第84話 勇者少年は納得できない
魔の領域…そこに200人近くの各国の有志達で構成された連合軍が足を踏み入れる。
その中には勇者レクト達の姿もあった。
神都での事件を一番近くで目の当たりにした彼らはこの連合軍の話を聞いた時、すぐさまに志願し動向を決めた。
レクトの中にあるのは一人の少女を…メイラを救えなかったという後悔。黒の使徒という組織を許せないという怒り…そして再びリリに会えるかもしれないという期待だった。
「それにしても魔の領域にまさか立ち寄ることになるとはなぁ」
アグスが周囲の廃墟を見渡しながらため息交じりにそう言った。
魔の領域はもはや子供でさえ知っている立ち入ることを禁じられた場所であり、立ち入った者は二度と帰ってくることはできないとまで言われている。
そのような場所の地面を今自分が踏んでいるという事で連合軍の面々は少しばかりの恐怖と、少しばかりの…やってはいけないことをやっているという高揚感を感じていた。
「でも考えてみれば少しだけ不思議な話だよね。ここって確か昔に神様が戦った場所…なんだよね?だったら魔の領域って名前は少し変というか…」
「ああ~言われてみれば確かになぁ」
「結局ただの作り話という事だと思いますよ。ここは神様なんて関係ない場所で、長らく放置されている間に野盗などが住み着いていて立ち入る人を襲っていた…というのがオチなのではないかと私は思っています」
レクトの少しだけ感じていた違和感に答えたのは彼らの仲間の聖女フリメラだった。
二人はフリメラがまるで神様を否定するような発言をしたことに少しだけ驚いた。フリメラは神都という宗教というものが色濃く根付いている場所の出身なため人一倍、神と言うものに対しての信仰心が強かった。
そんな彼女が最近少しばかり変わったのをレクトとアグスは感じていた。
よく読んでいた聖書を読まなくなった。
各地に伝わる神についての文献などに興味を示さなくなった。
などなどである。
また今までは薄い青色のシスター服を着ていたが、黒に薄く青が混じったような色を好むようになっていて…それはまるでリリの髪色のようだとレクトは思っていた。
彼女が変わったのも神都で彼女の力を目の当たりにしてからだ。
何か言いようのない不安をレクトは感じていた。
「私の顔に何かついてますか?」
「ううん、何でもないよ…ただフリメラが神様を否定的なこと言うのが珍しくて…」
「それは心外です!私は神様を否定したわけじゃありません。ただ客観的にありえそうな可能性を言っただけです。ここで間違いなくこれは天罰が下りますよ!なんて私が言っても余計な混乱を招くだけでしょう?」
「…確かに」
それもそうだと納得したがそれでもやはりフリメラの変化が気になってしまうレクトだったが今はそれよりもやることがあると思考を切り替えた。
「本当にここに黒の使徒が潜伏してるのかな?」
「ん~人が潜伏するにはぴったりな場所だとは思うなぁ」
「ですね」
「もし戦いになったらどうするんだろう?」
「どうとは?」
「いや相手は人間なんだし捕縛とか…投降の説得とか」
「レクト。相手は人間だが悪魔とつながってる連中だぞ。あんまり甘いこと言ってると足掬われるぜぃ」
「でも…」
レクトは人間が相手なのだからあまり手荒な真似はしたくないと考えていた。
以前からそれをアグスに軽く注意されてはいたがフリメラもどちらかと言えばレクト側の考えだったのと、彼らは人間の中では破格の戦闘力を持つため何とかなっていた。だが、
「でもではありませんわレクトさん。アグスさんの言う通り敵は悪魔とつながりがある組織です。それどころか悪魔そのものが出てくる可能性だって十分にあるのですから覚悟を持って相対するべきです。」
いつもはレクトの味方をしてくれていたフリメラが今回はそうしなかった。
その様子にレクトはもちろんアグスも少しばかり驚いた。しかしアグスは今回ばかりはやはりそちらのほうが正しいと思っていたので口をつぐむ。
「だけどやっぱり最初は話し合いをするべきだと俺は思うよ…同じ人間なんだし」
「私たちはすでに魔族を手にかけたこともあります。どちらにせよ覚悟は持っておくべきという話です」
「どうしたんだフリメラ…いつもは…」
「勇者よ」
食い下がろうとしたレクトに鎧を着た男が話しかけてきた。
男は帝国の人間であり、この連合軍の小隊長を任されている人物でもあった。
「あ、はい!」
「突然すまない。私は帝国騎士の副長を務めている者だ。今回のこの連合軍でも小隊を一つ任されている」
「聞いています。今回はよろしくお願いします」
レクトは握手をしようと手を差し出したが騎士はその手を取ることは無くそのまま話し始めた。
「先ほどの話を聞いていたが我々はこの作戦に様々な思いで参加している。奴らに住処をおわれた者、家族などの大切な人を奪われたもの、その行いが許せないと憤る者など様々だ」
「…はい、わかっています」
「いいやわかっていない。わかっているのなら先ほどのような甘い言葉は出てこないはずだ」
そこでレクトは目の前の騎士が自分に明確な怒りを持っていることに気がついた。
「なるべく命を奪いたくないというのはおかしい事ですか」
「今我々が立っているこの場所ではおかしなことだ。剣を取り、戦い、何かをなそうとしているのに他人の命を奪わないなど言っていいはずがない」
「俺は人を守るために勇者の道を選んだんです!命を奪うためじゃない!」
「話にならんな。誰かを守りたいと剣をとった者がお前ひとりだと思うのか?私とて何よりも大切な人を救うためにここにいるのだ。そのためには黒の使徒は壊滅させねばならん…ここから引き返せとは言わぬが我らの邪魔をしてみろ。その時は私がお前を斬る」
レクトが反応できないスピードで振るわれた剣が、レクトの髪を一束切り落とす。
「…っ」
「力もない癖になんの役にも立たない戯言を持ち込むな。貴様よりも覚悟を持った我らの騎士団の新人を連れてきたほうがよっぽどマシだ」
騎士は剣を収めるとレクト達の前から立ち去った。
残ったのは茫然と立ち尽くすレクトと、何と声をかけるべきか悩んでいるアグスに…レクトに少しばかり冷ややかな視線を向けるフリメラだけだった。
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