第96話 戦場の異変

 戦いが始まり数十分…戦況は拮抗していた。

悪魔の登場により連合軍側は押されかけていたが、勇者ほどではないにせよ帝国騎士を始め実力者たちは悪魔に対抗できており、悪魔の数がそれほど多くないこともあり結果としてお互いに決定打の無い拮抗状態が続いていた。


「怯むな人間たちよ!僕がいる!さぁその剣を持ち僕に続け!」


そんな中一際大きな声を上げながら連合軍を鼓舞し、果敢に最前線でその拳を悪魔に振るう青年がいた。

赤いマフラーを風で揺らしながら、舞うように戦場を駆け抜け悪魔を倒していく姿はまさに英雄と呼べるものだったが、その背中について行こうとするものは一人もいなかった。


なぜなら彼は悪魔…怠惰と呼ばれる系統の頂点に立つ王だったためだ。


「隊長!我々はどうすれば…」

「よくは分からんがあの悪魔は他の悪魔と敵対しているようだ…なるべき刺激しないように放っておけ!数が減るのならばむしろ好都合だろう。ただし絶対に気を許すな」

「はっ!」


そうして連合軍が怠惰の王を無視して戦闘を始め、また怠惰本人も、


「はははは!来るがいい邪悪な者どもよ!僕が力なき弱き者を守り、明日を照らす光になろうではないか!」


まるで自分に酔っているかのように、舞台で役を演じているかのように声を張り上げながら悪魔を倒していったのだった。


「ああああああ!!もう!本当に人間側につくか普通!?何考えてんのよあいつぅぅう!!」

「落ち着きなさい色欲。彼がああいう行動に出ることも想定の範囲内です」


怠惰の王の謎の行動を物陰から見ていた色欲が怒りのあまり地団駄を踏み、それを嫉妬がたしなめた。


「それはそうだけどなんでわざわざアイツが敵に回ることを予め考慮しなくちゃいけないのよって話よ!」

「まぁ良いではないですか。どうせほとんど使い捨てで知能もほぼ無いような低級の悪魔です…何体やられようとも問題ないではないですか」


「いやあれ全部私の眷属なんだが!?」

「知っていますよ」


悪魔にもランクのようなものが存在しており、今まさに怠惰によって蹂躙されている悪魔は獣のような、または歪な人型のような、はたまた不定形な真っ黒いモンスターのような低級の悪魔たちであった。

そしてそれら現在怒り心頭中の少女…色欲の王の能力で生み出されたものであった。


「あ~!腹立つ!」

「まぁまぁ」


そんな二人の元に二体の悪魔が姿を見せた。

露出度の激しい衣装に豊満な肉体が無理やり押し込められている、やけに扇情的な恰好をした悪魔たちであった。

そしてその悪魔たちは何も言わず色欲の王に跪く。


「ようやく戻って来た。結構集まったかしら?」


二体の悪魔が瓶になみなみと詰められた白いドロッとした何かを手渡した。

それを色欲の王は笑顔で受け取る。


「はい、ご苦労様。あなた達もう帰っていいわよ」


最期に一度だけ頭を下げ、二体の悪魔たちは消えた。

それを見届けた色欲の王がにんまりとした笑顔で瓶の蓋を開け、中身の匂いを嗅ぐ。


「んっ…はぁぁぁぁ…やっぱりこれよね~。怒ってたのかどうでもよくなっちゃう~」

「うっ…ちょっと早くふたを閉めるか処理するかしてくださいな…こちらまで凄い臭いが…」


色欲の王とは対照的に、糸目の女性…嫉妬の王は鼻と口を押さえ顔をそむけた。

その瓶の液体からは何とも言えない独特の青臭さが漂っている。


「相変わらずでかいのは見た目だけでお子ちゃまね~、これの良さが分からないなんて」

「んな!?今私をお子ちゃまと言いましたか!?」


「だってお子ちゃまじゃない。悪魔のくせに経験がないなんて…ぷぷっ」

「失礼なこと言わないでください!私だって経験くらいあります!」


「いやそれ「私とやってるの」カウントしてるでしょうが。女同士だしノーカンよ」

「なななななな!?やってるとか言わないでください!?あれはいつもいつもあなたが無理やり…!」


「あ~らいつもいつもあなたも乗ってきてるじゃないの。私には負けたくないとか言って」

「当たり前です!あなたにできて私にできないことなどありませんから!」


色欲の王がにやりと笑い、その身体が幼い少女から妖艶な美女に変わった。

そしてしなやかな動きで嫉妬の王に自らの身体を絡め、顔の近くで瓶を揺らしながら耳元で囁く。


「なら…これの味もそろそろ知っておかないとね?」

「え、ちょ…なにを…」


「大丈夫…こんなにいっぱいあるんだし少しくらい分けてあげるよ…本当は直接搾るのがいいんだけどお子ちゃまのあなたにはまだ早いから、ね?」

「あっ…い、今は戦争中ですよ…こんな…!!」


「私たちの仕事は怠惰のアホをこっちに引き付けておくことでしょう?だったらちゃんと仕事してるし少しくらい大丈夫だって」

「耳元で喋るのやめて…!」


「はいはい。じゃあほら、あんたの好きなとこ触ってあげる。私に勝ちたいんでしょう?なら頑張らないとね」

「くぅぅ…!この…!」


そんな悪魔同士で戦い(?)が繰り広げられる中、真面目に悪魔たちの指揮をしている者たちも勿論存在していた。


髪を逆立てた青年こと憤怒の王に、神経質そうな長身の青年こと傲慢の王、そして白いひげを垂らした老人、強欲の王である。


「なぁおい、そろそろ俺も暴れていいか?」

「もう少し待ちましょう。哀れな人間に勝てるかもしれないという希望を与えてから絶望に突き落とすのが楽しいのですから」

「相変わらず性格悪いのう…」


彼らは各々の眷属に指示を出しながら連合軍の人間たちに有利な状況を演出しつつも確実に包囲網を形成していき、そこに追い込んでいた。

あと数分で包囲は完成し、今まで勝っていたはずなのに一気に窮地に立たされる人間たち…という筋書きを立てていた。


「つまんね~、なんでこんなめんどくさい事を…」

「私は楽しいですけどねぇ」

「それにしても暴食の奴遅いのう?なんか用事があるとか言うておったが…」


「そろそろ戻ってくるだろ…ふぁ~…だりぃ…」

「ん?噂をすればではないですか?」


悪魔の王たちは強烈な人間の血の匂いを感じ、そちらを振り向いた。

しかしそこにいたのは彼らの待っていた人物ではなく…メイド服のようなものを来た女性…メイラだった。


「あん?なんだお前…見ねぇ顔だな。誰の眷属だ」

「どう見ても暴食でしょう」

「うむ。どうやら「食事」をしておったようじゃしのう」


メイラは目を細めて三人を確認するとにっこりと笑う。


「もしかしてあなた達も「王」とやらですか?」

「んだ?悪魔のくせに俺たちのこと知らねえのかよ?こりゃ少し教育がいるなぁ?」


ボキボキと指の骨を鳴らしながら憤怒の王がメイラに近づいていく。


「あんまりやりすぎると暴食に怒られますよ」

「まぁほどほどにの」


興味なさげな傲慢の王と強欲の王だったがメイラの次の言葉に興味を引かれることになる。


「大丈夫ですよ。暴食の王とかいう人なら先ほど死んでしまいましたので」

「ああ?」


「それにしてもゴミがいっぱいですね。「掃除」させてもらってもいいですか?」


メイラの瞳は禍々しく真っ赤に怪しい光を放っていた。

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