第97話 そこに宿る何か

 魔王城の一室…飾り気のない広い空間に投げやり気味に置かれたソファーで雰囲気に似つかわしくない黒いセーラー服のようなものを着た少女がけだるげに寝転がっていた。


「クラムソラード貴様、何をやっている」


黒セーラーの少女…クラムソラードが声のした方向に瞳だけを向けると、扇情的に着物のようなものを着こなした女性…アルギナが睨むようにして立っていた。


「何とはなんじゃ女狐」

「…お前には頼みごとをしていたはずだが?」


「まぁそう焦るな、ババアのくせにせっかちのはいかんぞ」

「私はまだ1000歳だ。貴様の半分も無い」


「はっ!よう言うわ女狐が」

「それより本気でさぼっているのか?ことと次第ではただではおかんぞ」


やれやれと小声で呟きながらクラムソラードはその身をソファーから起こした。


「簡単に言うがな~人世の神のやつもなかなかガードが固くて接触できんのよ。それに気になることもあるでな…もろもろ含めて小休止というところよ」

「休むのは勝手だがわざわざこっちに来るのやめろ。誰かに見つかったらどうする」


「ここに来るのなんぞ貴様以外にはあの子供くらいしかおらんではないか」

「もしもという事もあるだろうが」


「そん時はそん時じゃ。どうしてもまずいなら消してしまえばよかろうに」

「はぁ…」


アルギナは何処からともなく椅子を取り出し、クラムソラードと向かい合うようにして座った。

その顔にはいら立ちのような表情が浮かんでいたが、それも演技であることをクラムソラードは知っていた。


「それで?気になることってなんだクラムソラード」

「ん?ああ…少し前にも言うたがな、めんどくさいことせずとも魔王の小娘を人質にとるわけにはいかんのか」


「ダメだ」


一瞬たりとも考えず即答するアルギナ。

クラムソラードは無表情でその顔をじっと見つめるが、なにも読み取れはせず無言の時間が少しばかり続いた。

先に折れたのはクラムソラードだった。


「なぜじゃ?アレにそこまで過保護になるのは…ワシら目線ではなく一魔族という観点から見ても魔力は低い、身体能力に秀でているわけでも、特別優秀なわけでもない…そんな小娘をなぜ貴様が抱き込んでいる?「欠片」持ちでもないだろうに」

「…あれは私の娘だ。情を注ぐのは当たり前だろう?」


「笑わせるなよ女狐が。貴様がそのような物を持ち合わせていない事くらいわかるわ。絶対に情だなんだという理由で貴様はあの小娘を手元に置いてはいない…とするとだ、あの小娘の正体がなんとなくわかってくるな?」

「…」


「魔族ですらないのだろう?あの小娘は…もちろん人でもないし悪魔でも魔物でも神でもない。つまりだ、」

「そこまでだクラムソラード。とにかくアルソフィアをリリを殺すために利用することはしない」


再び二人の間に沈黙が訪れる。

重たい雰囲気が無駄に広い部屋に沈んでいくが先に折れたのはやはりクラムソラードだった。


「まぁそこはいい。ワシが気になっているのはそことは少しずれたことでな」

「なんだ」


「いやなに、あの小娘の胎にいるのは…いったい何なのだろうなと思ってな」

「…」


「どうやったかは知らんがあの中身が本当に小娘とリリの子供なのなら…人形の神とあの何者でもない小娘の子供とは…いったい何が産まれるというのだ?」

「そんな事考えても仕方ないだろう…どうせ始末するんだ、何がいたとしても同じだ」


半ば予想していたがなんの慈悲もなく子供を始末すると言い切ったアルギナにクラムソラードは少しだけ不快感を覚えた。

龍はその絶対数が少なく、子もほとんど生まれないため自分の子は何よりも大切に育てる…そういう種族だからだ。

クラムソラード自身は子供がいないが同族に子供が産まれたときは普段上から目線の彼女がそれはそれは優し気に他人の子をあやしたりしていたほどだ。


「やはり貴様は壊れているよ女狐」

「知っているさ。そんなに気になるならお前も見届けるといい。ちょうどタイミング的にはそろそろだと思っていたからな」


「なに?」

「最近アルソフィアはよく気を失っていてな…おそらくその胎の中の何かの影響だとは思うが今ではそのほとんどの時間気を失っている…気づかないうちに事故が起こっていたとしても、それは本当に「悲しい事故」で済むという事だ。今はリリもいないしな」


