第111話 終わる少女と口無し人形4

「わぁ~!」


ハンターたちに道案内されながら歩くこと1時間ほど、その後は運よく馬車が捕まりさらに一時間ほどで彼らの案内する街にたどり着いた。

そこは朝でありながら人通りも多く活気にあふれており、ルティエは初めて見る街の風景にただただ感動していた。


「おしっ!とりあえずはギルドに向かおうか」

「ギルド?」

「僕たちに依頼を斡旋してくれたりするところさ」

「そこでルティエのハンター登録もできるからね」


話し合いをした結果、ルティエはハンターとして登録をすることにした。

ハンターとは主にギルドから発行される依頼を受けて日銭を稼ぐものであり、その仕事は危険なモンスターの討伐から素材の採取に要人警護など多岐にわたる。

それを聞いてせっかくならやってみたいとルティエは思った。


「あのでも私…身分証とかないのですけど大丈夫なんですかね…?」

「俺たちが保証人になるから問題はないさ」

「そうそう、これでも僕たち有名だからさ」

「私たち「想いの花」って言えばこの辺りでは知らない人はいないくらいよ」


「想いの花?」

「私たちのチームの名前よ。可愛い名前でしょう?ザンみたいな無骨なオジサンにしては」

「ほっとけ!」


ザンは顔を隠すようにそっぽを向くと、先頭に出てずんずんと歩き出す。


「実は名付けたのはザンの息子なんだよ」

「息子さん…結婚されてるのですね」


「…まぁその息子も奥さんも魔物に襲われて死んじまったんだけどね」

「え…」

「あの人の奥さんには私もお世話になったから…皆で少しでも魔物の被害を受ける人たちを減らせるようにってハンターになったのよ」


ルティエは自分の胸が痛むのを感じていた。

自分の中にあるほぼ唯一と言ってもいいほどの幸せだった記憶…よくしてくれた祖父母と過ごした日々に、そして死別。

大切な人がいなくなる気持ちが理解できただけに何と言えばいいのか分からなかった。


「ルティエちゃんは普通にしていればいいのよ。いつまでも引きずっているような男じゃないから」

「そーそー。僕たちが戦ってる理由を知ってて欲しかっただけで気負ってもらいたいわけじゃないからさ。気楽にいて欲しいな」

「わかりました…うん、頑張ります!」

「お前ら何してんだ!早く行くぞ!」


「「「は~い」」」


人は誰しも抱えているものがある…不幸なのは自分だけじゃないと過去を振り切ろうとしているルティエを人知れず巨大な瞳が見守っていた。


ルティエのハンター登録は思いのほかすぐに済んだ。

彼らが言っていたように想いの花は有名であり、なおかつギルドからの信頼も高く、彼らの紹介という事ですんなりと登録証明書が発行されたのだ。


「わぁ…これが私の…」


自分の名前が刻まれた小さな板のような形をした登録カードを見つめてルティエは涙を流しそうになった。

存在を否定され続けた自分が一人の人間だと認められた気がして嬉しかった。


「これからどうしようか?」

「さすがに少し休憩したいわね。アイテムの補充もしないとだし…ザンは?」


「なんか受付の人と話してるよ。じゃあしばらくは自由時間?」

「一応ザンを待ちましょう」

「あの!私ちょっとだけ外に出てきてもいいですか?」


「どうしたのルティエちゃん?」

「ちょっとだけ外が見たくて…」

「一人じゃ迷うかもだし僕も一緒に行こうか?」


「いえ!ちょっとそこまで出るだけですので!すぐ戻りますから!」


それだけを言い残してルティエはギルドの外に出て、人目を避けるように建物の裏側に回り込んだ。

そして先ほど貰った登録カードを取り出すと胸元に掲げて嬉しそうに笑う。


「人形さんいる?みてみて!これ私のカードなの!」

「…」


その問いに答えるようにルティエの正面に闇が広がり、そこから巨大な瞳が現れる。

はたから見れば異様な光景だがルティエはひたすら嬉しそうにただただ巨大な瞳にカードを見せ続けた。


「えへへ…嬉しいなぁ…」


ニコニコしていると今度はルティエの頭上に小さく闇が広がり巨大な指が現れ、そのままポンとルティエの頭に置かれゆっくりと動いた。


「もしかして頭撫でてくれたの?」

「…」


正面の瞳が少しだけ下に動き、戻る。


「ありがとう人形さん」

「…」


一方通行の会話ではあったがそこには確かに二人に通じる何かがあった。


「おーい!ルティエちゃーん!どこ行ったのーー!?」

「あっレミィさんが呼んでる!行かなくちゃ!またあとでね人形さん」


言い終わるころにはいつの間にか闇は消えていた。


――――――――


「クリムゾンリザード?」

「ああ」


ザンが一枚の紙をテーブルに置いた。

そこにはトカゲのようなモンスターの絵が書かれており、いわゆる依頼書というやつだった。


「受けるの?」

「まぁギルドから泣きつかれちまったからな…どうも近くで暴れまわってるらしい。もう何か所か村に被害が出てるとさ」

