第76話 ある神様の御伽噺
世界がいつから始まったのかなんて答えられる人はいるのだろうか。
少なくともその神様が気付いた時にはすでに自分は存在していて、もちろん世界は無限に広がっていた。
神様はひたすらに世界を歩いて回った。時間は無限にあって…だけど世界には自分しかいなかったからとにかく歩いた。
どれだけ歩いても景色は変わらず、自分のような存在はおろか、生き物にすら出会うことは無い。
それを特にさみしいとは思わなかった。なんの感情もなくただ足を動かし続ける…そんな日々がどれくらい続いただろうか。
神様にとっては時間の概念はなくて…1秒も1時間…1日も1年も違いはなかった。
だけどそんな日々に変化が訪れる。
変わらないはずの景色…しかしそこに一つだけ芽のようなものがはえていた。
それが何かは分からなかったけれど、その時初めて神様は自分以外の命に触れたのでした。
それからというもの神様はずっと芽を見つめて過ごしました。
時間と共に成長していくそれを見て時間というものの概念を理解して、数えて1万回ほど日が昇り芽は美しく光る葉を実らせた木に姿を変えていました。
「立派になったね」
愛おしそうに木を撫でる神様。
そしてそこからさらに世界は形を変えていく。
いつからか長い髪を揺らす風が吹くようになっていた。
砂と塵しかなかったのに緑が少しづつ増えてくるようになった。
少し歩くと小さな湖ができていた。
世界中からまだ小さいけれど確かに命を感じるようになっていた。
「きれい…」
これから世界はどうなっていくのだろう。
神様の心の中はいつの間にか楽しみでいっぱいに満たされていました。
そこからさらに時間が経ち、あの木もすでに大樹と言ってもいいくらいに成長していた。
緑が溢れて気持ちのいい風が世界を駆け抜け、目を閉じれば水のせせらぎが聞こえてくる。
たまに降り注ぐ雨もまた違った趣があって楽しみの一つだった。
そんな世界をもっともっと見ていたかったけれど…ある日、神様は初めて眠気を感じた。
その誘惑に逆らうことはできず、神様は大樹の下で眠りについたのでした。
神様が目を覚ますと世界は一変していた。
いたるところで命の気配を感じる。
たくさんの命が世界で動き回っている。
どれほどの時間眠っていたのだろうか…神様は身を起こして歩き出した。
大樹はその大きさを最後に見たときの2倍以上に成長させており、全体を見渡せないほどになっていた。
「…どれだけ変わったのか楽しみね」
大樹の下から外に出るとやはり景色は様変わりしていた。
見たことの無いものだらけだ。
期待に胸を膨らませて神様が一歩を踏み出した時、空から巨大な何かが目の前に舞い降りた。
白銀のしなやかな身体に大きな四肢…そして美しい翼。
「…まさか目を覚ますとは思わなかった」
巨大な何かは神様を一目見ると驚いたようにそう言った。
「あなた…喋れるの!?」
初めて自分と会話ができる存在に驚いた。
「なるほど…確かあなたは原初の時代から眠っていたのだったな」
「?」
巨大な何かは神様にひれ伏すかのような姿勢をって頭を地につけた。
大きさで見ればかなりの差がある一人と一体。
しかし巨大な体躯を持つそれは小さな神様に確かに頭を下げていた。
「お初にお目にかかります。我らが神よ」
これが原初の神様と始まりの龍…レリズメルドの出会いだった。
――――――――
「ん…?」
「あ、ギナさんおき、た」
アルギナを覗き込むようにレイが小さなからだをめいいっぱい伸ばしていた。
「ああ、いつの間にか寝ていたのか…随分と懐かしい夢を見たものだ」
「ゆめ?どんなゆめみた、の?」
「さぁな、忘れてしまったよ」
アルギナはその小さな頭を優しく撫でた。
気持ち良さそうに目を細めるレイを見てアルギナも満足そうに笑った。
「ギナさんやっぱ、り、つかれてる?ボクきょう、は絵本がま、んするよ」
「いいんだ気にするな。お前が嬉しいと私も嬉しいのだから。なにも気にせず、ゆっくりと健やかに育ってくれればいいんだ」
「かんばり、ます!」
「ああ頑張れ頑張れ」
人間と魔族。
種族の壁があるにも関わらず二人は本物の親子のように見えた。
「そう、だ。レザくんとベリちゃん、ちゃん、と治療室にはこん、でもらったよ」
「そうか…様子はどうだった?」
「いま、は安定してるけど、レザくんが少し、心配かも、しれない…精神と、か魂とかがすっごく削れちゃってる?みたい、で、あぶないかも、です」
「ふむ…」
アルギナは何かを考えるように顎に手を置いたが、すぐに目線をレイに戻すとその身体を優しく抱きしめる。
「あとは私が何とかしておく。今日はもう休もうな…さぁどの本を読んでほしいんだ?」
「んと…これ!」
二人手を繋いで寝室に移動していく。
もはやアルギナの頭の中ではレザとべリアの事などとっくに忘れ去られている。
いや初めから彼女には二人の事はもちろん、ほとんどの事が「どうでもいいもの」だった。
アルギナ…今はそう名乗る彼女の中には行き場のない愛と…人という種に向けられた底の無い憎悪だけが詰まっていた。
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