第82話黒の使徒

 人の寄り付かない魔の領域という場所がある。

かつて起こったと言われる神々の戦いの跡地と伝えられているそこは、踏み入ると神の怒りを買うとして自然と人は近づかないようになっていき、数百年にわたり放置されている土地だった。

しかしかつてはそこにも人は住んでいたらしく、崩れた建物なども立ち並び、廃墟となっている。


その中でも比較的に形を保っている教会であったであろう建物…そのなかで大勢の黒いローブを羽織った人間たちが首の崩れ落ちた女神の像に向かって祈りを捧げていた。

ある種の神聖さを醸し出す崩れかけた教会に荘厳なピアノの音色が響き渡る。


そして集団の先頭…一段高い女神像に一番近い位置に一人だけ白いローブを着た少女がいた。

誰が見ても幼いと言える顔立ちに背丈も小さく、少女と言える見た目だがローブの上からでもわかるほど豊満な身体つきをしており、その白い右の頬に刻まれた黒い紋様が印象的だった。


「世にまします我らが慈愛の神よ、今日この日が世界にとってよい一日でありますよう見守りください」


少女の口から紡がれる言葉は、集団の異様さに反して純粋な祈りだった。


「さあ皆さん。今日という日がほんの少しでも素晴らしい日になるよう、本日も頑張っていきましょう」

「「「はい!我らが聖女様!!」」」


聖女と呼ばれた少女は満足そうに笑った。


「おい!何呑気なこと言ってるんだよこのガキ!」


教会に罵声が響き渡った。

祈りを捧げている集団とは違うローブを羽織った一団が聖女に詰め寄るようにして前に出る。


「どうなさいました?」

「どうなさいましたじゃねえ!あんたの指示で俺らの部下が神都で大勢死んだ!それについてまだ何も聞いてないぞ!」


声に怒りをにじませて叫ぶ男は神都で起こった悪魔事件の時に神都に潜入していた黒の使徒たちのリーダーである男だった。

黒の使徒とは聖女と呼ばれる少女をトップとした悪魔を崇拝する組織だ。

しかし今その聖女に詰め寄っている男たちはいわゆる表に出れなくなった金で雇われた傭兵であり、他の者と同じように悪魔を崇拝しているわけではなかった。


「聞いていないとは?もとより危険な仕事であると理解していたでしょう?だからこそ私たちはあなた達に報酬を支払い、依頼していたわけですよ」

「お前、今回は簡単な仕事だって言ってたじゃねえか!何人死んだと思ってるんだ!」


男が聖女の胸倉をつかみ上げた。

そんな状況にも関わらず、他の者は一切の身じろぎもせず、ローブに隠れた顔でじっと成り行きを見守っている。

そして聖女は嬉しそうに笑っていた。


「ふふふふ!あっは!」

「な、何笑ってんだてめぇ!!」


男が聖女の顔を殴りつけた。その衝撃で聖女は床を転がる。


「いい…いいですね…!実に素敵です!!」

「は、はぁ…?」


聖女は赤くなった頬を愛おしそうに撫でながら平然と立ち上がる。

そしてその間もずっと笑っている。


「怒り、暴力…実に心地よい感情と行動です…ふふふっ」

「お前…どこかおかしいのか…?」


「おかしい?それは少し心外ですわ。私ほど人として正しく生きている者もなかなかいないと自負していますから。それで?あなた様は私にどうしてほしいのですか?」

「決まってるだろ!まずは金を払え!俺たちの力を借りてぇなら今まで以上に金をよこせ!そして謝罪しろ。俺たちの力が必要なんだろう?なぁおい、こんなとこにいるんだ、「謝罪」の仕方くらいわかるよなぁ?」


男が聖女の胸元に邪なまなざしを向けた。

男の後ろにいる部下たちも耳障りな笑い声を小さくあげていた。


「強欲に色欲…あなた様は本当に素敵な方です…うふふふっ…欲深くて、身勝手で…いい、実に素敵」


するりと聖女が男の首から背中に手を回し、その豊満な身体を密着させる。


「おいおい…聖女様とか大層な肩書名乗ってるくせにもしかして好き者なのかぁ?こりゃあいい…」

「ええ、えぇ!そうなんです…言いましたでしょう?私は正しく生きている人間ですと。人を人たらしめるのは、その小さな肉の器に込められた世界よりも広く果てしない欲望…。それなくして人は人足りえない。ならばこそ人はもっと欲望に素直になるべきです、そうは思いませんか?」


いつの間にか男は聖女に押し倒されていた。

冷たい床の感触が伝わってくるが、それ以上に聖女から伝わってくる熱が毒の様に男の身体を昂らせていく。


「あっは!いいですねぇいいですね!もっともっとあなたの欲を私に見せてください…さぁどうです…?何がしたいですか?」

「なにが…?」


「この身体をむさぼりたいのでしょう?どうしたいのですか?どんなことだってこの私が神の慈愛の元に受け入れましょう…奪って、痛みつけて、辱めて…さぁ、さぁ、さぁ…あなたの欲望の赴くままに。だってあなた達は愚かで哀れで…そして素敵な人間なのですから」

「ああああああああああ!!!」


絶叫を上げた男はまるで獣のように聖女をむさぼった。

聖女の言葉通り、全てを奪い、痛めつけ、辱めていく。

そんな暴虐を受けていながらも聖女は幸せそうな笑顔を浮かべている。

そしてさらに聖女は今まさに自分の身体を汚していく男の部下にも手を伸ばした。


「あなた達も…んぁ…来てください。ふ…っ、ん…見てるだけじゃ満たされはしないでしょう?」


男がまるで勝手なことを言うなとばかりに聖女を殴りつけた。


「あっは!素敵!…でも私の身体は、あっ、一つしかないのです…だから許してくださいまし、それでも全て受け止めて見せますから…さぁ皆様もいらっしゃいな」


男の部下たちも一斉にローブを脱ぎ捨て獣となった。

十人近い男が一人の聖女を汚していく。


どれだけ殴られても、汚されても、血に濡れ欲望に濡らされても聖女の幸せそうな笑顔が陰ることは一度もなかった。

聖女が解放されたのは、男たちが体力も精力も尽きた数時間後であった。


少しふらつきながらも、しかししっかりとした足取りで聖女は立ち上がり他の信徒の元にその身体を晒す。

信徒たちはこれまでの一連の出来事を身動ぎ一つ、声すら出さずにただ見つめていたのだ。


「ごめんなさい皆さん。今日は予定にはありませんでしたがこんなことになってしまいましたね。しかし欲に溺れてしまうのは人間である証です…あら」


聖女は信徒たちを見回す。

ただその場に佇んでいるだけに見えるが、男たちはその下腹部からローブを押し上げる何かが隆起しており、女たちはその足元に小さな水たまりを作っていた。


「あっは!なんて素晴らしいのでしょう!あなた達が真に人間で私は嬉しいですよ…」


聖女はまるでお話に出てくる女神様の様に慈愛に満ちた笑顔を浮かべ、信徒達に向けて両腕を広げた。


教会に集まった百人はくだらない信徒たちがその欲望を聖女に向けた。

男はもちろん女でさえも聖女の身体を一心不乱にむさぼっていた。


「あっはぁ~…あぁやっぱり人間って…」


暴虐の中心で獣たちに身を喰われながらも聖女は幸せそうにただただ微笑んでいた。


「人間って…素敵…!」

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