第110話 終わる少女と口無し人形3
テラーオークの持つ巨大な金棒の一撃が鎧の男を弾き飛ばした。
男はなんとか無事のようだが大剣はすでに砕け、満身創痍だった。
もう一人の男が隙を見て矢を放つも特殊な能力でもあるのか、矢は一切のダメージを与えることもなく地面に落ちる。
「レミィ!魔法は!」
「無理よ!さっきまでので魔力が空っぽ!」
ルティエを庇うようにしている女性が悔し気に手に持った杖を振るが、なんの反応もなくまさに絶体絶命であった。
「あなた、早く逃げて!」
「え…?」
女性がルティエのほうを見ずにそう叫んだ。
「私たちがアレを引き付けてるうちに早く!ここから数時間ほど走ると街道に出るからそこで何とか助けを呼んできてちょうだい!」
「そ、そんな…数時間なんて!」
どう考えてもそんな時間持ちこたえられるとは思えない。
それにルティエはここがどこかも分からず迷う可能性が高く、またルティエが抱えた問題もあり状況は絶望的だ。
「いいから行きなさい!あなたみたいな子供を死なせてしまったら私達ハンターの名折れもいいとこよ!これも持って!」
女性がルティエに皮のポーチのようなものを手渡した。
「この中に回復薬と携帯食料…あと私の身分証も入ってるからそれを見せれば話が通じるはずよ、はい行って!」
突き飛ばされるように押し出されたルティエは後ろ髪を引かれる思いをしながらも自分が残るよりはと逃げる選択をした。
「必ず助けを呼んできま…!?」
ルティエが駆け出した途端、テラーオークはなぜか何故か標的をルティエに変え、一直線に向かってきた。
「なんでだ!?くそ!こっち向きやがれ豚野郎!!」
矢を持った男がテラーオークの気を引こうと狙撃するが、そちらには目もくれず、その巨体からは想像もできないようなスピードでルティエに肉薄した。
「いやっ!」
恐怖のあまり足をもつれさせ転んでしまうルティエにテラーオークが迫り金棒を振り上げた。
「やめろー!!!」
その時ルティエには全てがスローモーションに見えていた。
金棒を振り上げるテラーオークの動きがとてもよく見える…だがしかし自分の身体を動かすことはできない。
そしてルティエが昨夜の様に全てを諦めたその時。
ルティエの背後から巨大な腕が現れ、テラーオークを殴り飛ばした。
「え…?」
何が起こったのかとハンターたちは困惑したがルティエにはその腕が何なのかすぐに分かった。
「そっか…ずっといてくれたんだね人形さん」
背後を見るとそこに人間大の闇が広がっていて、そこからしなやかで特徴的で大きな人形の腕が伸びていた。
―グガァアアアアアア!!
テラーオークが立ち上がり怒りを込めた咆哮を上げる。
巨大な人形の片腕はルティエを守るようにしており、その様子を見て先ほどまでとはうって変わりルティエは不思議な安心感に包まれていた。
怒りに任せテラーオークが一直線に向かってくる。
「人形さんやっちゃって!」
その言葉を受けた巨大な腕が特徴的な関節の軋む音を上げながら上に持ち上げられ…一気に振り下ろされた。
――――――――
「まさかテラーオークを倒してしまうなんて…あなた凄い子だったのね」
「ほんとほんと…いやぁ君がいないと僕たち死んでたね」
「そうだな。助かったよ嬢ちゃん」
「い、いえ…その…」
巨大な腕の一撃を受け、あっけなく絶命したテラーオークをハンター達が手際よく解体したのち三人はルティエを囲んで一休みしていた。
ハンターたちは各々の言葉でルティエを褒めるがルティエ自身は自分は何もしておらず人形さんがやってくれただけだと言いたかった。
しかし彼らが来てから一切姿を見せていない事から人前に出たくないのかもしれないと思い、言い出せずに悶々とした気持ちを抱えて話を聞いていた。
「おっとそういえば自己紹介がまだだったな。俺は「ザン」一応このチームのリーダーだ」
ボロボロになってしまった鎧を着こんだ体格のいい男が渋い声でそう名乗った。
