第86話 勇者少年は否定される

「どうですか?素晴らしい景色だとは思いませんか、ここは」


白いローブの少女は嬉しそうに両手を広げくるくると回る。


「素晴らしい景色ぃ?この瓦礫の山がかぁ?」

「とてもいい趣味だとは思えませんね」

「あら残念です」


微塵も残念だと思っていないその笑顔が少し不気味だった。


「とっても素敵だと思うんですけどね。ここでかつて何があった知っていますか?人間による侵略です。その昔この場所にはとても栄えた文明があったそうで、自然も美しく資源も豊富と非の打ちどころのないそれはそれは美しい国があったそうです。そしてそれを妬んだ隣国が全てを奪いつくそうと侵略行為を行い、このような場所になってしまったというわけです」


楽しそうに語るその姿は可憐な少女を思わせるが、話している内容はとても笑えるものではなく、また俺たちが知っている話とも食い違っていた。


「この場所はかつて神々の戦いが行われた場所だと聞いています。それは間違いだと言うつもりですか?」

「ええそうですね。この国の全てを奪った隣国はそれはそれは強大な力を手にして長い間栄える大国に成長したそうです…ですから後の世代になって自分たちの汚点を消してしまおうとそういう話を作り上げた…が真相ですね」


それが本当なら俺たちはそんな場所を天罰が下る場所として恐れていたことになる。

半ば信じることはできないがしかし少女の言葉には不思議な説得力があった。


「でもその話を聞くとさらにこの場所がいい景色とは思えなくなるなぁ…参考までにどのあたりがいいのか教えてはくれないかな?」


アグスがまるで少女を口説くような仕草で語りかける。

もしかしたら会話から何か情報を引き出そうとしているのかもしれない。


「全てです!今この場所にあるすべての…私の瞳に映るすべての景色が人という生き物の欲望で生まれた光景です!幸せになりたいという欲で作られた物が、同じ人間の妬みで壊される…あぁ…なんて素敵…」


少女がゾクゾクと己の身体を抱きしめて、たまらないとばかりに頬を赤らめて笑う。


「あぁ~…話が通じないタイプだなこれは…」

「ですね。どうしますか?聖女と呼ばれていましたし、組織の上のほうの人物だとは思いますが」

「…俺に少し任せてくれないか」


俺は二人から離れて一歩前に出る。

彼女は黒の使途達の心を掌握していた。ならば彼女さえ説得できたならばこの戦いを終わらせることができるかもしれない。


「俺の話を聞いてくれませんか」

「お断りします」


少女の顔から笑顔が消えた。

あまりに突然すぎて一瞬固まってしまう。


「少しだけでいいんです」

「私…あなたとだけは仲良くなれる気がしません。あなたは…これっぽっちも素敵じゃない」


「俺に魅力を感じない…という事は分かりました。でも一人の人間としてあなたと話がしたいんです。俺はレクトと言います。君の名前を教えてくれませんか」

「私の名前ですか…まぁアルスとでもお呼びください」

「アルス?どこかで聞き覚えが…」


確かに俺もその名前に引っかかるものを感じていたが、今は目の前の事に集中するべきだ。


「じゃあアルスさんって呼ばせてもらうけれど…どうしてこんな、」

「あなたとお話しすることは無いです。あなたは気持ちが悪い」


「気持ちが悪い…」

「ええそうです。そちらの背の高い男性や聖職者の女性はとっても素晴らしいです…その身に秘めたひときわ大きな欲…素敵ですぅ…。だけど」


アグスとフリメラには蠱惑的に感じる熱い視線を送ったアルスが、何故か俺にだけ冷たい目を向けてくる。


「あなたはダメです。欲がない、気持ちが悪い。あなたのような人間を私は初めて見ました…いえ「本当に人間ですか」あなた?欲しい物も奪いたいもの情欲も妬みも傲りもない…しいて言うのなら自分の力に少しだけ酔っていそうではありますが…それにしたって弱すぎる。そんなの私の大好きな素敵な人間じゃない…断言しましょうか?あなたは人ではない何かです」


たたみかけるような俺を否定する言葉に、少しだけ戸惑う。

いったい彼女は何を言っているのか、なぜそこまで俺を否定するのか…何もわからない。

だが友好的でないのだけは確かだった。


「俺は人間です。それに欲ならあります…俺は誰かを助けたくて、勇者になったんです!それは俺の欲です」

「あぁ…あぁあ…気持ちが悪い…あなたはどこまで人間を侮辱すれば気が済むのですか…?それは欲ではありません、気味の悪いナニカです。人の欲というのはもっと綺麗で…汚くて…キラキラしててドロドロしている素敵なものなんです。でもあなたのはまるで…汚物を見ているようです。その汚物が欲にまみれた物なら私は喜んでそれを受け入れましょう…ですがあなたのそれは…吐き気しか覚えない。どんな人間でも欲望はあります。どんな状態であってもです。死に瀕した人間や病に伏せた人間は生きたいと強欲に生に手をの伸ばし、またある者は他者を妬む。感情がなくても同じです。人は他者から奪い、暴力を振りかざし、情欲に溺れ、妬みに沈み、食らいつくし、見下し、怠惰に生きる…そんな尊いものを人間というのです。あなたは人間じゃない」


まさに取り付く島もなかった。

どうあってもアルスは俺を否定する。これなら俺じゃなくてアグスかフリメラが話したほうがまだよさそうだ。

しかし今この時も連合軍は悪魔の襲撃を受けている。引くわけにはいかない。


「わかった。俺の事はどう言ってもらっても構わない…だからせめて悪魔達を止めてくれないかな」

「力ずくでやってみてはいかがですか?勇者なのでしょう?」


どう見ても強そうには見えないアルスが挑発するように自分の首を指で叩く。

話ができないのならせめて大人しくなってもらう必要はある…時間もないから殺さないように気を付けて、だけどなるべく驚かせるしかない。もしかしたら悪魔が出てくるかもしれないから手を抜きすぎるわけにもいかないけれど…大丈夫、俺ならできる。


「わかった。なら力ずくだ!「神楽光装」!!」


リリさんとの戦いの後、自分の中に生まれた力を修行で完全に自分の物とした。

神楽光装…俺の身体能力を引き上げ、また武器に魔法的破壊力を加えることができる新たな力。


「はい…?不思議なことをしますねあなた。そんなに欲が薄い癖に神楽を使えるまでに繋がりを持つ神様がいるなんて…ほんと気持ち悪い」

「神様?何を言って…」


「あなたと会話をするつもりはないです。来るなら来なさいな」


アルスの背後に黒くうごめく何かが見えた。

それになにか不気味なものを感じた俺は、聖剣を手に駆け出した。

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