第85話 勇者少年は邪教の聖女と邂逅する
≪勇者side≫
戦いは突然始まった。
連合軍の誰かが人の手が入っている教会のような建物を発見し、偵察したところ中に黒の使徒と思わしき集団が潜伏しており、この機会を逃す手はないと帝国の騎士達先導の元、突撃作戦が実行されたのだ。
黒の使徒は基本的にはただの邪教信者の集まりであり、魔法的技術はともかく実戦となると連合軍には敵うはずもない…と思われていたが、中には明らかに普通ではない戦闘技術を持ったものもおり、全体で見れば連合軍が押してはいるが予断を許さない状況が続いていた。
「やっぱ俺たちも参加したほうが…」
「やめとけって。帝国騎士の人に睨まれてるんだし俺たちは遊撃として待機しておいたほうがいい」
「誰かが逃げてこないとも限りませんからね」
戦いは始まっているというのに俺たちは少し前のいざこざの件で遊撃という形で別行動をとっていた。
こんな時にこそ勇者である俺が頑張らないといけないと思うのにアグスとフリメラに止められ行動できないでいた。
「だけど苦戦してる部隊もあるみたいだ。あそこに俺たちが参戦すれば無駄に犠牲を出さないで済むんじゃ…」
「今、連合軍がやってるのは殲滅戦だ。そこに人は殺さないお前が行ったって邪魔になるって言われただろぉ~」
「…殺さないで済むならそっちのほうがいいじゃないか」
「普段はそれでいいですが今を見てくださいレクトさん。あなたの行動の結果、皆の士気が下がったり下手をすれば怪我人もしくは死人まで出てしまうかもしれません。敵を庇って味方に被害が出ては本末転倒です」
「でも俺たちには力がある!誰かを助けるための力があるんだ」
「だから少し落ち着けって。遊撃ってのは何も遊ぶ役ってわけじゃないんだから。これだけの乱戦だ。必ず逃げ出す奴が出てくる。そこを抑えられるのは今こうしてる俺たちだけなんだぜぃ?」
そう言われてしまってはこれ以上何も言い返せない。
俺はおとなしく周囲を警戒しつつ、成り行きを見守ることにした。
「ところで思うのですが…黒の使徒って宗教組織である以上、神都での教主様みたいにそれを率いている人がいるはずですよね?今までそんな人物の情報が流れたことはありませんが、ここにいるという事はないでしょうか」
「ここが単なる潜伏場所の一つじゃなくて本拠地…とかなら可能性はあるかぁ?」
「いや、でもさ教主様みたいな人って各地を回ったりしない?ならやっぱりここに居ないとも言い切れないかも?」
もしそんな人が本当にいるのなら黒の使徒という組織自体をどうにかできるかもしれない。
「なんとかその人を見つけて黒の使徒を解散するように説得できないかな?」
「…あ~…まぁ…うん、どうなるかなぁ」
「私が言うのもあれですが何かを強く信じて信仰している人間というのはかなり難しいですよ。自分のすることは全て神様のためで、それを邪魔する者は自分とは違う考えをもつ理解してくれない人…なわけですからね」
「それでも彼らは間違ってる。それを根気強く話せばきっと…」
「信仰に間違ってるも何もないんですよ。信じるものが違う…ただそれだけです」
「黒の使徒の行いでたくさんの人が被害を受けた。それはもう信仰って話じゃないよ」
「それを私に言っても仕方ありません。ですがもし仮に私が黒の使徒と同じ神様を信仰していたのなら…きっと私はあなたの言葉を聞かないとは思います」
フリメラはこの会話の間、俺と一切目を合わせてはくれなかった。
喧嘩がしたいわけではないのに少しだけ険悪な空気が流れてしまう…どうしてだろうか、今まではうまくやれていたのに最近になってなにかズレのようなものが出てきている。
このままではいずれ致命的な何かが起こりそうで…。
「フリメラ、俺は…」
「皆さま、こんにちは。遠路はるばるお越しいただきありがとうございます」
突如戦場に場違いなほど丁寧で澄んだような声が駆け抜けた。
「なんだぁ…?」
教会の屋根の上にシミ1つない真っ白なローブを着た少女が立っていた。
まさに可憐という言葉がふさわしいほどの顔立ちに、不釣り合いなほどの豊満な身体…そして浮かべられた優し気な笑顔と、その少女は不思議と視線を引き付けた。
黒の使徒と連合軍の騎士たちでさえ手を止めてその少女を見上げていた。
「あっは!沢山の方に見つめられて少しばかり緊張してしまいますが精一杯おもてなしをできればと思っています」
少女が両手を広げると、黒の使徒たちが膝をつき、崇めるようなポーズをとる。
「ああ我らが聖女様…」
「どうか我らに救いをお与えください…」
「聖女様…ばんざーい…」
「聖女様…」
「聖女様…」
「はい、教徒の皆さまいつもありがとうございます。あなた達のその願い、その欲望はきっと神に届くでしょう。そして始めましょう…楽しい宴を」
パンっと少女が手を叩く軽い音がした。
そこからは酷いとしか言えなかった…突如として現れた黒い翼をもつ人に良く似た形をした人ならざる者…悪魔が連合軍を襲いだしたのだ。
その数は多くはなく…50体いるかどうか程度だったがその力は圧倒的で一気に均衡が崩れかかってしまっている。
対処に慣れているのか帝国の騎士達がなんとか食い下がり戦線を維持しているような状況だった。
「まずい…何とかしないと!」
「おい、上!あの女が逃げるぞ!」
アグスに言われて先ほどまで少女がいた場所を見ると、ふわりとその身体を浮かせた少女が教会を離れようとしていた。
「追いかけましょう!」
「うん!!」
そのまま見失わないようにしばらく走っていると、先ほどまでとは比べ物にならないほどあたりの建物が崩れた廃墟…というよりは瓦礫の山と表現したほうが適切だと思う場所にたどり着いた。
「ここは…」
「三人だけですか。思ったより少なかったですね」
背後から声が聞こえ、後ろを振り向くと優し気な微笑みを浮かべた少女がそこに立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます