第75話老獪魔族の正体

≪sideアルギナ≫


「そう気軽に呼びだしてほしくはないのじゃがなぁ」

「うるさい、いいから早く二人を見てくれ」


レザとべリアが倒れた後、すぐさまクラムソラードに連絡を取り、呼びつけた。

何が起こっているのかの見解を聞きたかったのと、あわよくばこの状況を打開するためだ。


「ふむ…これは…」


クラムソラードが二人に触れようとしたが、やはり私と同じように弾かれる。


「この感覚は間違いなく惟神の影響じゃのう。この二人に干渉しそうな神…首に巻き付いている赤い糸のような物と…間違いなくあの人形関係であろうよ」

「そんなことは分かっている。私はどうにかなるのかと聞いているんだ」


「見たところ呪いの類のようじゃし…普通のものならまだしも惟神による呪いはワシにはどうもできん」

「相変わらずお前は肝心なところで役に立たんな」


「よう言うわ。何もできないのは貴様も同じであろうに。こういうのは悪魔神の奴の専門じゃ。どうしてもというならそちらを当たれ」


クラムソラードの口から出た悪魔神という名前。

それに該当する悪魔の存在はもちろん知っている…しかしあれは…。


「お前はあれがどこにいるのか知っているのか?」

「知らん。ワシとあやつは不可侵という事になっておるが仲がいいわけではないからな」


それを言えばこちらは完全に種族としては敵対している仲だ。

余計に接触する手段がない。


「やはり、リリに直接あたるしかないか…」

「ワシは手をかさんぞ。まだ不確定要素が多すぎる。それどころか今回の事でさらにドツボだ…まさかの呪術まで能力として持っているのだからな」


能力が多彩すぎる。

それがリリの正体を霧に覆い隠している最大の要因の一つだ。

惟神の能力の指向性はどこまで行っても一つ。そこに私たちは「創造」の能力があると見当をつけていたが…そこに惟神の力による呪術ときた。「創造」と「呪い」これはどう考えても結びつかない。


「というか女狐貴様、本当に思い当たる節はないのか?」

「ないと言っている。私はお前が思っている以上に何も知らないのだよ」


「興味がない…が正しいのじゃろうに」

「・・・」


「とにかく…手の施しようがない。見たところ魂が相当に疲弊しているようだがすぐに影響が出るという事もないだろう。小童のほうはなかなかに危なそうだが…まぁ大丈夫だろう」

「そうか」


すぐに影響がないというのなら手を出さない以上どうしようもない。

後でリリ本人に確認したいところだが…どうしたものか。


「なんじゃ、思ったより簡単に引き下がったな。この二人は「お気に入り」ではなかったのか?」

「気持ちの悪い言い方をするな。レザとべリアはリリに逆らえないと言った。ならばこの件に関して…いや、もう私にはそれほど必要な存在じゃない」


「くかかかか!相も変わらず非情な奴よ。だからこそ不思議なもんじゃ。どうしてあの魔王にこだわるのじゃ?アレを人質にでもとれば案外あっさりあの人形も倒せるのではないか?」

「それだけは許さん」


今ここであの子に何かあってはいけないのだ。

私が今までやってきた事すべてが無駄になってしまうのだから。


「ふむ…あの魔王がもしや「貴様の馬鹿げた計画」に必要だと?」

「ああ」


「…なるほどのう」

「とにかくこうしていても始まらない。なんとか悪魔の神に接触できないか試してみよう」


「ん?先ほど二人の事はどうでもいいと言ったばかりではなかったか?」

「私が欲しいのは情報だ。これが惟神による呪術なのだとしたら悪魔神なら何かわかるかもしれないだろ」


今はどんな些細な情報でも欲しい。

それほどまでに私はリリの事が邪魔なのだから。


「ならば一度外に出るか。この城は狭くて構わん」

「ああ、私はレイに一声かけてくるから外で待っててくれ」


その後はレイに出かけて来るむねを話してクラムソラードと再び落ち合った。

レイは少し寂しそうな顔をしていたが今夜は寝る前に絵本を読んでやることにして説得した。


「あのレイと言ったか?「何割ほど」なのだ?」

「…6割といったところか」


「ほう?折り返しは過ぎているのか。よくもまぁそこまで気力がもつものだ」

「なんてことはないさ。私はあの子と…もう一つの目的のためだけに生きているのだから」


「いやはや…貴様が変なこだわりを捨て「力」を取り戻せばあの人形など一ひねりであろうに」

「だがそうした場合…最低でも万年近く全てが遠のく。もう少しなんだ…レイの事も、もう一つの事も」


私が、未練がましく今日まで生きながらえてきた理由。

気が遠くなるほどの時間を過ごしてここまできたのだ。たかが人形一体に狂わされるわけにはいかない。


(おかあさん!!)


今でも目を閉じれば聞こえてくる、私を呼ぶ明るい声。楽しかった日々。

だからこそ、今でもこの胸には憎悪が渦巻いている。


「おちつけ女狐。いろいろと漏れておるぞ」

「…ふん」


「今の貴様を見て…今は亡きワシの婆様は何と言っただろうな」

「レリズメルドはきっと私を止めただろうな。だが、もうやめられるものかよ」


クラムソラードの祖母…レリズメルドはかつての友だった。

彼女と過ごした日々も私の大切な宝物だった。


「…悪魔神は今は人世の神にちょっかいを出していると100年ほど前に聞いた覚えがある。そっちから攻めてみるのはどうじゃ?」

「悪くない。連絡はとれるのか?もしいけるようなら私に知らせてくれ。今日はこの後レイに読んでやる絵本を買ってこないといけないからな」


私は乱れた感情を全てのみ込み、引き返す。

レイといる時は…優しいだけの私でいたいから。


――――――――


「やれやれ…己の本心を隠し、ひたすら周りを利用する…まさに女狐よな。母様に聞いていた人物像とは全く結びつかんわ。まぁ母様も婆様から伝え聞いただけらしいから脚色が多少はあったのかもしれぬがな」


生ぬるい風が通り抜け、わずかに髪をくすぐり、乱していく。


「その口から吐き出す言葉は嘘ばかり。笑っている時も…怒っている時でさえ偽り…そうまでして過去にしがみつくことに何の意味があるのか…」


クラムソラードは懐から自らの神具である、古びた本を取り出す。

パラパラとページをめくり、目当てのページで止まった。

そこには仲睦まじそうに手をつなぐ母娘と付き従う荘厳な龍…そして周りには笑い合う人々といった絵が描かれていた。


「御伽噺はいつだって美しく…そして儚い」


その後数ページをめくったところで、真っ黒に塗りつぶされた異様なページを一瞬だけ確認した後、本を閉じた。


「まさかあの女狐が…かつてこの世において唯一の神であった存在が…人と魔族を皆殺しにしようとしているなどとは誰も思いもよらぬだろうな。それこそ御伽噺だ」

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