「そりゃ大変だ」

「これは先ほど説明に会った討伐依頼というものでしょうか?」


「そうだ、ルティエは初仕事だな。まぁテラーオークに比べれば足元にも及ばないモンスターだが危険な事には変わりないからな。準備は怠らないように」

「はーい。とりあえず炎対策と水属性のアイテムを用意しとくか」

「ルティエちゃんの分は私が用意しておくからね」

「は、はい!」


初めての仕事はルティエに少しばかりの恐怖…そして大きな高揚感をもたらしていた。


――――――――


「右行ったぞ!」

「オッケー!くらえ水属性付与の矢を!」

「アクアスラスト!!」


ハンターたち三人がさすがに手慣れた様子で目標のクリムゾンリザードたちを倒していく。

そう…たちである。一体だけの討伐かと思いきや群れの討伐だったのでルティエは最初に見たとき、群れで走ってくる巨大なトカゲに悲鳴をあげてしまった。

そしてその悲鳴を皮切りに戦闘が始まり今に至っている。


「あっ!ルティエ!そっちに行ったぞ気をつけろ!」

「うっ!?」


ドドドドドドドドドと砂埃を巻き上げながら突撃してくるクリムゾンリザードに一歩引いてしまいそうになるが何とか踏みとどまり、先ほど受けたレクチャーを思い出しながらアイテムを取り出していく。


「まずは弱点をつく…!」


渡されていた水の魔法が込められた玉を取り出し、まっすぐ向かってくるクリムゾンリザードに向けて投げつける。

玉は当たると同時に弾けて水を纏った爆発を起こし、弱点の魔法を受けたクリムゾンリザードは怯み、その動きを止めた。


「そしてすかさず捕縛…!」


続いて縄のような模様が描かれた球を投げ込み、ぶつける。

先ほどと同じように玉が弾けると光る鎖のようなものが現れクリムゾンリザードの身体を拘束する。


「そして最後は確実にとどめを刺す!」


最期はこれまた先ほど渡されたシンプルで軽い短剣を頭部に突き刺す。

頭部を刺されたクリムゾンリザードはしばらく暴れていたが、やがて動かなくなり完全に生命活動を止めた。


「や、やった…やりました!私…モンスターを倒せました!」

「ルティエちゃんダメ!まだ油断しないで!」


喜んでいたのもつかの間、死角から迫っていた十匹ほどのクリムゾンリザードがルティエに一斉に襲い掛かってきた。


「嬢ちゃん!!」

「ダメだ間に合わない!」


その爪が牙が口から漏れ出る炎がルティエに害をなす…その直前、ルティエの背後に広がった闇から巨大な二本の両腕が現れ、襲い掛かってきていたすべてのクリムゾンリザードをまとめて叩き潰した。


「あ、ありがとう人形さん…」

「あ~…そういえば嬢ちゃんにはあの魔法があったんだったか…」

「余計な心配だったね」

「ほんとにね…」


それ以降は問題も起こらず、無事に討伐任務は終了したのだった。

帰りの道中、馬車に揺られながらはぎ取った素材の確認などをハンターたちはしていたが、ザンがその中からクリムゾンリザードの爪を拾い上げルティエに渡す。


「これは…?」

「嬢ちゃんが仕留めた獲物のだよ。いわゆる記念品さ」


「で、でもこれもお金になるんじゃ…」

「ハンターってのは一番最初に仕留めた獲物の一部をお守り代わりに持っておくもんなんだよ。それに金にするにしても嬢ちゃんにも分け前はあるんだから同じことさ」


「分け前なんてそんな…!」

「なんで遠慮するのさ~こういうのは貰っておかないと」

「そうよ、最後のほうなんてルティエの魔法で片づけたようなものじゃないの。今日の分け前はルティエが一番多くなるわよ~」


「ええ!?そんな!」


私じゃなくて凄いのは人形さんなのに!!と声を大にして叫びたいルティエだった。


――――――――


ルティエたちがギルドに戻ってくると、ギルド内は喧騒に包まれており、なにやらトラブルが起こっている様子だった。


「なんだ?喧嘩か?」

「ん~…でもそんな雰囲気じゃ無いような」

「そうね…ルティエちゃん一応後ろに隠れてて」


ザンが扉を開けると、どうやら受付で誰かが怒鳴り声をあげている様子だった。


「だから金は払うと言っているだろうが!私の言うことが聞けないのか!」

「ですからそう言われても困りますと…」


「貴様!この私を誰だと思っている!打ち首になりたいのか!」


その声を聞いた瞬間、ルティエの身体が尋常ではないほどに震えだす。


「ちょっとルティエちゃん!?どうしたの!」

「ん?な!?おい嬢ちゃん!?」


ハンターたちが何があったのかとルティエの身体に触れるが、その震えは収まるどころか強くなっていき、脂汗が滲み、その瞳からは涙が溢れ出すと共に表情は恐怖に染まっていた。


「なんで…」


ルティエの視線の先、高圧的にギルドで怒鳴り散らしている男性は…彼女の血縁上の父親に当たる人物だった。

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