「僕は「ルツ」よろしくね」
弓を背負った男が名乗りながらも人のよさそうな笑顔で手を振った。
「私は「レミィ」本当に助かったわ。ありがとう」
最後にルティエを庇ってくれていた女性が名乗り、手を握った。
「あっ…えっと…ルティエです!よろしくお願いします!」
最後にルティエが勢いよく頭を下げて自己紹介は終わった。
「ところでルティエはこんな危ない森で何してたんだ?」
「あ、僕も気になってた」
「そうよね…こんな子供がこの森にいるなんて不自然よね。ここって一応特級の侵入禁止区域だから…」
「え!?」
「知らなかったのか?ここはさっきのテラーオークみたいなのがゴロゴロしてっからな。俺たちは依頼で素材を取りに来たんだが…嬢ちゃんは?」
ルティエはとても困っていた。
ここに居た理由は両親に捨てられてしまったからだ。
あの両親の事だからこの森の事を知っていてここに捨てていったに違いない。
しかしそれを素直に伝えていいのか…もしかしたら気持ち悪がられるかもしれないと思い言い出せなかった。
「あの…えっと…旅をしてるんですけど…迷い込んでしまって…」
「その年で?」
「おかしいですかね…」
「おかしいってことは無いが…」
「実は見た目より年上とか?」
「13ですね…」
「そうか…」
ハンターたちはルティエから顔を背けて三人でひそひそと会話を始めた。
「どうやら何か訳ありみたいだな」
「服は上等そうだし、見た目も汚れてないけれど髪は無造作に伸びてるからほんとに旅をしてるみたいだよね」
「もしかして捨て子とかかしら…それで一人で生きていくしかないとか…」
三人は目を合わせて頷き合うとルティエのほうに向きなおりそれぞれ笑顔を向けた。
「えっと…?」
「なぁ嬢ちゃん、物は相談なんだが…このまま俺たちと町まで行かないか?」
「え…」
「ほら依頼で来たって言ったでしょ?だから僕たち町まで報告に行かないとなんだけど、またさっきみたいなのに襲われたら危ないしさ」
「もしかしたらルティエくらい強かったら私達なんて必要ないかもしれないけれど一人よりは安全じゃないかしら?」
「なんなら俺たちの仕事を少し手伝わないか?」
突然の申し出にルティエは軽くパニックになった。
このように誰かに手を差し伸べられたことがなく、どう判断していいものかわからない。
「あの!…少し考えさせてもらってもいいですか!?」
なんとかそれだけを絞りだし、慌てて走り出してしまった。
ハンターたちから少し離れた場所で息を整えルティエはどこへともなく話し始める。
「私どうすればいいかな…?」
普通ならその問いに答える者などいないはずだが、ルティエの言葉に反応するようにその眼前に闇が広がり、その中から巨大な瞳が覗いた。
だからと言って何か言葉が返ってくるわけでもないがルティエは自分の気持ちを瞳に向かってつらつらと話し続ける。
「あの人たちが怪しいとかじゃないけれど…ついて行ってもいのかなって不安なんだ…人形さんどう思う?」
「…」
「やっぱり断ったほうがいいかな…迷惑になるかもだもんね…」
「…」
巨大な瞳は瞬きすらせずにじっとルティエを見つめ続ける。
その瞳に映るルティエは悲しそうな顔をしていた。
やがて闇の中から大きな指が出てきてルティエの胸元に軽く触れる。と言っても指自体かなり大きいので胴体全体に触れられたような感じだがそれでもルティエには人形が何を言いたいのかなんとなく分かった。
「そうだよね、自分で決めなくちゃだよね…ありがとう人形さん。私は今は自由なんだしなんでもやっていいんだよね…よし決めた!」
ルティエは来た道を振り返り走り出した。
「あの!みなさん!」
「うお!嬢ちゃんどうした!?」
「その…私も連れて行ってください!」
小さな冒険、その始まりの第一歩を踏み出した。
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