第83話 悪魔たち

 廃墟となった教会で繰り広げられる宴を上空から見下ろす影があった。

黒き翼を背中に持った人ならざる者たち…悪魔だ。


「ひぃ~よくやるよな~相変わらず」


七体の悪魔が笑顔で嬲られていく少女を見つめながらそれぞれ違った表情を見せていた。


「いいじゃないか、実に愚かで哀れな人間らしくて」

「それはいいのか?傲慢」


「ああ、実にいいよ。下等な愛玩動物みたいで可愛いではないか強欲」


「傲慢」と呼ばれた背の高い細身の悪魔と「強欲」と呼ばれた髭を蓄えた老人がお互いを茶化すように笑い合う。


「あ~!つまらねぇ…いつまでこんなところにいないといけないんだよ!なぁ少し外に行かねえか?」

「憤怒にさんせー」

「大声を出してはいけませんよ憤怒。それに色欲も今は待機しておかないと怒られますわよ」


「だりぃ事言ってんなよ嫉妬」


茶髪を逆立てた目つきの悪い青年の見た目をした「憤怒」に幼いピンク髪の幼女の見た目をした「色欲」が同調し、それを糸目の青髪を垂らした女性の「嫉妬」が諫めた。


「まぁしかし僕もできれば外に行きたいね。この光景はあまり好きじゃない!」


赤く長いマフラーを首に巻いた青年「怠惰」が下には一切視線を向けず言い切る。


「はぁ…あなた達あんまり文句ばかり言っていると神様に本当に怒られますよ」


嫉妬が全員を諫めるようにそう言ったが、他の悪魔たちは半笑いで首を振る。


「あの人はそんなことで怒りはしないさ」

「むしろ、それでこそ悪魔!とか言いそうだね~」


傲慢が何故か勝ち誇ったような笑顔で否定し、色欲がけだるそうな顔で同調する。


「それはそうと色欲よ。なぜにそんなちんちくりんの姿になっておるのだ?」

「あれのせいに決まってるでしょ」


色欲が下を指さす。


「うん?お前からすれば素晴らしい景色ではないのか?」

「いやそりゃ混ざれるならいいけどさ~…見てるだけなのはもどかしいだけだから性欲を抑えたらこうなるのよ」

「混ざればいいではないか?」


色欲以外の全員が不思議そうに首を傾げた。それを見た色欲は拳を握りしめながら怒りの表情で全員を睨む。


「いやあんな状態で混ざれるわけないでしょう!?」


色欲がこの瞬間もなぶられ続けている聖女を指さした。


「ふむ…まぁそれもそうか」

「滅多な事言わないでよ馬鹿!」


そんな雑談で暇をつぶしていた悪魔たちだったが今まで言葉を発さずうつむいていた悪魔が顔を上げた。


「来た」

「む、やっとか。距離はどれくらいだ?暴食」


暴食と呼ばれたのは神経質そうな顔をした青年だった。


「割と近い。たぶん明日くらいにはこちらにつく」

「それはそれは…数は?」


「…200はいない」

「200!下等な人間が我らの寝床に攻め入ろうというのにたったそれだけか!おかしすぎて逆に笑えないね」


悪魔たちが文句を言いながらもこの場所にとどまっていた理由…それは黒の使徒の情報を得た人間たちの連合軍が攻めてくるという情報を得たために迎え撃つ準備をしていたからだ。


「あ~…精力強そうなのいるかな~」

「いたとしても全員生かせはしないぞ」

「その通りです。我らの神様の地に踏み込んだ侵入者など殺す以外ありえません」


各々人間の対処を話し合っている最中「怠惰」が手を上げた。


「言っておくが僕は参加しないぞ。むしろ人間たちに味方したいくらいだ」

「怠惰貴様…下等な人間につくというのか?」

「まぁまぁ放っておけ。「あの方」も怠惰の行動を許しているのだから儂らが怒っても仕方ない」


「そういうことだ。それじゃあ僕は失礼するよ」


怠惰の姿が煙のように溶けて消える。


「何しに来たのよ~あいつ~」

「さぁ…」

「…馬鹿馬鹿しい。俺は準備をしてくるよ…久しぶりにご飯を食べられそうだしね」


続いて暴食もその姿を消した。

残った悪魔たちもお世辞にも協調性があるとは言えないがそれにしてもあの二人は酷いというのが共通認識だった。


「暴食の奴えらく張り切ってるじゃねぇか」

「というよりイラついてるんじゃない?」

「そういえば取り逃がした悪魔はあやつの系統だったかのう」

「ああ…あの何故か神の眷属に入らなかったとかいう悪魔か」

「そうですね。神都というところで生まれた悪魔だったようですが原因は不明なままですし、駒が増えると喜んでましたからね」


「んな事より人間どもの事、神様にはどう伝えるんだ?」

「伝えなくていいんじゃない?」

「それは…さすがにどうなんでしょうね?」

「悩ましいところよの。伝えたら普通に歓迎して来いと言われそうで、言わなくてもそれはそれで楽しまれそうだからのう、あの方は」

「…そうですね」


その名の通り欲望に正直に生きる彼ら悪魔たちだが、唯一彼らがその欲望よりも優先するもの…それが彼らの神、悪魔神であり、そして彼らをもってして何を考えているのか理解できない存在でもある。


「あ~…ホント難しい…」

「ですわね。気に入らない事が分かればいいんですけど…」

「怠惰の奴がどれだけ無礼を働こうと笑っておられるからのう…」

「先ほど話題にも出た暴食系統の悪魔の時も「新たな同胞の旅立ちに祝福を」とかいってましたしね」


気性が荒い…とかだったらどれだけよかっただろう。

悪魔神は何をしても怒らないのだ。全てを受け入れ、他者の欲望を肯定する。

だからこそ何を考えているかわからない。


彼らの下では聖女による宴が終わりを迎えようとしていた。

あの人数を相手にしていたというのに聖女は笑顔のまま表情を変えず…信徒たちは一人、また一人と体力を使い果たし倒れていく。

やがて聖女はゆっくりと立ち上がる。ぼたぼたと全身にこびりついた欲望の証が床に落ちていく。


「どなたか…お風呂の用意をしてくれませんか?後ほど彼らも入るでしょうから多めにお願いしますね」


聖女の笑顔が上にいる悪魔たちに向けられた。


「私が」


色欲が翼をゆっくりと動かし、聖女の元へと降りていく。

それを他の悪魔は何とも言えない表情で見つめていた。

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