制のとれた動きで戦いが始まって数十分、怪我人はいれど死人は出さずに戦線を維持できていた。

それにはハンター達がサンダーグリフォンに対して積極的な攻撃は行わず、注意を引くような小技や回避に専念していたことにあった。


「でもこんなんじゃ何万年経っても勝てねえぞ!」

「わかってる!本当に大丈夫なんだろうな「想いの花」…!」


ここに来る前、ザンはハンターたちにある提案をしていた。


「俺に考えがある。このままあの貴族野郎に舐められたままでは終われないだろう?その気があるなら俺たちに一口のらないか?」

「何するつもりだよ?」


「俺たちはそんなに数は使えないがサンダーグリフォンに有効な攻撃手段がある」

「なに!?ほんとうか!?」

「ちょっとザン!どういうつもりよ!」


ザンの言葉にチームメイトのレミィでさえも困惑した。

そんな攻撃手段なんかあるはずがない…いったいどういうつもりなのか。


「レミィお前も分かるだろう?」


ザンは自分の後ろにいる小さな少女に視線を落とした。


「あっ…!」

「なんだよ想いの花!はっきり言えよ!」

「詳しくは言えん。だが俺たちは昨日テラーオークの素材を持ち帰っている…そしてそれはある手段を使って一撃で倒した。おそらくサンダーグリフォンにも効果はあるだろう」

「マジかよ…!」


ギルド内は一転してどよめきと、かすかな希望の混じった声に包まれ始める。


「だがわけあってあの貴族たちにその方法は知られたくない。だから協力してほしい…ついでのあの野郎たちに一泡吹かせるためにもな」


不敵に笑うザンを見てハンターたちはその言葉に乗ることにした。

そして現在、


「ザン!もう少しよ!」

「ああ!行けるか嬢ちゃん!」

「は、はい!」


ザンがルティエの肩に手を置く。

ルティエの心臓は痛いくらいに鼓動していたが自分はほとんど何もしないし大丈夫、ただ合図をするだけだと心を落ち着けるよう努力する。


「嬢ちゃんすまん…勝手に決めちまって…」

「いいえ、私は頼ってくれて嬉しかったです!それに…」


ルティエははるか先、そこにいるであろう自分の父親と妹の方向を見た。


「私だって一度くらいはやり返したいですから」

「そうか…よし!ならいっちょやるか!うおぉぉおおおお!!こっちだ化け物!」


ザンの投げた大剣がサンダーグリフォンの頭部にぶつかる。

大したダメージは与えられていないが、ハンターたちによってその場所まで誘導されていたサンダーグリフォンはザンに狙いを変え、一直線に向かってくる。


「嬢ちゃんいいか!」

「いつでも!」


その鋭い爪がザンに振り下ろされる寸前、レミィが魔法でザンの位置を移動させた。

そしてサンダーグリフォンの対面にはルティエがいて…。


「人形さん!!」


刹那、巨大な腕がルティエの背後に広がる闇から二本現れ、サンダーグリフォンの翼を掴み引きちぎる。

痛みによる大絶叫が上がるが、その隙を突いた巨大な腕の一薙ぎがその命をいともたやすく奪った。

だがまだ終わりではなかった。


「本当にやりやがった!すげぇ!」

「呆けてる場合じゃねぇぞ!今だ野郎ども!」

「「おおおおおおおお!!!」」


ハンターたちが息絶えたサンダーグリフォンの身体に油をまき、そして火をつける。

その巨体は巨大な火を纏い、それを巨大な腕が持ち上げた。


「外すなよ嬢ちゃん!」

「そうだぞちっこいの!俺たちハンターの意地を見せてやれ!」

「やれやれー!やっちまえー!」


この場にいる全てのハンターがルティエに期待していた。

こんなに大勢の人に応援されることなど初めてで、だけどその心は不思議と満たされていた。


「はいっ!人形さんお願い!!」

「――――!」


巨大な火の玉と化したグリフォンの死骸を巨大な腕は思いっきり投擲した。

狙いは対角上にある豪華な装飾の施された馬車。


――――――――


「なんだ?あいつら何をやっている?」

「ここからではよく見えませんわね。燃えているようですが雷が引火でもしたのですかね?」


「代わりはいくらでもいるがサンダーグリフォンの体力を削る事すらせず死ぬのは辞めてもらいたいところだがな」

「ちょっと遠見のアイテムを出しますわね」


娘が筒状のアイテムを取り出し目に当てて外を見た。

グリフォンがどれくらい傷を負っているのか、ハンター達にはどれくらい被害が出たのかワクワクしていたが、実際に目に飛び込んできた光景は…。


「お父様!火…火が!」

「どうした?」


「こっちに火の玉が向かってきてますわ!?」

「なんだと!?」


「大きすぎますわ!魔法では消せません!」

「ちっ!馬車を出せ!」


「間に合いませんお父様!!」

「逃げるぞベル!」


間一髪馬車から飛び降りた親子だったが、轟音と共に自慢の馬車に火の玉が直撃し燃えていく。

そして巨大な火の玉の正体はサンダーグリフォンだと見て理解した。


「なっ…!まさかあの下賤な者共が討伐に成功したというのか!?」

「そんな…ありえませんわ…!あっ!早く素材を…あつ…っ!」


「危ない!触るんじゃない!」

「でも素材が!」


そんな慌てふためく様子をハンター達は魔法でのぞき見しながら笑い合っていた。


「見ろよあの顔!」

「ざまぁねえな!」

「はははは!こりゃ傑作だ!」

「おうおう!それにしてもすげぇなちっこいの!」

「ああまさか本当にあの化け物を倒しちまうなんてな!」

「すげぇスカッとしたな!今日は皆でちっこいのに飯おごるか!」

「食いきれんのかよ!」

「だはははははは!!」


ルティエはハンターたちに囲まれ大騒ぎに巻き込まれ嬉しいような、少し困っているような不思議な表情をしていた。


「オラオラ!お前ら散れ散れ!嬢ちゃんが困ってるだろうが!」

「そうよ!それにそろそろ撤収の準備しないとまた貴族様になんかイチャモンつけられるわよ!」

「そうそう」


ようやく解放されたルティエは緊張の糸が切れたのか、その場に座り込んだ。

今までは分からなかったが景色がとてもいい場所で感動していた。


「お疲れ様だな嬢ちゃん」

「あ…お疲れ様です…?」


「みんな嬢ちゃんには感謝してる」

「ルティエちゃんは今日の主役ね!」

「違いないね!」


「いえ…頑張ったのは皆さんで…私は何も…」

「こらこら、称賛てのは素直に受け取るべきだぞ」


ザンの大きな手がルティエの頭に優しく置かれる。


「はい…ありがとうございます!」


その笑顔に想いの花のメンバーもつられて笑みをこぼした。

そしてザンがわざとらしく咳ばらいをすると真面目な顔になり、ルティエに向き直る。


「ザンさん?」

「嬢ちゃん。真面目な話がある」


「えっと…?」

「正式に俺たち「想いの花」と一緒に来ないか?」


「え…」

「もう俺たちは仲間だ。それはどうあっても変わらない。だが一緒にチームとして歩みたいとも思っている…どうだ?」


ザンの言葉を真正面から受け止め、ルティエは少し考えたのちに答えを返した。


「私は――」

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