第108話 終わる少女と口無し人形

 リリが皇帝が皇帝から依頼を受けるほんの少し前、その少女は自分が終わる時を静かに待っていた。

ボロボロの…もはや服ではなく布としか呼べないようなものを身にまとい、手荷物もほとんどなく身体中は傷だらけ。

そんな状態で人の手が入っていない森で今にも途切れそうな意識をつなぎ留めながら仰向けで曇り空を見つめていた。


「…お腹すいたなぁ」


最期にご飯を食べたのはいつだろう?お腹いっぱい食べられたことなんてあっただろうか?


「寒い…」


ほとんど裸同然の衣服はその身を外の冷気からは守ってはくれず、ボロボロの肌に突き刺さるような寒さが襲い掛かっている。


「雨…」


ぽつぽつと小さな水滴が空から落ちてくる。

最後くらいは晴れた空が見たかったと思いながらもその場から動くことはしない。

いや、体力もほとんど尽きて動くこともできないのだ。


少女は産まれながらにして最も近しい人たち…家族から疎まれていた。

とある国の身分の高い貴族の家に生を受けた待望の子供であったが少女には魔力がほとんどなかった。

武勲を立てて身分を勝ち取ってきたその家にとって魔力という手っ取り早くわかりやすい力がない少女に両親は落胆し…そしてさらに生まれつき心臓が弱く、身体を鍛えて力をつける事すら難しいと知った時に完全に少女への興味を失った。


赤子ながらにして満足に食事も与えられず、世話をするものもいない…そんな状況に憤慨した祖父母が少女を引き取り育てていたが5年ほどでその祖父母も病に倒れ息を引き取った。

そして両親の元に戻ることになった少女だったが、そこからはまさに地獄の日々だった。

いつの間にか新たに両親は子を作り、少女には妹ができていた。

その妹は膨大な魔力を生まれながらにして持っており、身体も健康そのもので将来性を感じた両親は妹をそれはそれは可愛がった。

そして少女を徹底的に虐げた。

日常的に両親からだけではなく使用人からも暴言や暴力をうけてまるで牢獄のような部屋に閉じ込められ食事も二日に一度最低限のものだけが与えられた。

熱を出しても看病すらしてもらえず家の雑用をさせられた。

そんな周りの大人たちを見て育った妹も姉に対してそういう事をしてもいいと学び少女を虐げた。

そこからさらに数年…様々な感染症等を患った少女はとうとう魔物が跋扈する森に秘密裏に捨てられてしまい、今に至っていた。


次の瞬間には腹をすかせた魔物に食い殺されてもおかしくはない。

だから少女は自分のささやかな願いを最後に叶えてみることにした。


―魔法を使ってみたい

自分がこうなってしまった原因…魔力。

それがない彼女はずっと魔法が使える人たちが羨ましかった。自分に向かって魔法を撃ってくる妹にやり返してやりたいと思っていた。両親たちを見返してやりたかった。

せめて一度だけでも皆ができることをやってみたかった。

だけどどれだけ練習しても魔法は使えず、小さな子供でさえ簡単に使える魔法でさえ少女には出来なかった。

だから最後にと少女は悲鳴をあげる身体を無理やり動かし、少ない荷物の中からこっそりと持ってきた石を取り出した。

それはパペットモンスターと呼ばれる人形を呼び出すための触媒となる石…それこそ子供でも簡単に使える魔法の一つを使うための道具だ。


「これは…まだ試したことなかったから…」


最期に一度だけ…どうか一度だけ…と少女は願いながら魔法を使う手順を踏み石を投げた。

力なく投げられた石は地面に落ちて…砕けた。

その様子を少女は見つめていたが何も起こることは無くて…。

少女は半ば結果をわかっていた。だけどどうしても可能性に賭けてみたかった。

ただなんでもいいから魔法を使ってみたい…この世界ではあまりにも小さな願いすら叶わずに少女は静かに涙を流した。

自分の周囲に何かがいる気配がした。たぶん魔物がやってきたのだろう…食べる所なんてほとんどないのにと自嘲気味に笑って少女は目を閉じた。


しかし数分ほど待ってみても魔物が少女を襲うことは無かった。

それどころか周りに確かにあった気配がきれいさっぱりと消えていて不思議に思った少女は目を開く。


そこで巨大な瞳と目が合った。


「え…」


今まで雨がぽつぽつと落ちてきていた空は漆黒に染まり、そこからあまりにも巨大な口の無い顔と腕が覗いており、少女を見下ろしている。

明らかに異様な光景で、さすがの少女も驚いた。


「魔物ってもっと動物みたいな見た目かと思ってたなぁ…」


まさかこんなとんでもない物がやってくるとは…だけど最後にびっくりするものが見れたと少女は思っていた。

そんな少女をよそに巨大な何かはゆっくりと動き出し、少女の倒れている少し上のほうにその腕を振り下ろした。

そちらに目を向けてみると大きな狼のような魔物がつぶされており、巨大な腕は血に濡れていた。


「私を…助けてくれたの…?」


なんでそんな事が…?と少女は困惑したが、巨大なその腕をよく見ると関節部分が特徴的な丸い球体で出来ていることに気づいた。


「もしかして…パペット…?私…魔法が使えたの…?」


これが少女と口の無い人形の短い冒険の始まりだった。

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