第77話人形少女は安心する

「リリさん少しは休まれてはどうですか?」


メイラがいい匂いのする紅茶を入れてくれた。

あれからずっと私はベッドで眠るマオちゃんの手を握ってじっとしている。

皇帝さんことコウちゃんは大丈夫だって言ってるし、顔色もとってもいいので心配はないとは思うけれど…それでもどうしようもないほどに心配なのだ。


「ありがとう。でも私はこの身体だから疲れないから大丈夫だよ」

「身体は大丈夫でも…心は疲れるじゃないですか」


「かもね…でも今はこうしてるのが一番安心できるから」

「…わかりました。私はリリさんの部屋に戻ってますね。何かあったら呼んでください」


「うん。あ、外歩いたらダメって言われてるよね?あの子に頼むから送ってもらって」


コンコンと何もない空間を叩くと、そこから闇が広がっていき、おなじみ巨大な手が現れてメイラを掴んでまた消えていった。

タクシー代わりに使っちゃってるけど私はここを離れたくないから理解してほしい。

というかそろそろあの大きな人形ちゃんにも何か呼びやすい名前を付けてあげたほうがいいかもしれない。

結局あの子が何なのかはいまいちわからないけれど、ここまで色々してくれているのだしいつまでも名前がないのもかわいそうだ。


それに名前と言えば…。

だんだんと膨らみが目に見えてくるようになったマオちゃんのお腹をそっと撫でる。


「この子の名前も考えないとね」

「…リ、リ…?」


「っ!マオちゃん起きたの!?大丈夫!?」

「え…なにが…?」


まだ少し寝ぼけているのか、ポヤポヤとしている感じで、目もとろんとしていて少し可愛い…とか言っている場合ではない。


「マオちゃん倒れてたんだよ!覚えてない…?」

「倒れた…?そういえば…急にお腹が痛くなって…そのまま…」


だんだんと意識がはっきりとしてきたようで、起き上がろうとするマオちゃんを慌ててベッドに戻す。


「まだ寝てなくちゃダメ―!本当に危なかったんだから!!」

「そうなの…?」


私はマオちゃんが倒れてからの事を説明した。

話が進むにつれてどんどん顔色が悪くなっていくのが印象的だった。


「ちょっと待って…帝国ってあの帝国…?そんなところに私を連れて行ったの…?」

「うん」


「あの魔族とばりばり戦争してるところに私を…?」

「うん」


「しかも皇帝に私を診せたの…?」

「うん」


「私生きてる…?」

「うん」


「うおぉぉぉぉお…」


マオちゃんが頭を抱えて唸りだした。

どうやらまた私は何かやってしまったらしい。でもああするしかマオちゃんを助けることはできなかった。

でもマオちゃんに嫌な思いをさせたのならそれはダメな事だと思うから。


「ごめんねマオちゃん。怒った…?」

「あ…ううん、ごめんね…心配してくれたんだよね」


「うん…マオちゃんすっごく苦しそうで…怖かった…」

「そうだよね。ごめんね」


ゆっくりと身を起こしたマオちゃんに抱きしめられる。

柔らかくてあったかくて、確かに生きているとわかった。


「ん、あれ?」

「マオちゃんどうかした?」


「いや…なんだかお腹が急に大きくなってるような…?私どれくらい眠ってたの?」

「半日くらいだよ」


「それだけ…?それにしてはなんだか…」

「確かに膨らんでるようには見えるけど…何かあったのかもね。コウちゃんに聞いてくる?」


「…コウちゃん?」

「うん。マオちゃんを治療してくれた人!皇帝さんだからコウちゃん!」


「へ~…なんでいきなりその人の事をあだ名で呼んでるの?そんなに仲良くなったの?リリがそんなあだ名で呼ぶの私だけだと思ってたのに違うんだ?」


マオちゃんの目から急にハイライトが消えた。

なんとなく淀んだ目で私の事をじっと見つめてくる。


「…ま、マオちゃん…?」

「あ…いや、なんでもない…」


「なんでもなくないよ、私はそういうのよくわからないから言ってくれないとわからないの…」

「別に…その…ちょっと嫉妬しちゃっただけ…」


「嫉妬…?」

「うん…コウちゃんなんて呼んでるから…」


なんでそれでマオちゃんが嫉妬するのかはさっぱりわからない。

だけど嫉妬してくれるくらいには私の事を好きと思ってくれてるのは嬉しいわけで…。

だけどあんまりマオちゃんに心労をかけたくもない。


「マオちゃん!」

「うん?」


「私ね世界の誰よりも、何よりもマオちゃんが大好き。だから心配しないで。コウちゃんが嫌なら殺したっていいよ?何でも言って?どうすればいい?どうしたら喜んでくれる?どうしたらこの愛をマオちゃんに証明できる?」


どんなものより大切なこの愛のためだから。

それを証明するためならば私は何だってするの。


「本当に何でもしてくれるの?私のためにどんなことだってしてくれるの?」

「うん、どんなこともするよ」


そう、なんだってやって見せる。

だってこんなに好きなんだもの。毎日毎日、好きが溢れて止まらない。

どうしてこんなに好きなのかは分からない。

でもきっと愛ってそういうものでしょう?好きってそういう事でしょう?

そして何よりも大切なそれを何よりも大切な人に証明するためなら、なんだってやる。


「じゃあリリ。私をずっと好きでいて」

「うん」


「私が好きじゃなくなったら私を殺して」


私はその言葉に少しだけ驚いたけれど…でもまっすぐなその瞳に、

そして何より私がマオちゃんを好きじゃなくなるなんてないのだから、はっきりと彼女に誓う。


「いいよ。私がマオちゃんを好きじゃなくなったら殺すね。そして私も死ぬよ」

「リリも死ぬの?」


「うん。だってマオちゃんを好きじゃない私なんて許せないもん」

「ふふっ!そっか~…じゃあ一緒に死んでね。約束だよ」


「うん、約束」


この日はマオちゃんと一緒のベッドで眠った。

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