第79話まさかの届け物
「っあ!!!」
レザは自室で目を覚ました。
まるで水を大量にかけられたように身体中汗でぬれており、心臓も今にも破裂してしまいそうなほど速く鼓動していた。
「レザ…おきた…?」
「べリア…?」
隣にシーツを頭から被り、青い顔をして少し震えているべリアがいた。
レザがふと気づけばどうやら寝ている間、ずっと手を握っていたようで二人の繋がれた手は汗が混じり合い、不思議な感覚を与えていた。
「よかった…目を覚まさないんじゃないかって不安で…あたし…」
ぽろぽろとべリアの瞳から涙がこぼれ落ち、シーツにシミを作っていく。
「心配させたな…ごめん」
「ううん…」
レザは体を起こし、震え涙を流すべリアを優しく抱きしめた。
(べリア…こんなに震えて…くそっ…)
べリアとレザは幼馴染であり、同時に将来を誓い合った婚約者同士でもあった。
幼いころのべリアは内気な性格で、風が吹けば泣くような子供だった…しかしその炎の能力をかわれ魔王の側近に選ばれた時にレザと強くなろうと決心し勝気な性格になった…という経緯があったのだが、先日のリリとの戦いで心を折られ、幼少期の内気な性格に戻りつつあった。
「ねぇレザ…あなたも「夢」を見た…?」
「ああ、見たよ」
気を失っている間、二人は夢をみていた。とびっきりの悪夢をだ。
自由を奪われ、人形の身体に心と力だけを詰め込まれてリリのために戦わされる夢…。辛くて苦しくて、そんな自分たちを気にも留めないリリに助けを求めようと手を伸ばしても首につながれた糸がそれを許してくれない。
そして最後にレザは主人であるリリの死を肩代わりさせられた。
それは夢とは思えないほどにリアルな死で…。
「いや、あれはきっと夢なんかじゃなかったんだ」
「・・・」
「俺は…間違いなく一度死んだんだ…」
「やめてよ!…お願いだからやめて…」
全て悪い夢だったならいいのに…そう思っても二人の首にはっきりと見える赤い痣が、あの悪夢は現実の地獄だと伝えてくる。
「ごめん…」
「ねぇ生きてる…?あたし達生きてるよね…?ねぇ…」
「ああ生きてる。俺たちはまだ生きてるんだ」
「じゃあ…確かめさせてよ…あたしたちがまだ生きてるって…教えてよ…」
二人の唇が近づいていく。
逃げ場を無くした二人はお互いの存在を確かめ合うように、恐怖で心が冷めてしまわないように…相手に自分の熱を伝えるために絡み合っていく…というところで天井から巨大な瞳が覗いていることに気が付いた。
「ひっ…いやぁああああああ!!」
「っ!」
天井から空間を裂くようにしてこぼれだしている闇からこちらを覗き込んでいるその瞳の正体は二人にはすぐに分かった。
リリと戦った時に背後にいた…そして先ほどの夢の中で自分たちを操っていた巨大な人形の瞳だった。
「な、なんでこいつが…」
「いやだいやだいやだいやだいやだ、もうゆるしておねがい…!」
レザの首の痣が疼く。
一体なぜここに来たのか、自分たちに何をするつもりなのか。
様々な憶測が脳裏に浮かんでは消えていく。
レザはせめてべリアだけは守らなくてはと無駄だとはわかっていてもかばうように抱きしめた。
続いてレザたちの正面の空間が割れ、そこから漏れ出した闇から一体の人形が現れた。
その人形は手に長方形の箱のようなものを持っており、ゆっくりと二人に近づいていく。
キィ…キィ…キィ…
人形の動く音が狭い部屋で大きく響く。
(最悪俺が…)
レザは疲労した身体で必死に魔力をかき集め、腕に集中させた。
(こいつらに逆らったらきっと後戻りできなくなる…この首の痕がずっと俺にそう語りかけてくる…だがべリアだけは…!)
もう手を伸ばせば届く距離…そこに人形が立った。
レザは注意深く人形の出方を見ていた。そして…人形がその手に持っている長方形の箱を差し出した。
「な、なんだ…?」
人形は箱を差し出したまま、微動だにしない。
部屋には現在、明かりが薄暗くしか灯っておらず、その箱が何なのかうまく判別できない。
それでもレザはそれを恐る恐ると受け取る。そしてそれは、
「…クッキー?」
「え…?」
手元まで持ってきたそれはどう見てもお菓子の箱だった。
それもなかなかに値が張る…人間の町で売られているもので、箱のどこを見渡しても魔力的な仕掛けがあるようにも見えない。
ごくりとつばを飲み込んだレザが意を決してふたを開けると、中にはやはりお菓子が入っているだけで二人を困惑させた。
「どうしてこんなものを…」
目の前にいる人形にそう問いかけてももちろん返答はなく、天井の巨大な瞳の持ち主ももちろん何も言わない。
やがて目の前の人形はぺこりと腰を折って頭を下げると、闇の中に消えていき、天井の瞳もまたいつの間にか姿を消していた。
「どういうことなんだ…?」
「中に毒が仕込んであるとか…?」
レザはお菓子を一つだけ手に取る。
やはり魔力のようなものは感じず、ただのお菓子にしか見えない。
「食べろという事か…?べリア、何かあったら頼む」
「ちょっとレザ!?」
止められるより早く、レザはお菓子を一口食べた。
サクサクとした食感と甘い香りが口の中に広がり、レザが好むものではないがそれでも間違いなく美味しいと言われる普通のお菓子だった。
「だ、大丈夫なの…?」
「ああ、なんともない」
しばらく待ってみたが身体に異変は一切起こらず…ただ普通にお菓子を食べただけに終わってしまい、しばらく二人はお菓子を見つめ困惑する夜を過ごしたのだった。
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