いつもと調子を一切変えずに言い切るアルギナが、クラムソラードには化け物に見えた。

そして…。


魔王がその大半の時間を過ごしている寝室…そこにアルギナとクラムソラードはいた。

眼前のベッドには苦し気にうめき声を上げながら目を閉じている魔王がいる。


「ん…だれ…?」

「私だアル」


「アルギナ…」

「辛いか?」


優し気に魔王の頭を撫でるアルギナは本当に娘に愛情を注ぐ母親のように見えた。


「少し眠るといい。何かあっても私が対処してやるから」

「…アルギナ」


「なんだ?」

「…ううん…やっぱりなんでもない…」


そういうと魔王は意識を失った。

それを確認したアルギナの手にはすでに大鎌が握られており、先ほどまで優し気に魔王に話しかけていた雰囲気は完全に霧散していた。


「本当にやるのか?子に罪は無かろう」

「私の邪魔になる可能性があるのなら、それは罪だ」


「…」

「それに見ろクラムソラード。もうこんなに腹が膨らんでいる。異常な速度でこの子供は成長している…つまりお前の懸念通り「普通」じゃない何かがここにはいる。生かしておく意味はないんだよ」


怪しく光る魔力を纏った大鎌が、魔王の腹に向かって振り下ろされ…。



あっけなく弾かれた。


「…は?」

「なに…?」


二人は目を見開いて唖然とした。

起こった現象に理解が及ばない。なぜアルギナの一撃が弾かれたのか、何が、誰が弾いたのか?


「お前かクラムソラード?」

「違う…ワシは何もしておらん…」


見るとアルギナの大鎌は先端から崩れ、ボロボロになっている。

生半可な力じゃない…何かが明確な意志を持ってアルギナの攻撃を弾いたのだ。


「アルソフィアにそんな力はない…リリが何かしていた可能性もあるがそんな痕跡はなかった…」

「ワシには…お前の攻撃を弾いた何かは小娘の腹の中から出てきたように見えたぞ」


つまりそれは…アルギナの攻撃を防いだ何かの正体は…。


「…っ!?」


その時、突然アルギナが頭を押さえてうずくまった。


「どうした女狐!」

「セフィラが…発動した…?」


「なんだと?セフィラと言ったのか今!?どこだ!」

「これは…あそこだ…魔族と人の中立になっている場所…たしか…」


「魔の領域か!?なぜそんなところで…」

「わからん…だが間違いなくセフィラが発動している…あの子の「欠片」になにかあったようだ」


「どうする?ワシが行くか?」

「いや、セフィラが発動しているのなら近づかないほうがいい…クソが!どうしてこうも急に何もかもが狂う!!」


アルギナが叫びながら再び大鎌を魔王の腹に振り下ろした。

ガラスが割れるような音がして大鎌が粉々に砕けて消えていく。


「…まぁいい。まだ「欠片」は健在だ…「欠片」の身に何が起こったのかは分からないが再生が済めばセフィラも解除される…何が起こったのか調べるのはその後でいいだろう」

「貴様がそれでいいというのならワシに言うことは無い。こっちはどうするつもりだ?」


「今の私にはどうしようもないな…お前もやってみるか?」

「貴様口が過ぎるぞ…それ以上はワシも黙ってはおれん」


「…悪かった、少し自制が効いていなかったな」

「ふん…いつもその不気味な演技をしておるからそうなる」


「お前は私が演技をしていると言うがそれは違うぞ。私はほとんどの力を今は失っているし、失う際に記憶やその時の感情なども砕けているからな…ここにいる私は1000年しか生きていない魔族の一人と言ってもあまり差し支えは無いほどに」

「…その割りには力を失う前の貴様とさほど行動は変わっていないように見えるがな」


「たとえどれだけ薄れようとも、この怒りと恨みだけはいつだってそのままだからな」


そう言い残してアルギナは魔王の寝室を後にし、クラムソラードは少しの間だけ膨らんだ魔王の腹を見つめていた。

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