第94話 邪教聖女の祈り

――世界に宣誓 私は人らしく歩む

 傲慢に産まれ 赴くままに暴食し 怠惰に生きる

 嫉妬にまみれ 強欲に奪い 憤怒に酔い 色欲に沈む

 ああ素敵で美しい人の業よ どうか人々に幸せを

 悲しみに沈むくらいなら 大いに人らしく生きて欲しいから

 たとえ千の誰かが泣いたとしても 一人でも多くの人に笑ってほしいから

 ありったけの祝福をあなたに 一滴の夢を私に


「【惟神】」


アーちゃんがその十字架のようなナイフを自らの腕に突き立てた。

つい見とれてしまうような赤くて綺麗な血が世界を濡らしていく…。


「万象憂鬱拒絶機構 虚飾理論・転獄」


辺り一面に前世での彼岸花のようなものが咲き狂い、地面をまるで血の海の様に真っ赤に染め上げた。

これがアーちゃんの惟神…え、こわ…。

私も一応惟神を発動しようかと思ったけれど巨大人形ちゃんがいまだに戻ってきていないので疲れるだけでおそらく何もできないのでやめておく。

いや本当にあの力がなんなのかわかんないのよ私。いっぱいいる人形たちをどうやって動かせばいいかわかんないし、あのダメージを直してくれる赤と青の液体も巨大人形ちゃんが持ってるし…。

ここはアーちゃんのいかにもな雰囲気の力に期待するしかない。


「アーちゃん先生、自信のほどは?」

「先ほども言いましたがあまり戦闘は得意ではないので…」


「またまた~。あ!来るよ!」


天使が盾を前に剣を後ろに構えをとった。

もう突っ込んでくる気満々といった感じである。そしてやはり攻撃動作に移る構えだったようで天使の姿が唐突に視界から消えた。

違う、少しだけ見えてる。めちゃくちゃ速いスピードで動いてるんだ!


天使は一直線に私たちのほうに向かってきていて…。


「アーちゃん来てる!まえ!」

「まえ!」


瞬間視界を埋め尽くすような閃光が走った。

眩しくて反射的に目をつむってしまったので慌てて開く…するとそこに天使に剣で串刺しにされたアーちゃんの姿があった。


「アーちゃん!!?」

「あふっ…ごぼっ…」


傷口と口から盛大に血を流してもうなんというか…控えめに言っても致命傷な感じだった。


「何やってるの!?大丈夫!?」

「だ、だいじ、げふぉ…あ~…ごぼぼっ…おえっ…だいじょうぶれふ…」


微塵も大丈夫そうではなかった。

天使はアーちゃんから剣を引きぬくと、そのまま蹴り飛ばして私のほうを見た。

どうやら次はこっちに向かってくるらしい。


「あ~もう…やれるだけやるしかないか…」


見た感じだけどコウちゃんから貰ったナイフは効きそうにないのでいつもの腕から刃で対抗する姿勢!

そしてまたもや閃光と共に天使の姿が消えた。

見えない事もないけれど眩しくて視界がつぶれる上に、本当に見えない事もないくらいのスピードなので対応が難しい。


「あ、やば」


完全に見失ってしまった。

脳裏をよぎるのは先ほどのアーちゃんの姿…くそう!巨大人形ちゃんどこ行ったのーーーーー!!

どれだけ心で喚こうとも巨大人形ちゃんからの反応はなく…。

再び閃光が走る。


「かふっ…」


ぼとぼとと血がこぼれ落ちる。

そう血がだ…確実にやられたと思ったけれどなんと私と天使の間にアーちゃんが割り込んできて再び串刺しになってしまったのだ。


「アーちゃん!?」

「もしかした、らっ…よけいなお世話かもとは…ごぼっ…思いましたけど…せっかくなのでと…」


なにがせっかくなのでなのか、良く生きてたねとか、いや本当に大丈夫?とかいろいろ言いたいことはあったけれどとにかく助かった。


「ありがとうアーちゃん…それで大丈夫なの…?」

「だいじょぶれふ」


天使もやはり不思議に思ったのか今度は剣を引きぬかずにアーちゃんを観察している。

やっぱりどう見ても致命傷である。

血がすごい流れてるし、ぶっちゃけお腹から何か細長い物もはみ出している。

とりあえず助けようと天使に向かって刃を振った。

とてつもなく硬い物にぶつかる感覚…盾で防がれたようで本体には届いていない…例の空間ごと切り裂くやつで行ったのだけれど無傷だ。

防御面も攻撃面もおかしい感じだなコレ。

しかしまぁ相手に警戒させることには成功したようで天使はアーちゃんから剣を引きぬくと私達から距離を取った。

とりあえず倒れたアーちゃんを抱き起すと貫かれた傷口がなんか塞がってる…。


「あれ…アーちゃん本当に無事だったの?」

「ええまぁ」


私の手元から離れて自分の足で普通に立つアーちゃん。

先ほどまでエラいことになっていたとは思えないほどしっかりとした足取りだった。


「傷は…?」

「これが一応私の惟神の一端といいますか…」


「死なない能力なの?」

「そんなまさか。これは私の感じた快楽をいったん引き受けてもらっただけですよ」


そうしてアーちゃんは足元の花を一本だけ引きぬいた。

それは最初に似たときより明らかに長くなっていて成長しているように見えた。


「この綺麗な花はですね私が感じた幸せを糧に成長していくのです…まだまだ小さいですが無事に育ってくれているようで安心しました」

「…幸せをどこで感じたの?」


「痛いのって気持ちいいですから」


いい笑顔だった。

アーちゃんまさかのそっち系!いやあれは痛いってレベルなのかは甚だ疑問であるけども。

しかしこうなってくると…。


「つまりアーちゃんはあいつの攻撃を受けても平気なの?」

「あの感じならただ気持ちがいいだけですね。まぁただあまりに受けすぎると…達してしまうかもしれませんのであれですが」


無敵かよ。


「じゃ、じゃあ私がアレをなんとか攻撃してみるから、その間向こうからの攻撃は引き受けてもらっていいかな?」

「それで構いませんよ」


よっしゃメインタンクゲット!友達は盾!とまでは言わないけれどなんとか打開策を考える時間を手に入れたのだった。

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