第95話 悪魔少女の心

時間は少しだけ戻りメイラとリリが別行動を始めてすぐの時へ。

メイラがずっと自分たちを見ていた人物のいるところに視線を向ける。


「私に何か御用ですか?」


物陰から現れたのは不健康そうな身体つきをした背の高い男だった。

その口元にはうっすらと血が付着しており、そこからはメイラの食欲を煽るような匂いがしていた。


「会えてよかった…ずっとお前を探していた…」

「…あなたに探されるような理由は思い当たりませんけど」


「そんな事は無い。現に俺はお前が神の祝福を受けてからずっと探していたのだから」

「何の話ですか?」


男は質問に答えず、その細腕をメイラに向かって差し出す。


「俺と一緒に来い…お前にはその道しかない」

「いえ、あの…いきなり知らない人にどこかも知らないところに来いと言われて、行きますとは言わないでしょう」


「いいから来い。どうせ腹が減っているのだろう?お前のように人間から俺の系統になった者は全てそうだ」


差し出した手を引っ込めた男が次は何かをメイラの足元に無造作に放り投げる。

それはべしゃっと間抜けな音を立てて転がりメイラの視界に入る。

それは人の腕だった。


「…俺の系統という事はもしかして暴食の悪魔の方ということでしょうか」

「ほう?俺たちについての知識はあるようだな」


「人が話しているのを聞いただけです。それでこの腕を私にどうしろと」

「くれてやるからくだらない意地を張らずに食べろ。人から暴食系統になった奴は人は食えないなどと愚かな事をグダグダとのたまいながら泣き叫ぶからな…本当に度し難い。どうせ最後には食うしかないのに」


その言葉を半ば聞き流しながらメイラは感情を感じさせない瞳で地面に転がる腕を見た後、静かに視線を男に戻す。


「あなたがどう思っても勝手ですがいきなり今まで同族だった人たちを食べろと言われたって抵抗があるのはしょうがない事ではないですか」

「お前…さてはもう食べた後か。なるほどどうりで腕に何の反応も示さないわけだ…それならばなおさら話は早い。俺と共にくればお前も我らの神からの祝福を受けられる。そして神の、ひいては俺の眷属として神のために働くのだ」


再び男は手を差し出す。


「…」

「俺は暴食の王…全てを食らい尽くす者だ。その飢えを満たしたいのなら大人しくこちらに来るんだ」


メイラはその言葉には答えず、足元に転がる腕を拾い上げて少しばかり観察する。


「ずいぶんと新鮮ですね。あなたの食べ残しですか?」

「そうだが?」


「それはよかった」

「なに?」


腕の赤々しい切断面から血が滴り落ちる。メイラはそれを指で掬い取ると口に含み、喉を鳴らす。


「【神楽喰血】」


暴食の王の腹から突如、突き破るようにして赤い杭が生えた。

錆びたような赤黒い色の杭には暴食の王の鮮やかな赤色をした血が付着して不気味に混ざり合っていた。


「な…なにが…」

「大したことではないですよ。私の神楽は自分に取り込んだ血を…その血の持ち主から流れ出た血を操ることができるだけです。この方を食べたばかりで消化できてなかったみたいですね?」


「馬鹿な…神楽だと…?ふざけるな…!それは悪魔には使えない力のはずだ!それをなぜ…」

「そんなこと私に聞かれても…現に使えてますし」


「ありえない!それにお前は我らの神の眷属になっていないイレギュラーのはずだ!悪魔は産まれはどうであっても悪魔として存在したその瞬間から悪魔神様の眷属になる…なのにお前は…!」

「悪魔の神様なんて知りませんよ。それどころか私は…あなたたち悪魔が死ぬほど嫌いなので」


さらに数本の杭が暴食の王の内側から身体を突き破る。


「うぐぁぁああ!!?」

「ぺらぺらうるさいんですよ。最後には食べるしかない?だから食べろ?ふざけないで。それがどれだけ辛い事かわかりもしないくせに…勝手に人を悪魔に変えておいてよく言いますよね。あなた達がいなければお父さんもお母さんも死ななかったかもしれない」


メイラが口を開くたびに、その言葉に怒りを含ませるたびに身体を貫く杭の本数が増えていく。

もはや胴体部分は杭がないところを探すほうが困難なほどであった。


「それにですね。私に食べていいと言っていいのは…私を許してくれるのはたった一人の私の神様だけなんですよ」


それが暴食の王が聞いた最後の言葉だった。

体内から巨大な…その身体の数倍はあるほどの巨大な杭が現れ、当然の結果としてその身体を肉片として辺りに散らばらせるという最期を迎えたのだった。

メイラはその肉片の一つを拾い上げ、口に運びゆっくりと咀嚼し…無造作に吐き出した。


「美味しくもない、お腹の足しにもならないゴミでしたね…さてリリさんはどこでしょうか」

「おい!みんなこっちだ!悪魔がいたぞ!」


メイラは数人の連合軍の人間に囲まれていた。

その装備に汚れなどは見られるが大きな傷などは無く、しかし武器に血のようなものがついていることから悪魔を倒してきた実力者たちだと察せられた。


「あの…私は敵対するつもりはないのですが」


むしろ敵を一人減らしてあげたと言いたかったが、それをさえぎるように男が声を上げた。


「悪魔の言葉など聞く馬鹿がいるものか!全員構えろ!今までどおりにやれば悪魔なぞ怖くはない」

「おう!」


男たちは各々武器を構えメイラに攻撃を仕掛けた。


「…帝国騎士の方はいないようですね。それなら私もお腹がすいてたんです…そっちから仕掛けてきたのだから文句はないですよね?」


メイラはそこから数分、食事を楽しんだ。

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