第91話 人形少女は原点を知る

 魔血神樹…そんな名前を今さら聞くとは思ってもいなかった私はあっけに取られて何も言えなくなってしまった。

どうしてこの子がアレの存在を知っているのか、なんで顔に見覚えがあるのか…私が自由になった時、所属していた人間は全員殺したはずだ、間違いない。

じゃあなんで?それにこの子はおそらく神様だ。あいつらそんな存在と関りがあったの…?


「ああやっぱり!その綺麗な顔に服から覗いている人形の身体…確かアークパペットって呼ばれてましたかね?懐かしいです。少し前に事故か何かで壊滅したって聞いていたので気になっていたのですよ~」


どうやら勘違いなどではなくて本当に私の事を知っているらしい。

どうする?どうすればいい?こんなことになるなんて想定していなかった。


「見たところ人形遣いさんはいらっしゃらないようですが…やっぱりあなた意識があったんですね?」

「…あなた誰なの?」


「話すことも出来るなんて凄い!もしかして私の事は覚えていませんか?そちらにたまにお邪魔していたんですが…では改めまして、私はデミラアルスと名乗っている者です。以後お見知りおきを」

「…不思議な名前だね」


「よく言われます」


いや名前なんてどうでもいいのよ、私が知りたいのはこの人の正体で名前じゃない。


「とりあえずあなたは悪魔の神様ってことでいいのかな」

「個人的には私は自分を人間だと思っていますが、それでも分類的にはそうなりますね」


なんかコウちゃんと似たようなこと言ってる…ただまぁこの人が目的の悪魔神ちゃんだという事は分かった。

なら約束通り、ぶっころ!しなくちゃいけないわけだけどその前に私を知っている理由を聞きだしておかないと気になって夜くらいしか眠れなくなってしまう。


「魔血神樹とはどういう関係だったの?」

「本当に覚えていませんか?何回かお会いしているはずですけど…もしかして自我を得たのは最近の話ですか?」


「ううん。召喚されてからずっと私は私だったよ」


あの頃を思い出すと…文字どおり忘れかけてたあの日々の絶望と怒りが戻ってくるようで…もしあの組織に関わっていたのなら目のまえにいるこの女をぐちゃぐちゃにして殺してやりたいという気持ちでいっぱいになる。


「ではお話ししましょうか。「あなたを召喚するのに使用した触媒」を魔血神樹に…いえ、その創始者となった人にお譲りしたのが何を隠そうこの私です」

「え…?」


「あなたの召喚には普通のパペットではない特殊な物が使われています。成功するとは思いませんでしたけどね…それもこれも人と言う種の素晴らしい欲望がなした奇跡とでもいいましょうか。さすがにあなたを召喚した人の顔は覚えていますよね?彼はとっても素敵でしたよ…その身に秘めた溢れんばかりの嫉妬心や虚栄心…ねばついたような恨みに怒り…ぞくぞくしました。だからこそ私は貴重な「あるもの」を触媒として彼に提供し…結果としてあなたが産まれたわけです」


矢継ぎ早にぺらぺらと喋られたがつまり、私がこの世界に召喚された理由…それを用意した人が目の前にいるこの子だという事は分かった。


「それからもたまにですがあなたの身体に改修を加えたりするために素材をお持ちしたりしていました。その時に多少ですがお会いしていますよ」

「ああ…そっか。あなたあの素材屋さんだったのね」


思い出せばそうだ。私があの組織で使われていた頃、時折貴重な素材を売ってくれるとかで重宝されてたやけに豊満な身体つきをした人が訪ねてきていたのを確かに覚えている。

なるほど確かに言われてみればこんな顔をしていた。


「なかなか大変だったんですよ?あなたの触媒には「始まりの樹」の枝が使われていますから…そんなもので構成された身体を改修するのに生半可な素材は使えませんでしたし…まぁそのおかげで私もいい思いさせていただきましたのでお互い様ですが。あ、その始まりの樹で出来た人形を扱うから魔血神樹なんて名前だったんですよ?知ってましたか?魔血の部分はよく知りませんけどね」

「樹がどうとかそんなことどうでもいいよ。今重要なのはあなたがいたから私が召喚されたという事実だけ」


私はゆっくりと歩いて悪魔神ちゃんとの距離を詰めていく。

私はどうしても彼女に言わなければいけないことがある。


「もしかして魔血神樹を壊滅させたのはあなたですか?瞳の奥に恨みと怒りを感じます。なるほど…あなたはその衝動のままに復讐を果たしたのですね…素晴らしい!素敵です!あなたは人ではないはずなのにすごく素敵…」


これは神様特有なのか何なのかコウちゃんもだけど本当によくわからない言い回しをしてくるから何が言いたいのかよくわからない。

なので無視して悪魔神ちゃんのもとまで歩く。どれだけ近づいても悪魔神ちゃんは微笑んでいるだけでその場を動かなかった。

そしてもう二人の間にほとんど距離は無くなって、悪魔神ちゃんの息遣いまで聞こえてきそうなところまで来た。

あらためて見ると身長は低いし顔つきもどちらかというと幼いのに体の一部分がすごくもっちりしているのが印象的だ。


「あはっ!急に感情が読めなくなりましたね。私の事も憎いですか?いいですよ、私はあなたの事も全て受け入れてあげます。さぁどうしたいですか?」

「そんなの決まってるよ」


私は両手を広げて、思いっきり悪魔神ちゃんを抱きしめた。


「…はぇ?これはいったい…?」

「ありがとう」


私が彼女に伝えたかったこと、それは感謝の気持ち。


「お礼を言われるとは予想外でしたね。どういった心境で?」

「私がこの世界に召喚されてからの数百年…ずっと辛かったし苦しかった。どれだけ恨んで憎んだかもわからない。でもね今はね生きてる事が楽しいの」


それは私の偽りない本音。

前世からずっと濁っていた私の世界だけど、今はどれだけ世界が綺麗な景色でいっぱいなのかを知った。

沢山の楽しい事が溢れているのを知った。

ご飯を美味しいと思えるようになった。


「それにね、今は好きな人がいるの。もうね言葉では言い表せないくらい大好きな人。その人に出会えたのも全部全部、こうしてこの世界に人形として生まれることができたから。だからありがとう」


もちろん思うところがないわけではないけれど、この子は私を直接使役してはいなかったし、今となっては別に私に関する情報を葬る必要もない。

だからそれよりは私は今の人生を始めるきっかけをくれたことに感謝を伝えたかった。

そして私の言葉を聞いてくれていた悪魔神ちゃんは、


「んはぁああああああああああああ!!」


奇声を上げてぺたんと腰が抜けたように座り込んだのだった。

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