第92話 人形少女は仲介したい

「ど、どうしたの…?」


悪魔神ちゃんは座り込んだ状態で自分の身体を抱きしめるようにしてビクンビクンと全身を痙攣させながら涎もたらし、おおよそ女の子が外で見せていい顔をではなかった。


「あっはぁ…はぁ…申し訳ありませんでした。あなたのその愛があまりにも素晴らしく、そして尊くて恥ずかしながら己を抑えきれませんでした」


何事もなかったかのように立ち上がり涎を拭って服の乱れを直してにっこりと笑う悪魔神ちゃん。

さてはこの子変な子だな?神様ってのは本当に変人しかいないよね。


「そうなんだ、大丈夫?」

「ええ、むしろ上質の欲に触れられて調子がいいくらいです」


「欲?」

「あなたの中にあるその素敵なものですよ。人ですらない人形だというのにあなたの中には生きていたいという想いと…その身すら食らいつくしてしまいそうなほどの巨大な愛で溢れている…!素敵ぃ!素敵すぎて私…私…!んはぁああああああああああああ!!」


また倒れた…なんというか色々と心配になっちゃう子だな…。

一応は褒めてくれてるのかな…?よくは分からないけれどさ。生きていたいって思うのも、誰かを愛することも普通の事だ思うんだけどな。


「私ってそんなに凄いの?」

「ええ、ええ!とてもすごいですよ!どうか聞かせていただけませんか?あなたは何をそんなに愛しているのですか?そこまで大きな愛情を注げるものはなに?どうか、どうか!」


この子…目がヤバい!!

だけども私の中のこのマオちゃんに対する無限の愛を語ってほしいというのなら語ってあげようではありませんか。

私はそれはもう喋りに喋りまくった。

なんとなくだけど少しおかしい感じはした。なんというか…話をすることを誘導されているようなそんな感覚がする。

だけどまぁ別に抵抗する理由もないし、私自身が誰かに聞いてほしかったというのも事実だ。

メイラとかあんまり聞いてくれないし…マオちゃんが可愛かったの~みたいな話をすると微妙な顔をするのだ。

しかし今、悪魔神ちゃんは私の話をニコニコしながら聞いてくれている。

それでなんだか乗ってきちゃって、本当に喋りつくした。後半なんか早口だった気もする。


「…と言うわけなの!」

「尊い…」


話し終えると悪魔神ちゃんは口元を押さえて顔を赤らめながら涙を流していた。


「ええ!?なんで泣いてるの!」

「だってあまりに尊くて…うぅ…人の欲によって作られた人形と魔族の王…その二人が種族も性別も越えて愛し合い、子供も授かった…あぁ!これを尊いと言わずして何と言いましょうか!人の形を模した作り物のあなたがこんなにも人間として真っ当に生きている…なんて…なんて美しいのでしょうか…」


そのまま悪魔神ちゃんは震える手で私の両腕を握りこみ、まっすぐと私を見た。


「えっと?」

「私はあなたを応援いたします…そのまっすぐで綺麗な欲望を抱いたまま、愛を貫いてくださいまし。この私があなた達の輝かしい未来を祝福いたします。その行く末に愛が溢れた結末の訪れますよう」


最近いろいろあった。

マオちゃんの実質お母さんという立場のアルギナさんや、レザ君べリアちゃんからは認められないと言われ、お腹の子供のせいでマオちゃんが死にかけたり…。

だから少しだけ…本当に少しだけこのままでいいのかなって心配になってた。

だからかな、知り合ったばかりの何も知らない悪魔の女の子だけど認めてくれたのが嬉しかった。


「ありがとう…」

「はい、あなたがその愛を貫いた時、私もまた救われますから」


その言葉の意味はよく分からなかったけれど、私の中で悪魔神ちゃんの好感度はもはやストップ高だ。

そしてそうなると問題になってくるのが…。


「あのね「アーちゃん」」

「アーちゃん?私の事ですか?」


「うん。悪魔だからアーちゃん」

「あらあらそんな呼ばれ方をしたのは初めてで少し照れてしまいますね」


「そんなことよりね私さ、ある人からあなたを殺してほしいって頼まれてたの」

「あら」


「でもでもね、アーちゃんのこと気に入っちゃったからあんまりそういう事はしたくないの。だけどコウちゃんも恩人だから無下にはしたくなくてね、どうすればいいかなぁ?」

「それはそれは、だから背後からいきなり襲ってきたのですね?うーん…私が直接その「コウちゃん」という方とお話をしてみましょうか?どういう人なのですか?」


おお、それが良いかもしれない。

思ったよりアーちゃんはいい子だしコウちゃんも話せばわかってくれるかも?


「どういう人?え~とね…帝国の皇帝さん」

「…!」


人が絶句するとはこういう事なのかな?というくらい見事な絶句だった。

アーちゃんが息をのんでびっくりした顔をして固まってしまった。


「アーちゃん?」

「帝国の皇帝さん…それってフォルスレネス様の事で間違いないですか?」


フォルスレネス…?誰だ…?いや待てよ…確か初めて会った時にコウちゃんがそんな名前を名乗っていた気がしないでもない。

記憶が摩耗しないと言っても覚えれないものは覚えれないのよ、うん


「うん、確かそんな名前だったかな。コウちゃん」

「…あの方は元気ですか?」


「うん元気そうだったよ、ここに来る前も裸でお茶飲んでたし」

「もしかしてあなた本当にあの方とお会いできるのですか!?でしたらお願いします私をあの方に会わせてください!」


さきほどまでとは打って変わってとても必死な表情でアーちゃんは私に縋り付いてくる。

なになに!?なんなの?


「いいけどそんなに会いたかったの?」

「もちろんです。私はあの方にどうしてもお会いしたい」


「なら会いに行けばいいのに」

「あの方は私が嫌いですからね。私は帝国には足を踏み入れることができないのです…以前一度お邪魔した時に国境を越えられないようにされてしまいました」


え…コウちゃんそんなことできるの…?

それなら私の空間移動で連れて行けるのかな…?国境を越えられないだけなら直接行くから大丈夫かな?

まぁしかしコウちゃんの口ぶりからすると結構嫌ってそうだったけど…なんでだったっけ?あ、そうだ。


「コウちゃんはあなたに悪魔憑きにされたのが許せないみたいだよ」

「ええ存じています。ですが…いえ、そうですね。もしフォルスレネス様の元に連れて行っていただけるのなら悪魔憑きは解除いたします。約束いたします」


「おっけー!それならコウちゃんもきっと許してくれるかな!」


私は大事なお友達を二人とも傷つけなくてよくなるし、これがベストだよね。

そうと決まれば善は急げだ!メイラがまだ戻ってきていないけれど少しくらいならいいでしょう。

私がアーちゃんの手を取って空間移動をしようとした時、


「どこに…いくつもりですか」


背後で聞き覚えのある少年の声がした。

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